第10話
夕飯を食べて、風呂にも入って、お話もした。まぁ、そのお話のおかげでぎこちなさが解消された代わりに、私にとっては新たなる問題が生まれたわけだけど。
いずれにせよ、寝るには少し早い時間だった。時刻は9時半を少し過ぎたくらいだ。
何をしようか、と考えてレポートの存在を思い出した。三週間ぶりに帰ってきた友人と話がしたいのはやまやまなのだがレポートは手を付けねばならない。
とりあえず
「お皿、片づけてくるね。」
そう言って私が空になった皿を下げようとすると、光樹は片手で制した。
「さっき飲み物運んだ時に、シンクが空になってたの見たよ。皿、洗ってくれてありがとう。…ということで、私がこの皿たちは洗っときます。何か…やりたいことがあるみたいだし。」
そういうところだ、と思う。不意打ちで優しい。それに私にやらなきゃいけないことがあるのも見抜いてたみたいだし。
「え、いいの?ありがとう。光樹はレポートの期限とか大丈夫?」
「急を要するものはないよ。だから、遠慮せずやっちゃってくれ。」
その気持ちが素直にありがたかったので、大人しくソファに置いてあったリュックサックからノートパソコンを出し、テレビ脇の本棚から風呂上りに呼んできたのとは別の本を出す。
そこからはもう、会話などなかった。私はひたすら残り少しのレポートを片付けにかかる。彼女は皿を洗ってから、
「暇だから、洗濯物片づけてくる。」
と言って洗面所に消えていった。私が申し訳なく思ったことに勘づいたのか
「三週間分のお礼もかねて色々やっとくから、レポートがんばれ。」
と私の頭を軽く撫でて。
反則だ。
前から思ってたけど、無自覚で格好いいのは心臓に悪いからやめてほしい。私の心臓が破裂しそうなばかりか、他の人まで光樹に寄ってきてしまう。
大体、前から光樹は自分が特に女の子にモテているということを自覚すべきだ。
絶対に本人はわかってないと思うけど、高校の時だって部活の後輩が光樹について聞いてきたくらい、存在も知れ渡っていると思う。
『せんぱーい。先輩のクラスにカッコいい人いますよねっ。』
『カッコいい人…うーん、誰のことだろ…』
『ほら、あの…黒髪ショートの女の人です!』
『んん…空街か、牧野か、向坂かなぁ。黒髪ショートっていったら…。』
『あ、それで背が高いです!』
『じゃあ、空街かなぁ…。』
『空街先輩って言うんだぁ…。この前その方に廊下で、荷物運び手伝って頂いたんです。
お礼を言いたかったんだけど、フラッてどこかへ消えてしまって…。』
『あー。分かるかも。空街ってすぐ消えちゃいそうな感じがする。』
『そうなんです!ミステリアスで優しくて、私ファンになっちゃったんですよねー。』
という一連の会話を私は未だに覚えている。
あ、何か思い出したらモヤモヤしてきた。
なんでそんなに鈍感なんだ。いや、光樹が鈍感でみんなの気持ちに気づかないお陰で、私は助かっているんだけど。
まぁ、私の気持ちにもきっと気づいてはいないでしょうけど。
思わず、キーボードを叩く勢いを強くしてしまったが、そのお陰でレポートは早く終わったので、全ての作業を終えてソファに座っていた光樹に近づいた。
「光樹ー、レポート終わったよ。ありがと。色々やってもらって。」
「…。」
返事が返ってこないので俯いていた光樹の顔を覗き込むと、寝ていた。三週間前に見た姿よりも少し長くなった前髪が顔にかかっているので見えづらいけれど、微かに笑っている、気がする。いい夢でも見てるのかな。
まぁ、このまま寝かせておいてあげたいところではあるのだが、あいにく時刻はもう22時半を過ぎたところだ。寝るならベッドで寝たほうがいいと思う。
「光樹、遅くまでごめん。寝よっか。寝る準備するから、一回起きよ?」
声をかけて優しくゆすると、光樹はぱちりと目を覚ました。彼女は朝もほとんど寝ぼけないくらい寝起きがいい。
「あれ…私今寝てた?」
がっつり寝ていたのに自分では認識していないところが面白くて思わず笑ってしまった。
でも、そういう感覚ってわかる気がする。
「うん。割とがっつり。」
「そっか。…今、自分が寝てるって思ってなかった。」
「いや、まあ分かる。そういうことってあるよね。」
それから二人で連れ立って歯磨きをしたり、今日使ったものの片づけをしたりと寝る準備をした。
一緒に寝るために、同じ部屋の同じベッドにもぐりこんだ。シングルサイズなので少し狭い。そういえば、とふと今思い出した不思議に思っていたことを聞く。
「そういえば、三週間も家を出てた割には荷物少ないね。」
「ああ、姉の家にいろいろ置いてあるからね。」
「そういえば、たまに『姉の家に行ってくる』って言ってたもんね。」
「そうそう。」
あの日は、私は午前から大学があって家にいなかった。授業ではなかったけど、教授の特別講演があったから聴きに行っていたのだ。
「なるほど。謎は解けた……ふわぁ…私はもう眠いから寝るね…。お休み。」
「ん……おやすみなさい。」
もう少し話したかったけど、すでに限界だったので寝ることにした。
すぐ近くにある彼女の気配にドキドキはしたけれど、睡魔に負けて私の意識は深く沈んでいった。
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