第12話


 「何しよっか。」


 朝ごはんを食べ終えたら暇になってしまった。課題も昨日終えたし、どこかへ行きたい所だが今日は生憎の雨だ。私たちは車を持っていないからどこかに出かけるのは少し億劫だと思う。



 家の中でできること。



 二人で過ごす決まりがある訳ではないけれど、せっかく休みが重なっていることだし何かしたい。


 

 そう考えていたところで、隣に座ってテレビの番組表を見ていた光樹が私に聞いた。光樹も、二人で過ごそうという気持ちでは居るらしいということに嬉しくなる。

 けれど、それを顔に出すのは何だか負けた気分になるのでぎゅっと唇を噛んで逃がす。

 

 私には感情を抑える時に唇を噛む癖があるらしい。誰かに指摘されたことがある。


 私は今意識してそれをやっている。


 

 光樹の質問を頭の中で反芻する。


 何がやりたいか。


 「ゲームしよ。」


 家でできること、とぱっと考えて出てきたのがそれだった。


 一緒に暮らし始めてから気づいた共通点の一つに、ゲーム好きというものがある。

 兄の影響で私は小さいころからゲームをたくさんやっていたので腕には自信があったけど、光樹も強い。レースゲームで初めに戦った時は勝ちはしたものの、相手を侮っていたと反省したほど。


 「いいよ。今日は負けない。」


 今のところの勝率は五分五分といったところで、色々なゲームで対決する度に記録をしている。現在の記録は私が2戦分上回っている。今日も負けなければ3戦分に増えるだろう。



 でも、と思う。勝てば差は広がるかもしれないけれど、私が負ければ光樹が勝つわけだから、光樹の喜ぶ姿が見れる。


 手を抜く気は別にないけれど、勝って喜ぶ無邪気な彼女も見たい。


 これはつまり、勝っても負けても私得ということか。



 テレビボードの下に引き出しから、たくさんあるゲームのうちレースゲームのカセットを取り出す。


 「これにしよ?」


 「ん。」


 二人でゲームをするときは大体初めにこのゲームを選ぶくらい、私たちはこのゲームを気に入っている。


 「じゃ、私飲み物用意してくる。」


 「マシュマロココアが良い。」


 「りょうかーい。」


 


 マシュマロココアは高坂家の定番なので、この家にもいつもマシュマロとココアの粉が用意してある。


 台所の方をチラッとみると光樹は牛乳を温めているところだった。私も出来ることをやっておこうと思い、カセットをセットしてコントローラーを二人分出す。


 ゲームをできるようにテレビの設定を変え終わったら、暇になってしまった。


 

 「ねぇ光樹ー。なんか手伝うことあるー?」


 「うーん…じゃあ、あとちょっとでできるから一つ運んで?」


 「はーい。」


 呼ばれるまで何か連絡が来ていないか確かめておこうと思ってスマホをポケットから出すと、通知に凛からのメッセージが表示されていた。


 『光樹から連絡あったよ。帰ってきてよかったね!』


 ここ最近光樹が帰ってこないことは凛たちに言っていたので、心配してくれていたらしい。

 メッセージアプリを開いて返信を返し、画面を消すと丁度飲み物が用意できたところらしかった。


 「こっち持つ。」


 「ん。ありがとう。」


 キッチンからテーブルの前までの短い間だがこぼさないように慎重に歩く。

 テレビの前の小さなテーブルに飲み物を置けば、ゲームをする準備は完了だ。




 ____




 万全の準備の上でゲームを始めれば、久しぶりに彼女のはしゃぐ姿が見れる。


 光樹は普段は静かで、他人とどこか壁があるというか、無愛想ではないけど人懐っこくはない。

 何を考えているのかがよく分からない、彼女のような人を「ミステリアス」と形容するのかもしれない。

 穏やかな彼女の少しやんちゃな一面がみられるという意味でも、私はゲームが好きだ。


 「それっ」


 小さな掛け声と共に、私の操作している車に赤い甲羅が向かってくる。丁度、アイテム欄にバナナがあったのでそれを選択し、甲羅を回避すると光樹は少し悔しそうな顔をした。


 ゲームではしゃぐ光樹はもちろんかわいいけれど、残念ながら私も負けられない。


 勝負事に対して人一倍本気になる私は、小さいころから「亮って意外と負けず嫌いだね」とよく言われた。私からしてみれば、手を抜く方が相手に失礼だと思うけれど、他者から見ればそれが滑稽に思えるのかもしれない。


 

 片方の目で画面を見ながらもう片方の目で光樹を見る、なんて器用なことはできないからレース中は光樹の表情までは窺えない。

 

 だからといって、彼女がゲームをしているのを横から眺めるだけで良い、というわけでもない。対戦するのはとても楽しい、けど光樹の顔が見れないのが少し残念というだけのことだ。



 「よしっ」



 コースを三周して、キャラクターが乗った車がゴール線を超える。光樹とほぼ同時だったけど、たぶん勝った。最近はあまりやっていなかったけど、腕が落ちていなくて良かったと思う。


 

 「負けた。」


結果一覧を見て、光樹は少し悔しそうな声を出した。ずっと画面を見ていた視線を光樹の方へ向けると、悔しそうな顔をしつつも笑っている。



 「勝った」


勝敗を記録しているノートに記録をつける。私と光樹の筆跡が混じっている。勝った方が記録を付けることにしているから筆跡も五分五分くらいだ。


 「もう一回やる。」


 「ん。」


飲み物を一口飲んでコントローラーを握りなおす。負けず嫌いな自分と楽しくて仕方ない自分がいる。


 


 微笑ましいものを見るような視線が照れくさかった。



 


 

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それが恋と知ってしまったなら。 t-sino @t-sino

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