配給を受けて

 俺たちは配給所にやってきた。今までいた顔が数人消えていた、新顔も数人いるので結果的には増減で言えば増えているのだろう。人間関係の希薄になった世の中で人間は長らえることだけを考えていた。老人から乳児まで、等しく人間として扱われ死ねば悼まれるし、生まれればおめでたい、それは昔から変わらなかったらしいが、昔の人間が数え切れないほどいた頃とは同じなのだろうか?


 俺たちは二人で顔を見せて配給所の生体認証を行う。これも失われた技術の残りかすを搾り取って維持することに成功した貴重な遺物だった。


 認証が降りて二人とも健康に生存していることが確認されると民生委員の配給担当が出てきた。


「お二人とも健在のようで何よりです! では今週分の配給はこちらになりますね。また来週もお二人が健康であることをお祈りしています」


 そう言って別の人の配給に向かった。二人とも顔を見せる必要があるのは片方が死んでいても二人分の配給を受けるのを防ぐためだ。もっとも死んでいることが分かれば即座に別のパートナーが与えられる程度の関係ではあるのでそこを誤魔化す理由もあまり無いのだが。


 幸い前時代の食料生産ラインがそのまま残っており、食糧難にあえぐようなことはないのがありがたいことだ。食料の生産は国の柱と言うことで堅牢な地下に信頼性の非常に高い自動化ラインを組んでいた国がほとんどで、今の地球では食料をめぐって争うようなことは起きていない。


 ちなみに個人的に深く関わってはならないと言う理由から配給所の職員は定期的に交代されている。こんなご時世に依怙贔屓をする余裕があるのだろうかと思うのだが、やはりそこは人間らしくどんな組織でどんな時代でどんな国であれ腐敗というものは存在するらしい、腐る前に取り替えろという理論に基づいて人員は交代している。


 もちろん職員にもメリットはあり、食料の支給が一割くらい追加でもらえるという話だ。この仕事というものが存在しなくなった世界では仕事をして報酬をもらうというのはなんとも奇妙な話だと思えた。


「お兄ちゃん? 帰りましょう」


「ああ、そうだな」


 俺たちは配給所から来る時に使った地下通路を通って帰宅することになった。ご丁寧に核戦争の気配を感じた連中がこぞって地下に生活圏を伸ばしたという話だったが現在もこうして役に立っていることには感謝の念くらいはあった。どうせなら俺たちの世代まで戦争を待てなかったのかというのは絵空事に過ぎないのだろう。実際に起こったものに文句を言ってもしょうがない。


 壁を見ると金属と陶器の中間のような不思議な素材で壁面が保護されている。試しに石でこすってみたことがあるが傷一つつかなかった。そして人類が保全する力を失ってなお、まったく錆も摩耗もないことから昔の人たちの豊かな暮らしぶりに羨望する。


「お兄ちゃん、今日は帰ったら新しいパンを焼いて食べましょうね!」


 リリーがそんなことを言いながら鞄から今日の配給を見せる。そこには焼きたてであろうパンが入っていた。パン自体は珍しくないが、大抵配給のパンは保存目的で固くなるほど水分を飛ばしており、このような柔らかそうなパンは久しぶりに見た。


「人が増えるっていいことだな」


 そんなことを何気なく言うとリリーが顔を赤くしていた。


「その……お兄ちゃんが望むなら……その……人を増やすのもやぶさかではないと言いますか」


 奥歯にものの引っかかったような物言いをするリリー。俺はさっさと焼きたてのパンが食べたくてしょうがなかった。


「早く帰るか、パンが固くなる」


「もう……お兄ちゃんは……」


 顔を赤くしながら俺の後を小走りでついてきた。生きるのに支障がないとしても人は栄養を含んだ水だけで暮らすのは違うんじゃないかと思っている。食べることも遊ぶこともあってこその生きているという状態なのではないだろうか? そんなことを考えていると自宅の地下についたので階段を上がりながらリリーに聞く。


「パンは二人分あるよな?」


 迷わず頷いて返答が返ってきた。


「もちろんです! 配給はちゃんと二人分支給されますからね!」


「よし、じゃあ上がるぞ」


 階段をのぼり踊り場につくと自動で家へのドアが開いていく、一応生体認証で判断しているようだが詳しいことなんて分からない。その辺を研究している人間もいるそうだが大戦の核兵器による電磁パルスで多くの記録が消失してしまい苦労しているという話だった。


 家の中に入ると空調が自動でオンになり心地よい風が流れてくる。もっとも、管理環境以外に出ることが滅多にない俺からすれば空気が熱かったり冷たかったりしたことがないのだが。


 ドサリと配給を置いて俺はソファに座った。労働と呼ぶにはあまりにも簡単だが、現在の人類に労働というのは物好きの者がすることとなっているのでしなければならないことはこの配給くらいだった。


「わ! お肉が入ってますよ! 合成肉じゃない本物っぽいですね……都市伝説化と思ってました」


「肉はつくったら納める量以上は好きに使っていいって話だからな。流通だってゼロじゃないさ」


 しかし俺は久しく本物の肉を食っていない。数ヶ月は精々合成肉がいいところの生活をしていたので生肉というのは非情にありがたい。


「よし、お兄ちゃんはこのパンを焼いてください、私はお肉を焼きますね!」


「オーケー任せろ」


 俺はパンを切り分けでオーブンに放り込む。大抵の物は自動判別で適切な温度、適切な時間で加熱してくれる。ありがたい魔法のような物だ。


 リリーの方も肉をフライパンに入れフタをしてコンロにのせ全自動ボタンを押す。これでも数少ない仕事のような物になっている。しかしまあ前世代は働き過ぎで死ぬような人間がいたそうなので恵まれているのかもしれない。


 ジリリリ


 ベルが鳴って加熱の終わりを示してくる。俺は皿にパンをのせてテーブルに置いた。あちらも時間調節ピタリで終わったようでそれを皿にのせて持ってきた。


「なるほど、ベーコンか」


 さすがに完全な生肉とはいかないらしいが保存性を考えたら妥当なところだろう。少なくとも合成肉と比べたら天と地の差だ。


「このパンってレーズンが入ってるんですね。結構大盤振る舞いじゃないですか」


「どうやら俺たちのエリアはなかなか恵まれているようだな」


 人口が増加すればそれに合わせて配給も増える。今回は結構な人数が増えたようだ。


「いただきます」


 そう手を合わせて食事をするリリーに、俺は神がいるなら核戦争など起こさなかっただろうなという身も蓋もないことを考え、わざわざ何かを信仰しているのにそれを否定することもないかと思いパンを口に運んだ。


「うまいな」


 リリーの方もパンを頬張りながら頷く。


「いいですね、これに慣れたら明日から辛そうなくらいです」


 そうして夕食が終わり、お風呂に入り、俺たちは就寝したのだが、この生活を何時まで続けていけるのだろうかという不安については目をそらして全力で遺産をくれた旧世代に感謝しながら寝た。

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