人類の未来のために
「皆様には人類繁栄のご使命と義務が存在しています」
そうディスプレイは俺たちへの命令を告げて再びポルノを流し始めた。人口増加に効果があるかは甚だ疑問だったが運営がそれを良しとしているのだから俺にとやかく言う理由も無いだろう。自由恋愛だって一応は存在している。選ぶ権利が人類の半分には存在していないだけだ。
「お兄ちゃん、ご飯時くらいディスプレイは切っておいてください、メシが不味くなります」
「そりゃあごもっともだと思うがな、ディスプレイを消したら飯が美味くなると思うのか?」
俺たちの前には固形のパンを自称する物体が置いてある。固形食料……というよりは栄養素そのもので必要な成分以外は何も入っていない栄養食だった。
「コレがディスプレイを消したら美味くなるかねえ……」
「気分の問題ですよ」
言いたいことは分かるのだが、合法的に手に入るコンテンツがこのくらいしか無いのでしょうが無いじゃないかとは思うのだが、気分の問題なのだろう。
このパンのようなものに塗るチーズかバターでもあったならごちそうになっただろう。現実は非情だった。
モソモソした塊をかじり、口の中がパッサパサになるので水で流し込む。一応炭水化物とタンパク質、ミネラルビタミンその他の栄養素も入っているのだから問題無いはずだ。
ちなみに老人世帯にはこれを液状にして口にチューブを差し込み水分と一緒に胃に流し込んでいる。前時代では非人道的だとして却下されることの多い延命法だったが、現代に於いてはフル活用されている。生きているってどういうことなのだろうなと考えさせられてしまう。
うんざりするような現実だが、一応俺たちは確かに生きている。二人きりで、他の誰ともろくに交流がなくとも、だ。
交流が諍いを生むという理由で必要以上に人を集めることが好まれなくなってからどのくらい経つだろうか。一応トンネルで見かけたりはするものの、大抵は配給の時に鉢合わせになるくらいで交流と呼べるものはさっぱりない。
それでも運営は人間同士を競わせようと必死になっている。確かに競争原理は市場を発展させるのかもしれない、もっとも、市場などという概念がなくなって久しいのではあるが。
「そういえば明日の配給で何か特別支給があるって話は聞きませんか?」
「俺だけ聞くようなことはまず無いだろう?」
部屋内のスピーカーが人口増加や生存圏の拡大があった場合は盛大に宣伝してくれるのでその手のことを片方だけが知っていると言うことはあまり無い。
「案外朗報というのは目立たないものかもしれませんよ?」
「少なくとも耳ざといお前が聞いてない時点で無いよ」
そう言ったところでスピーカーからファンファーレが鳴った。
『皆さん! 今日は終戦記念日です! 人類が醜い争いをやめた記念日に祈りましょう!』
祈るねえ……世界をこんな有様にしたような連中に祈る気は起きなかった。しかしその後に続く言葉で俺たちは目の色が変わった。
『今週の配給は終戦記念につきプラスして支給されます、みなさま、こぞって配給所へどうぞ』
後ろを見るとリリーが楽しそうに笑っていた。
「ね、こういうことはあるんですよ?」
俺は苦笑して頷いた。
「そうだな、ラッキーってものは案外その辺に落ちてるものらしい」
こうして俺たちは配給券を持って配給所に向かった。途中いくつかの『夫婦』と和やかに愛嬌を振りまき向かった。時々俺とリリーも『夫婦』という概念の一員であることを忘れそうになるが、こうして男女ペアばかりに何度も会うとそれを思い出して少し恥ずかしくなる。
「お兄ちゃん、今朝はあんな映像を妹で妻の前で堂々と見ていたのにしおらしいことですね……フフ」
「うっさい」
しばし歩くと行列が出来ている配給所にたどり着いた。先着というわけでも無いだろうが、やはり増量となるとついつい足が向かってしまうものらしい。
「お兄ちゃん? 私たちもこうしてみると立派な夫婦ですよね?」
俺たちの近くにはまだ俺たちより年下のペアも存在している、誰かを選べる権利が持てるかどうかは完全なガチャなのでリリーは運がとても強かった。
「そうかもなあ……」
俺は好奇の目線があるわけでもないのになんだか気恥ずかしくなってしまう。そういうことをしているペアの集団にいるというのは朝食時にポルノを垂れ流すのとは違う恥ずかしさがある。つまり人の目が気になってしまうということだ。
「いらっしゃいませ! 配給券をお願いします」
また以前の人とは違う人だった。配給担当は交代サイクルが早いので名前を覚えるのも諦めてしまった。
俺が二人分のチケットを渡すと身体のスキャンを促され、いつも通りに健康体であることを確認した。
「はい、お二人ともご健康ですね。お子様は可愛いものですよ、いかがですか?」
決まりきった質問であり、気にもならなくなってきていた。リリーは相変わらず顔を赤く染めているが、この人もお決まりのマニュアルに従って一通りの言葉をかけているだけだろう。真面目に取り合ってもしょうがないところだった。
「では終戦記念の配給になります」
そういっていつもより一割くらいは大きそうに見える袋を渡してくれた。持ってみると意外と重く、見た目が一割増しなのに対して重さの増加率は明らかに体積に比べ大きい。つまり何か生ものや味の濃い加工品が入っている可能性が高いということだ。
「帰るぞ、リリー」
「はーい!」
「お兄ちゃん、私にも持たせてください!」
もちろん自分も荷物を持とうなどという殊勝な考えではなく、ただ単に中身の重さを持ってみて推測したいだけだろう。一応ルールとして室内に帰るまで開けてはいけないという建前がある。厳密に守っているわけでは無いけれど、マナーとしておおっぴらにしない程度のことだ。
つまり道中で内容物を予想するには大きさと重さしか情報が無い。緩衝材で膨らんでいることもあるがまあ重さは大事な要素だった。
ワクワク……
喜んでいるリリーの顔に抗えず袋を手渡した。ずしりとしたいつもとは違う重さに気がついたのだろう、とびきりの笑顔をしてその荷物を決して離そうとはしなかった。
「お兄ちゃん……コレは絶対良いやつですよ! もしかしたらお肉とかかも!」
「ないない、肉なんて合成肉以外食べたことあるのか? いいとこ合成肉だろうな」
「そうでしょうか? 終戦記念日ということで大盤振る舞いした可能性はゼロでは無いのでは?」
俺は少し足を速めていった。
「じゃあ帰って答え合わせといこうじゃないか!」
「ですね!」
笑いながら俺の後を追いかけるリリーと共に、久しぶりの人間らしい食事が出来るのではないかという淡い期待と共に帰宅したのだった。
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