動画配信を見る
「お兄ちゃん、退屈ですね……」
「そうだな……」
働く必要の無い時代において娯楽は少ない。一応動画が流れるディスプレイとラジオ程度なら各家庭に配布されている。しかし、流れる映像には検閲がかけられており、特に人が死ぬような話は絶対に配信されることがない。
前時代にはほぼ流すことができなかった人間の繁殖過程を平気で垂れ流すようになっている。噂で聞いた程度だが、過去に存在していたパンダという珍獣がこの方法で繁殖を試みられたことがあるらしい。人間の数が圧倒的に減ってしまった時代において人間が少数的な種に対して行っていたことが人間自身に行われるようになってしまった、なんとも皮肉な話だと思う。
「テレビでもつけるか?」
「ダメです」
リリーはこういったものをろくに見ていなかった。苦手というのもあるし、俺が一緒に見るのはとても恥ずかしいらしい。この時代においては珍しい価値観だとも思える。
「動画配信もつまんないものばかりですね……」
「しょうがないだろう、ロクな機材も無く簡単に撮影できて、何より公序良俗に反しないものしか流せないんだから」
公序良俗の概念は大戦前に比べて大きく変わってしまったがな。以前は悪役を打ち倒すような話が流れていたそうだが、現代においては悪人であろうと一人の人間としてカウントされるのでそれを減らすことは絶対悪だとされる。刑務所に放り込んで人間としての生き方ができないとしても人間の頭数を一つたりとも減らすことは許されていなかった。
「じゃあゲームでもするか?」
もちろん敵キャラが人間のものは一切存在しない。魔族だったりロボットだったり、魔物だったり宇宙人だったりするが、地球の人間を殺す内容のゲームは発行前に軒並み消されてしまっていた。
「じゃあ違法配信されているゲームのダウンロードからですね」
「なんで初手が違法配信になるんだよ! 普通に配信されている奴でいいだろ!」
ちなみにこの時代に全年齢とされているゲームは旧時代に生きていた人間が見たらブチ切れそうな内容のものが全年齢の推奨品として配信されている。時代の流れとは全く恐ろしいものだ。
「だって退屈なゲームしか配信されてないじゃないですか! もっと人間同士がガンガン殺し合うような内容を所望しているんですよ!」
「お前なあ……それを外で言ったら即思想教育だから気をつけろよ?」
「は? 私の信念は思想教育などで変えられるほど柔なものじゃないんですが?」
「なお悪いわ! そんな思想はさっさと捨てろ!」
妹が危険思想を持っています。コイツは大戦前の時代からタイムリープしてきたんじゃないかと思えるほどに過激な価値観をしている。特に人命軽視の部分はマズい、問題視されると非常に面倒くさいことになる。
「そういえば今日は映画を流すとかいう話を聞いたな」
「どうせ繁殖推奨のポルノ映画でしょう? 私アレ嫌いなんですよね」
「いや、今回は前大戦の悲惨さを知らしめるための映画らしい」
「ふぅん……ちょっと面白そうですね、他がクソ過ぎるだけでもあるんですが」
「結構力を入れてるみたいでタイムシフトも対応らしいぞ、ちょっと見てみるか」
リモコンを操作してワンパターンな放送をしている番組表をたぐっていくと『戦争の悲劇、第三次世界大戦ドキュメンタリー』という項目があった。再生回数も見えるのだが、定番の配信とは一味違うからか他の映像より一桁多くの人が再生していた。
「そこそこ期待はできそうですね」
「そうだな」
リモコンのパネルを操作して再生ボタンを押す。いきなり戦闘機がドッグファイトをしている場面から映像が始まる。
「うぉおおお!!!」
リリーはこの手の映像に飢えていたのだろうか? 大興奮していた。
戦闘機が数を減らしてくると今度は海戦の映像に切り替わる。ミサイルが発射され戦艦が沈めたり沈められたりしていく。あの大戦に勝者はおらず人類が数を減らしただけだった。だからこそ戦勝の嬉しさなどと言うものは放送されずひたすらに人間同士が殺し合い、皆が死んでいく様が淡々と流される。
しばらくすると一見平和な草原の映像が流れた。奇妙に思えたのだが突然地面が開いてミサイルの発射サイロが出現して大量の弾道弾が発射されていく。一方的な戦争ではないので発射サイロもまた別のミサイルによって破壊しつくされていく。
そこからしばらくは戦後の話になっていった。四肢の欠損や、放射線による障害、なくならない地雷による犠牲者などが自身の境遇を延々と語っていく。
隣を見るとリリーが興味深そうにその映像を見ていた。俺は歴史の暗部を見せられているようで気分が悪くなってくる。
しばらくそんな映像が続いた後、数を減らした人類が戦後一致団結して慎ましい生活を送っていく様子が流される。残された機械を使いながら、焼け野原になった場所に地下格納庫に残されていた種子を蒔いて水を撒いていく。初期こそノウハウがない人間が当たったため大半を枯らしてしまったりしたものの、何とか人間が生活できる程度には復興したと流れて記録映像は終了した。
「なかなか感動的ですね」
前時代にはこういう映像が定期的に流されていたらしい。現在では時折流されるばかりになって数を減らされたものの、大戦の悲劇を忘れてはならないと主張している人が時々配信しているのだった。
「お兄ちゃん、この大戦は悪いものなんですかね?」
「え!?」
「だってこの戦争があったから私はお兄ちゃんの隣にいられるわけで、生まれたのが悲劇ばかりだとは思えないんですよね」
「どういう考えを持つかは自由だがな、それを口にする自由がこの時代にはないことだけは理解しておけよ」
「窮屈ですねえ……大戦前はもっと自由だったんでしょう?」
確かにそう聞いたことはある。
「それが大戦を生んだと言うことで思想統制が始まったんだよ。確かに大戦以降戦争は起きてないだろう?」
「それがいいことなんですかね……」
「さあな、それでも戦争が起きていないのは事実だろう?」
「現在が天国のようだとはとても思えませんがね」
「天国について言及するのも禁止だぞ。死語のことについて語るのは重罪だ、訊いてるのが俺だからセーフってだけだぞ」
リリーは少し首をかしげてからかわいく言った。
「私はお兄ちゃんがいればどこだって最高の楽園ですがね」
そう言ったときにちょうど配信が終わってディスプレイが消灯したのだった。
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