恋と知らない割に

第11話


 「可愛い…。」


 光樹が呟くのを聞きながら、ぼんやりとした頭で考えた。髪の毛を踏まないように避けておかれた手が顔のすぐ近くにある。白くて綺麗な手は女の子にしては少し大きくて、骨ばっている。その手を見ると、頭を撫でられている時のことを思い出す。

 大型犬を扱うくらい雑に撫でてくるのがいつも心地いい。

 

 今は朝の7時半。


 朝ごはんも食べずに、寝室のベッドの上で私は光樹に押し倒されている。太陽の光がカーテン越しに薄く差し込んで、夜よりも真っ直ぐに行為を意識させる。押し倒されているこの光景が、尚更滑稽に思えてくる。


 


 久しぶりだ、と思う。三週間離れていたから、三週間はしていない。



 最後はいつだっけ、と記憶を辿る暇もないくらい彼女に意識が集中している。一挙一動から目が離せず、キツく押さえつけられているわけでもないのに動けない。


 光樹は何を考えているのかいつもはよくわからない表情をしているけれど、今日は分かりやすく顔が赤い。


 高校の時は確か美術部に所属していた。長身で短い髪と、中世的な光樹は如何にも体育会の部活に所属している王子様のような外見だった。しかしながら実際のところはとても色白で儚い雰囲気で、顔が赤くなるとわかりやすい。

 


 久しぶりだから、緊張しているのだろうか。自分から誘ってきたというのに。


 ダボっとした白Tシャツに、黒いズボン。寝起きだから短い髪は少し跳ねているけれど、やはりいつでも美しさは損なわれない。


 そんな光樹が、


 「してもいい?」


 と珍しく直接的に聞いてくるから、少しどきりとした。


 朝からかぁ、とか帰ってきたばかりじゃないか、などの戸惑いと、後は少しの期待。そこまで欲を表面に見せるわけでもなく、あくまで私の判断に任せているところがずるいと思う。多少の躊躇いと、期待。


 勝ったのは期待だった。


 

 「……ん。」


 

 答えた私を見下ろして、光樹は少し笑った。満足げに、あるいはほっとしたように。する気全開できておいて、最終的な決定権を私にゆだねる。かと思えば不安げな表情を見せてくる。


 少し高い位置にあった顔がそろそろと近づいてきて、さっきよりも近づく。

 

 整っているだけでなく私の大好きな顔だからだと思う。


 少し、緊張する。




 頬にキスをされる。すこし湿った感触が、繰り返しくっついては離れる。緊張をほぐしてくれるかのように、光樹は私の頬に手をそえてスリスリとなでた。猫をかわいがるような手つきで撫でてくるから、私はそれに応えるようにぐりぐりと頬を押し付ける。それからじっと光樹のほうを見上げると、彼女は慈しむように目を細めた。



 手や唇から伝わってくる温度はいつもの光樹の体温よりも少し高い。  

普段の彼女は体温が低めなので、きっと彼女も緊張している。



 少しうれしい。同じように感じてくれているのだとしたら。


 そんな気持ちが伝わったのか、自分とは違う体温が直接唇に触れる。

 

 触れては離れてを繰り返す。これも三週間ぶり。

 ただ、唇同士を触れ合わせるだけでこうも温かい気持ちになれるのが不思議だと思う。


 角度を変えて、もっと深く。光樹の舌がそっと唇に押し付けられる。   

 緩く口を開け、抵抗なく受け入れた。舌が入り込んで、そっと歯列をなぞる。歯の一つ一つの形まで、すべての情報が伝わってしまいそうなくらい隅々まで蹂躙されている。


 「ふっ…ん……。」


 漏れた声が自分のものだと意識したら恥ずかしくなる。目を閉じて必死に流れ込む快楽を逃がそうとする私は、客観的に見てもすごく興奮している。

 


 それと同時に、どこか冷静な自分がいる。

  



 恋人ではないのに、そういうことをするのはおかしいことだという自覚は私にもある。


 つまり私たちはそういうことをするけど恋人ではなくて、何か深い間柄でもない。


 ただのシェアハウスの同居人であることに変わりはない。


 キスをするだけの関係とは、一体どんなものなのだろう。恋人でも友人でもない。


 外国なら友人でもそれくらいのことをするだろうか。でも、ここは日本だ。


 本当は四人用のシェアハウスであるところを、今は二人で使っている。けど、その状況は絶対じゃない。今後新しい同居人が増えることがあれば、この関係性はあっさりなかったことになる、と思う。




 そしたら私たちは、あっさり元に戻っていくのだろう。むしろ、この数か月の関係性のほうが特殊だった。でも、あっさり元に戻るだろうとは思うけれど、この特殊な関係のことを私はなかったことにできないと思う。




 15分くらい経って、光樹は身体を起こした。多分満足したのだろう。私も起き上がると、光樹は


 「ありがとう。付き合ってもらって。」


と呟いて私の頭を撫でた。それから、白いカーディガンを羽織ってリビングの方へ歩いていく。


 何でか晴れやかな気持ちになって、私も小走りで彼女を追いかけた。



 


 


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