世界と運営、そしてアバター

 眠い、その日は朝からリビングから何やら音が聞こえてきて目が覚めた。二度寝しようかとも思ったのだが、少々響いてくる音は大きかった。


 リビングに向かいながらリリーが珍しく大音量をかけているのかと考える。音楽文化も廃れて久しいので曲を聴いているわけではないだろう。


 ガチャッとリビングのドアを開けるとディスプレイがオンになっており、そこには男女のグループが映っていた。ちゃんと服を着ており美男美女を集めたといった感じの集団だった。そして画面端には『強制通知』の信号であると通知が来ていた。


 それを眺めているとリリーも部屋から出てきた。


「お兄ちゃん……朝からうるさいですよ……ってあれ?」


「強制通知だそうだ」


「へえ……まともな放送らしいものを見るのは久しぶりですね」


『我々は皆様に平等な生活を保障し……』


『人類の未来のために……』


 なにやら無難なことを延々と語っていたが、どこか不気味なものがあった。何がどうとは言えないのだが、心のどこかがコイツらは信用ならないと告げていた。


「なんですかこの人達?」


「わからん」


 そう言ったところで放送はループしているらしく何週目になるのか再放送が初めから始まった。


『本日は人類のために立候補した統治者の皆様を紹介します』


 現在人類のトップに立てると言ってもほとんどの人間は拒否するか辞退するだろう。人類が新しい価値を生み出せなくなり、ゆっくりと破綻に向けて坂を下り始めている。今の人類の代表というのはただの貧乏くじでしかない。


 そしてその人達は合議制で統治をしていくという宣言をしていた。俺は一人でやるにはあまりにも責任が重すぎるので分散したのだろうと判断した。


「物好きも居るものですねえ……」


「そうだな、まあこの人達が自分でやるって言ってるんだから好きにさせればいいじゃないか。どのみち人類に労働は出来ないし出来ることもほとんど無いだろ」


 旧世代が労働のほとんどを自動化してその余りを使っている今の人類に労働は必要無い。一部の物好きがやるものだった。しかし見たところ十人以上いるようだがこんなにも同時に立候補があるのだろうか?


「ご苦労様としか言いようが無いですね、暴君にでもなる気でしょうか?」


「さあな、しかし今の人類に支配する価値があるとも思えないがな」


 労働力は必要無い、開発力は失われてしまっている。今の人類に支配するほどの理由もメリットも無い。支配したところで提供できるものが無いのだ。ついでに言うならパートナー選びに苦労しない程度のことはあるかもしれないが、どのみち苦労しそうにない美男美女の集まりだったので尚更奇妙に思えた。


「まあいつの世も物好きな人はいますからね、別にあの人達がやりたいって言うならやらせればいいんじゃないですか? 私達にはさっぱり関係の無いことですしね」


 その日、昼まで延々とその人達がいかに指導者にふさわしいかなどが流され続けた。曰く勉強を必死にして失われた技術の再生を試みているだとか、熱力学第二法則をはねのける機械の研究をしているだとかうさんくさいというのが正直な感想だった。


 そしてその感想を正直に言ったところで罰するものも誰もいなかった。


 連中が人間を支配することが出来ないというのはこの辺にある。警察力も軍事力もほとんどが失われ、犯罪行為すら面倒くさいと言われる人類がほとんどの今、支配者を名乗ったところで実際にそれを強制する力がまるで無かった。警官の持っている武器が一番物騒なものでも警棒なのだ、群衆を相手にするには力不足だろう。もっとも、逆らう民衆がいないのでそれで上手いこと回っているわけだが。


 俺はディスプレイの電源を切れるようになったところでプツリと切って昼食を食べた。


「あの人達がこの食事をもうちょっとマシにしてくれるなら喜んで祭り上げるんですがねえ……」


「無理だろ。今までも自分の食料を確保しようとした連中はいたけどな」


「皆さん、長生きできませんでしたね……」


 支配者達は皆不満のはけ口にされた。どんな人格者であれ、終身的に支配者であろうとはしなかった。あろうとした者達が皆無残に死んでいったからだ。


 支配者と言っても行政を執り行うだけで食糧配給に口をだす権利すらない、その上責任だけはあるのだから誰もやりたがらないのは道理だった。


 その夜、就任演説を行い、それが放送されたのだが、俺はなんだか違和感を覚えた。


「お兄ちゃん? どうかしましたか?」


「いや……この人達なんか不思議だなと……」


「何がです?」


「場所が分からないんだ。こんな一面が緑の草原が地上にあったかな?」


「まあ大抵枯れ果ててるか枯れ果てかけてるかですけど、探せばあるんじゃないですか?」


「それはそうだが……なんか動きが不自然というか……」


「うーん……おかしいですかね?」


 俺の言い表せない違和感はそのままモヤモヤと頭に残りながらベッドに入った。


 翌日、起きるとまた強制通知の放送が流れていた。その内容はなんとも救いようのないものだった。


『今回の責任は全て私にあり、責任をとって職を辞するものです』


「あれ、何かあったのか?」


 俺はリリーに尋ねた。


「ああ、昨日お兄ちゃんが怪しいって言ってた集団があったじゃないですか」


「ああ、あの人達な」


「あれ、誰一人生身の人間はいなかったそうですよ」


「え!?」


 俺は思わずマヌケな声を出してしまった。


「全部合成だったらしいです。まあ安っぽいトリックでしたし問い合わせも結構あったらしいですよ」


『市民の皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びします』


「じゃあ全員CGだったのか?」


「ええ、過去の映像をクロマキーで合成してたそうですよ、余りにもしょうもないので怒ってる人もいませんがね」


「音声も合成か……」


「ですね、それでこうして謝罪会見をしてるわけですね」


 俺は頭を下げている男を見ながらこの人も大概気の毒なんじゃないかと思った。


「まあこうして万事上手くいったんじゃないですか?」


「上手くいった? バレたのにか?」


 リリーは察しが悪いものを相手にするように説いた。


「結局、支配者なんてものにはなりたくなかったようですよ、人格から音声、姿まで合成して信じてくれれば無事辞められるじゃないですか」


「でも失敗したよな?」


「そうですね」


 そう言ってため息をついた。


「だからちゃんとじゃないですか」


 俺は違和感の正体に思い至った。


「始めからバレてもいい計画だったと……」


「でしょうね、辞任劇なんてそんなものでしょう」


 リリーは放送の強制シグナルが消えたのを待ってのんびりスイッチを切ったのだった。

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