書籍の配給

「じゃあお兄ちゃん! 配給を開けますよ! 心の準備はいいですか?」


「ああ、大抵何が出てきても驚かないな」


「じゃあ開封」


 そう言って袋をビリビリと破く、その袋にも使い道があるはずなのだがしょっちゅう貰えるせいでありがたみが薄くなってしまっていた。ゴミは捨てると原子分解されてエネルギーになるので捨てるなら破こうが普通に開けようが関係ないのではあるが。


 ドサドサ


 いつもの固形食料、飲料が出てくる。ここまでは普通だったしいつもの配給だった。


「あれ? 何か引っかかっているような?」


 リリーが手を入れて探ると二つのカップが取り出された。


「ええっと……これはなんでしょうか?」


「プリン、だな」


 リリーの顔に驚愕が浮かぶ。そりゃあそうだ、原題で畜産業がほとんど存在していないのに、乳や卵を使った製品が出てくれば驚くだろう。少なくとも俺がぱっと見た感じでは本物のプリンのようで、代用乳や、固形化剤は使われているようには見えなかった。


 『昔ながらの』プリンにしか見えないな。


「おおおおお兄ちゃん……まままマジですか!? プリンなんて生まれてから食べたことが無いですよ! 伝説上のものじゃなかったんですね!」


 更にゴトリとインスタントコーヒーの小瓶が出てきた。


「どうやらこれでお茶会をやれって事らしいな」


 意外と運営も気が利いているじゃないか。これだけあれば結構豪華なお茶会が開けるだろう。


「お兄ちゃん、それ、インスタントコーヒーですよね? 久しぶりに見ましたが、相変わらず小さい瓶ですねえ……」


「嗜好品は大抵少ないものだよ、さて、湿気があることだしこのコーヒーも粉が固まる前に飲むか?」


「そうですね、プリンもあることですし、お茶会が出来ますね」


 電気ケトルでお湯を沸かしてカップに入れておいたインスタントコーヒーと混ぜ合わせた。ちょうど二人で一回分しか入っていないあたりに現実の厳しさを感じるが、今は食べられるだけマシだろう。


「お兄ちゃん! ほらほら、食べますよ」


「はいはい、もうちょっと待てよ」


 俺はシュガーポットを置いて席に着いた。幸いなことにグルコースに賞味期限は無く、砂糖は保存性に優れていたおかげでちゃんと手に入った。塩は海水から精製できるし、塩と砂糖はそれなりに使えることを先人に感謝するべきかもな。もっとも、塩と砂糖だけでそれを使う具材がさっぱり存在しないのは不便としか言いようが無いのだが……


 テーブルに置かれたマグカップを手に取ってカツンと乾杯をする。こんな事でもないと食事が美味しい事なんてないからな。


「お兄ちゃん、これで全部ですか? もうちょっと何か入ってないんですかね? パンケーキの素とかが入ってると最高なんですが」


「もう空っぽじゃあ……」


 ドサリと落ちてきたものがある。それが突拍子も無いものだったので俺は思わず固まってしまった。


「どうしました、何か入っていたようですけど……」


 俺は黙ってリリーに落ちていたものを見せる。


「本、ですか」


 タイトルには『極限地点より』と書かれていた。確かに本なのだが……俺の記憶の限りだとこの本は……


「まあ食べられないものはさておきプリンを食べようか」


「え、ええ……そうですね!」


 プリンをすくって口へ運ぶ、甘さが広がってとても心地よく、固形食料には無い味というものを感じさせてくれる。


 甘さが残る口にコーヒーを飲むと苦味がくどい甘さを洗い流してくれる。最高の組み合わせだった。


「お兄ちゃん! これすっごく美味しいです!」


「そうだな、どうやら運営も本気を出したらしい」


「常時本気を出してくれればいいんですけどねえ……」


 リリーは最後の一口を名残惜しそうに眺めていた。俺は三分の一ほど残ったプリンを差し出した。


「ほら、食べられるときに食べとけ」


「え……でもこれお兄ちゃんの分じゃ……」


「気にするな、コーヒーだけでも十分満足だよ」


 そう聞いて美味しそうにプリンを口に運んでいくリリー、プリンもそこまで美味しそうに食べられるなら本望だろう。


 俺は一口一口を大事そうに食べているリリーを放っておいてさっきでてきた本を手に取る。俺の記憶だと『極限地点より』は禁書指定をされた大戦前に核戦争が起きた世界の予想図を書いた本だったはずだ。問題になったのは結局南極まで逃げ延びた人類も最後には滅んでしまったという内容なので、しっかり検閲対象だったはずだが……同じタイトルの別作品だろうか?


「なあリリー、俺が先にこの本を読んでいいか?」


「え? それは別に全く構いませんよ」


 許可が出たのでページをめくっていく。第三次大戦から物語は始まる。NBC兵器を使って地球は人間が住めない星へと変わっていく。病原菌や放射線から逃れてたどり着いたのが南極だった。ここまでは俺が知っている情報と同じだった。


 なんとそこから先は全くのオリジナルであり、人間が地球の環境を復元するために四苦八苦してついには地球の環境が元通りになるという改変をされていた。


 原著では第一章で人類の大半が滅んでいるのでそこから破滅への話を続けていくはずが、突然人類が一致団結して立ち上がり、環境汚染と戦う話になっていた。つまり全十章ある内の九章は完全な別物になっていた。


 人類が滅ぶものは禁止されて久しいが、まさかこんなプロパガンダに使われるとは思ってもいなかったので驚いてしまった。


「なんです? 面白い本だったんですか?」


 リリーが俺から本を取って読み始めた。そうしてしばらく読み進めていって結末のところで本を床にたたきつけた。


「なんですかこの夢物語は! こちとらクソみたいな現実を生きてるんですよ! こんなご都合主義あるわけないでしょうが!」


 もっともな話だった。この本のオリジナル程度には人口が減っているが、一向に意志の統一は見られないし、環境だって崩壊してドームの中と地下で暮らすしか無くなっている。あまりにもこの本は夢物語が過ぎた。


「お兄ちゃん、ディスプレイつけますね」


 そう言ってつけたディスプレイからは嬌声が響いてくる。


「お前にしては珍しいな」


 コイツはこういう配信が大嫌いだったはずだが。


「現実逃避の夢物語を見せられたのでね、ちょっと汚い現実を見て心のバランスを保とうかと思いまして」


 俺はこの本をどうしたものかと考えた末に、そっと本棚の奥まったところの隅に入れておいたのだった。

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