怪談をしよう

「お兄ちゃん、退屈です!」


「そう言われてもなあ……」


 人類は繁栄の極みを謳歌した時にお仕事の大半を自動機械に押しつけてしまった。娯楽用品と違って壊れたら人間のお世話が必要になるのでそれを嫌って極めて堅牢で壊れることが決して無いように作られた。


 そのため、日常の暮らしには全く困っていないが、戦中に娯楽用品の生産ラインを生活用品に転用したため日々の暮らしには全く困らない代わりに娯楽というものが一切無かった。


「そういえばさ」


「なんです?」


「今って『夏』って言う季節らしいぞ」


 地軸の傾きから起きる気候の偏り、人類はそれによって出来る住むのに丁度いい場所をめぐって争いを起こした。そんな争いが起きないように遙か上空に気候操作機械を打ち上げた。日照時間、気温、天候、全てが管理されて地球はどこでも人間が住める場所へと変わった。


 そのため季節という概念はほぼ意味をなしていなかったが、グレゴリオ暦は存在しており、現在が北半球における日照時間の長く気温の暑くなる時期だったという話は学習している。


「ああ、なんか昔は暑かったらしいですね、それが何か?」


「それなんだがな……昔の人たちは暑さを紛らわすために怖い話をしたらしい」


「怖い話をしたらなんで暑さが和らぐんですか?」


「まあその辺は俺も詳しくないんだがな、どうだ、俺たちで怪談をしてみないか?」


 リリーは少し考えてから頷いた。俺はどのみち娯楽というものに乏しい時代に大したことは出来ないが、これは人間の頭だけで出来るエンタメとして知識はあった。


「じゃあ私は考えますからお兄ちゃんからどうぞ」


「お前……こういうのは建前でも実際にあった話ってことにするもんだぞ」


「このご時世に不思議な話なんてほとんど残ってないでしょう?」


 俺は諦めて持ちネタの怖い話を始めた。話は定番の車に若い女性を乗せたらいつの間にか消えていてシートが濡れていたという話だ。それを雰囲気たっぷりにリリーに語ってやった。


 妹様は少し考えてから言った。


「別に怖くないのでは? 運転手なんて職業無くなって久しいじゃないですか、あと消えるような人ならセンサーが人と認識しないのでは? というかそれは無賃乗車なのではないでしょうか?」


 情緒の欠片も無い奴だった。


「お前なあ……そこはキャー怖いとか言うところだぞ……?」


「だって人間が直接車を運転していた時代って想像もつかないですよ、どう考えても運転手が適正を欠く精神状態だったとしか思えませんよ」


 どうやら怖い話は無賃乗車に成功した女の完全犯罪と言うことでかたがついてしまうようだ。もう少し違った反応を期待していたのだが……


「では私の怖い話いきますね!」


「おう、期待してるぞ!」


「これは衛生状態の良い病院で起こった話です……」


「ほうほう」


 お、真っ当に病院が舞台か、以外と才能が有るんじゃないか?


「突然病院で死者が立て続けに発生しました。原因をいくら探しても見つかりませんでした」


「……それでそれで?」


「終わりです」


「は!?」


 怖い話なのに死人が出ただけで終わってしまった。


「いや……怖い話なんだが?」


 リリーは胸を張って言う。


「怖いじゃないですか! 謎の死者が出たんですよ? ここから病院への資金投入が減って経営が上手くいかなくなって最終的に無くなるんですよ!」


「無くなるのかよ! 話が終わっちゃうじゃないか!?」


「怖いでしょう? 謎の死者が出て原因不明って、それだけでそこから起きる様々な災難が想像できて恐ろしいじゃないですか!」


「死者が病院で出るのは当たり前のはずなんだが……」


「今はほとんどの病気の薬だって自動販売機で認証するだけで買えるじゃないですか! それ以前の時代ってだけで十分に怖い話でしょう? 病人を一カ所に集めて人間が曖昧に診察する時代ってだけで十分怖いじゃないですか!」


 どうやら俺とコイツのセンスは完璧にズレているらしい。確かに人間が外科手術をするとか昔の時代は怖い話ではあるんだけどさあ……違うんだよなあ。


「オーケー、俺とお前の間に怖い話の認識に齟齬があるらしい、ちょっと考えようか」


 リリーの話は怪談と言うよりスプラッターと言われるジャンルに近いものだと思われる。怖いと言えば怖いのだがゾッとするような怖さではない。


「怪談って怖い話なんでしょう? 病院が舞台のものも多いって知ってますよ」


「それは確かにそうなんだがな……もっとこう超自然的なものに対する怖さであって、人間の悪意とか技術不足によるものじゃないんだよ」


「そうですか? 私からすれば病気にかかった人間を特効薬もない状態で寄せ集めるってだけで十分怖いと思うんですが? 悪性新生物が不治の病だったらとか考えるだけでも十分怖いじゃないですか?」


「いや……怖いことは怖いんだがな……俺が悪性腫瘍にかかっても今じゃ自販機でスキャンしたら自動で薬が出て完治するだろう? そういうものじゃなくってさ、人間の力がおよばないどうしようもない恐怖みたいなものが怪談なんだよ」


「つまり宇宙の果てとか、恒星の中心みたいな未観測のものを舞台にすればいいんですか?」


「いや、それもちょっと違うかなあ……確かにコズミックホラーってジャンルもあったらしいけどさ」


 人類が未だに到達していない地域というのは確かにそうなのだが、怪談に持ち出すようなものじゃない。


「もっと死後の世界とかそういう怖さを求めてるもんだろ?」


「ああ、では一つ思いついた話があります!」


「思いついたって言っちゃうのか……で、どんな話だ?」


「ある日、お兄ちゃんが死んでしまうのです……」


「ほう……」


 なるほど、そこから愛憎渦巻く幽霊話にでも持ち込むのだろうか?


「以上です!」


「終わりかい!」


 終わりだった、人が死ぬだけで終わり、身も蓋もないシンプルな話だった。


「だってお兄ちゃんが死んじゃうとか想像しただけでもぞーっとするじゃないですか! 私にとっては十分怖い話ですよ! お兄ちゃんだって私が死んだらって思うと怖いでしょう?」


「いやまあ確かに怖いけどさあ」


 そういう即物的な怖さを求めてるんじゃないんだよなあ。


「まあせっかくなので」


 リリーが俺にピタリとくっついた。


「なんだよ?」


「生きているお兄ちゃんを存分に味わっておこうと思いまして」


 こうして俺たちの、ある夏だったはずの日は過ぎていった。季節感は全く無いものの確かに暑苦しい日だなと思ったのだった。

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