第9話

 

 しかし、言い淀んだ彼女に少し身構えた私に彼女が放った言葉は予想外のものであった。


 「その…。さっき、ニュース観て私に聞いてきただろう?漫画のこと。」



 話題作りになるかと思って話したやつのことだろうか。ニュースによれば、アクションものでも恋愛ものでもなく、その漫画家の独特な世界観が前面に現れた作品だというが…

 

 「うん。話したね。」



 何でその話を今してくるのだろうか。


 ありえないと思うけどまさか光樹が描いたとか…。



 「あれ、閣下が…間違えた、私の姉が描いたものなんだ。」


 お、予想と遠くはないな。うーん、ニアミスっていうか…


 「えっ!?」


 一瞬遅れて、驚いた私が思わず大きな声を出すと、光樹は「一泊置いたね」と笑ってから


 「で…。ニュースを見てもらえれば分かるように、姉はアニメ化の準備で忙しくて…」



 さっきから話している内容も、ついでに姉を閣下と呼んでいることも衝撃的な事実ではある。だがしかし、光樹が三週間家を空けたことの理由にはならない気がする。

 

 「でも、アシスタントの一人が体調を崩してしまって…で、私が姉に呼ばれたんだ

 昔、姉の漫画を手伝わされたことがあったし、経験はあるほうだから。それが三週間家を空けてた理由…。最近はあまり手伝わされたりしなかったんだけど、ビッグプロジェクトの前なので流石にアシスタントが欠けるのはキツかったらしくて…。

 アニメ化の情報とか、ニュースで流れたりするまでは言わないでおいたほうが良いのかなあって思ったら詳細が話せなかった…ごめん。」


 ああ、なるほど。そう繋がるのか。確かに光樹は秘密ごとが苦手っぽいから仕方ないかもしれない。下手に少し事情を話すよりも、何も言わないほうがまだぼろが出にくいだろう。


 「そういうことだったのかぁ…安心したよ。もっと深刻なものがあるのかと…。

 それにしてもお姉さんのことはおめでとう。光樹の部屋には、姉さんのも置いてあるの?」


 「ああ…。うん、もちろん全巻揃えてあるよ。よかったら読んでみて?」


 やはり全巻持ってるものなのか、家族だしなぁ。独特な世界観というのも気になるし、それを読んだら少しは光樹のことだってわかるかもしれない。あとで貸してもらおうかな。

 とりあえず、安心した私は全然減っていなかったカボチャプリンを一口食べ、ちょうどいいくらいの温度になったコーヒーを飲んだ。


 



 「ああ…でも、たくさんお話しできなかったのは、それだけじゃなくて…。」


 なんと、ほかにも理由があるのか。今度こそ身構えまくった私に彼女は困ったような顔をして言った。




 「その…最近亮を見てると、胸のあたりがぎゅーってして苦しくなって、緊張してしまって…こんなこと初めてだったから自分でも戸惑っていて、つい距離をとってしまった…これもごめんなさい、だね。」


 





 心臓が止まるかと思った。彼女が私のことをどう思っているのか今までずっと謎ではあったけど、やっとわかった瞬間これはちょっと刺激が強い。

 

 もう距離をとられていたということなんか全然気にならなくなっていた。それよりもずっとずっと嬉しくて、少し顔を赤くする光樹が愛しくて仕方ない。





 だって胸がぎゅーってして苦しい、なんてそれって…その感情を人は恋と呼ぶんじゃないのか。


 もし彼女が本当に私に恋をしているのならそれほど嬉しいことはないけれど、肝心の彼女には全く自覚がないらしい。だから、迂闊に踏み込めないし気づかせるのはなんか嫌だ。そういうことには自分で気づいてほしい。


 本当に自分のことを好いてくれているらしいという確信があるわけでもないのに、私がいろいろと考えていると彼女は


 「えっと…亮?」


と首を傾げた。


 「え…ああ、気にしてないから大丈夫だよ。でも…距離を置かれるのはちょっと寂しい…かも。」


 謝ることはない。…けど、引き続き距離を置かれるのは寂しいので嫌だ。


 正直に伝えると光樹は笑った。


 「ん…。私も三週間家に帰らなくて、寂しかった。から、今日は亮と一緒に寝ても良い?」


 距離をとっていたところからのいきなり縮めてくるではないか。


 びっくりしたが嫌ではない。


 「もちろん。」


 かぼちゃプリンをまた口に運ぶ。


 さっきよりもずっと甘くて、おいしかった。

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