お茶会は回る、されど進まず
「お兄ちゃん、暇ですねえ……」
「そうだな」
俺は紅茶をすすりながら本を手に取る。最近ではすっかりクリエーター職も減ってしまいもっぱら大戦以前の本を印刷して配布している。それにしたって昔の人が言うところのエロ本を一般教養の品として売り出すのはどうかと思うのだが、まあ人類が減ったからしょうがないね。
しかしエロ本にも大戦以前に存在した文化についての記述がいくらか残っているのが興味深い。今では跡形も無く消えてしまった国から来た風俗嬢などの情報が載っている。大変下品であるがそう言った文化が存在を許されたのは人類の余裕故だろう。
「可愛い妹とのお茶会中にそういう本を読むのは如何なものかと思いますよ?」
「しょうがねーだろ。大戦以前の本がどれだけ焼かれて発売禁止になって黒塗りにされたかくらい知ってるだろ? 図書館の歴史関係の本がどれだけ黒塗りにされたか知らないわけじゃないだろう?」
「そりゃあそうですけど……」
歴史関係以外にもミステリーも人が死ぬのはアウトだし、犯人にも理由があってなどと言う展開のものは軒並み消されていった。今では写本が裏のルートで流通しているのを残すのみだ。
「では私の手に入れた貴重な本をお兄ちゃんに読ませてあげましょう! そういう健全でない本ではなくね!」
そういってパタパタと部屋へ走って行きギギギと重いモノが動く音が響いてからまた戻ってきた。
「私の秘蔵の品ですよ!」
そこには数冊のヒーローものの本が並んでいた。表紙からして悪役と正義の味方が戦っている話だと分かる。
「よくこんなもん持ってたな……」
「隠し所はたくさんありますからね! それに今でもプライバシーだなんだで家庭内には踏み込んできませんし、なんと自由恋愛すら描かれているんですよ!」
そう興奮しながらいうリリー、現代に欠けているものが全て詰まった貴重な本だった。
「じゃあ一冊読ませてもらおうかな」
「どうぞどうぞ」
一冊を手に取ると、主人公が生体実験で超人的な力を得て組織に反抗していく話だった。バッタバッタと人が死んでいくので、間違いなく見られてはいけない品だった。
生体実験の唯一の生き残りである主人公が組織の手下を片っ端から殺していくという、現代の教育者が見たら発狂ものの作品だ。まだ人一人の命がそこまで重大で無かった時代に思いを馳せることが出来る。
ページをめくっていくと最終局面で悪役が辛い過去を吐露してそれでも主人公が人間は素晴らしいと説きながら悪のボスを打ち倒す、以前ではオーソドックスな作品となっていた。
「どこから手に入れたんだよ……古代史の研究所の書架にしかないような代物だけど……」
「ふっ……裏ルートには結構流れてるんですよ? まあそれなりに交換するものも高くつきますがね……」
金が意味をなさなくなって久しいが、物々交換は立派に動いている様子だった。貴重な品がこうも簡単に手に入るとは思ってもいなかった。
「ちなみにレートはいくらくらいなんだ?」
「一冊で食料一日分くらいですかね。お兄ちゃんの読んでいた『健全な』本なら五十冊は必要になりますね」
同じ本だというのにこうも価値に差が出るのか。まあ申請すればほぼ貰える本とご禁制の書物ではレートが違って当然だが……
「どうです? 私の秘蔵だけあって面白いでしょう?」
俺は観念して頷く。
「ああ、確かに面白い、この時代でもみんなが読めればいいのにって思うよ」
ズズ……と紅茶をすすったところでティーカップが空になった。
「ふふふ、お兄ちゃんは欲しがりですねえ……いいでしょう! 珈琲も淹れちゃいましょう!」
「いいのか!?」
貴重な配給の品だ、そんなに散財していいのだろうか?
「飲めるときに飲んで、食べられるときに食べておくものですよ? 私たちが明日をも知れないのは知ってるでしょう?」
もし明日食料のプラントが止まったら、もし明日水道管が破裂したら、もしも……考えたくもない想像は山ほど浮かんでくる。きっと昔の人は強固なシステムを作っているし、早々に壊れるものではないとしても俺たちは明日の保証のない人生を送っている。
「そうだな……飲んでおこうか」
「じゃあ淹れましょうか」
そういって珈琲ドリッパーをマグカップにセットし手挽きのミルでコーヒー豆を挽いていく。電気資源の節約もあってコーヒーミルは手動だった。
粉になった豆をドリッパーにセットして沸き立つお湯を注いでいく。徐々に黒い液体がカップの方へと垂れていく。香ばしい香りがとても心地よかった。
全て淹れ終わった後で電気ケトルを台に戻してマグカップを差し出してくる。
「どうぞ」
「ああ、いただく」
少し飲んで久しぶりに苦味というものを感じたような気がする。若者向けを通り越して乳幼児が吐き戻さないものを基準に作られた食べ物には苦味はない、久しぶりにその味を持つ者を口に含んだような気がする。
リリーの方は合成ミルクと、砂糖をそれなりに入れて口に運んでいる。合成ミルクは飲んだことがあるがお世辞にも美味しいとは言えない代物だった。それが人口増加の記念品にされたときは運営者を恨みたくもなったものだ。
ちゅるりと珈琲をすすってリリーは恍惚とした顔をする。気持ちは分かるな。
「しかし大半の食文化が廃れたとはこれを飲んでて残念に思いますね、美味しいのに……」
「衣食住って言うがな、食の部分は栄養さえあればいいと割り切ったんだろ。嗜好品は贅沢だしな」
食はレベルの切り下げが最も簡単にできる生活の必需品だった。突然家が無くなったら困るが、突然夕食が固形レーションになっても死ぬことはない。死ぬことはないだけで当然不満は出るわけだが先人達はそれを抑え込むのに成功した。
最後の一滴を愛おしそうに舐めとるリリー、よほど美味しかったのだろう、俺だって美味しかったもんな。
「もうちょっと配給品が貰えませんかねえ……」
「それは」
「まともな方法で、ですよ。このいかれた時代基準の方法ではありません」
「ないな」
残念ながら正攻法は人口を増やすことくらいしかなかった。盗みや強盗は厳しく思想矯正をされる決まりになっている。前時代に合ったような死刑こそ無いものの、あまり人道的なやり方とは考えられておらず、口さがない人は『精神的な死刑』などと呼んでいたのだった。
「そういえば人類の生存圏だけどまた広がったらしいぞ」
「それはおめでたいですね、さっさとご祝儀を頂きたいものです」
NBC兵器で汚染された土地の復活は一つの大きな目標だった。人類全てが地表で何不自由なく暮らせる世界を目指して活動している。
その日、俺たちが寝た後で人類の生存圏は1%の増加を見たと大本営発表があったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます