第8話
ボーッとしていたらそろそろ光樹が風呂を上がるかなぁという時間になったので、やかんに二人分の水を入れて火にかけた。
お湯が沸く間に冷蔵庫にしまっておいたスイーツを取り出してお皿に盛る。そんなに時間のかかる作業ではないから、一瞬で暇になってしまった。どうしようか、と少し考えてはたと目をやるとシンクに夕飯の時に使った食器が置いてある。
わお。忘れかけてた。
肌はあまり強くないのでゴム手袋をはめて、食器を洗う用のスポンジに洗剤をつければ準備完了。幸い大した量ではないので、お湯が沸くまでに終わるだろうかといったところだ。キュッと水道のハンドルをひねって、スポンジを少し湿らせる。それから食器を洗っていく。その作業自体は大したものではないけど、私はおっちょこちょいだから手を滑らしたりしないように気を付けて行わなければならない。
ごしごし。そう強く擦らずとも汚れは落ちるが、目に見えてわかる汚れとか手ごわい油汚れは強敵と対峙しているようで少し楽しい。
そのせいか、私は時間について意識するのを全く忘れていた。
私が皿洗いを終えたのは結局お湯が沸いた一分ほど後だった。
その間お湯は、限界だとでもいうような音を発しており、少しひやひやしたが何とか吹き出したりするようなことは防げたらしい。
手袋を外して、まず火を止める。それから洗った食器をすべて入れた食洗器の電源を入れた。
「ふぅ…さっぱりした。お風呂、上がりました。」
ちょうどいいタイミングで光樹がお風呂から上がってきた。
「お、おかえり。何飲みたい?あったかいもの。まぁ、冷たくてもいいけど。」
問いかけると、光樹は間髪を入れず
「紅茶」
と答えた。それから
「…で、お願いします。」
と申し訳程度に付け加えるのもいつものことだ。
「りょーかい。」
棚から彼女の好きなアッサムティーのティーパックを出して、彼女愛用のマグカップに入れる。そこにお湯を注ぎ、角砂糖を一つ落とせば完成だ。何を飲む、と聞くと彼女はたいていこれを選択するから慣れた。
「これ、運べば良い?」
いつの間にか光樹は後ろにいてスイーツが乗った皿二つを持っていた。小さく首をかしげている様子は少し幼くてかわいい。
「ん。ありがとう。」
「いえいえ。これくらいやらないと、ね。」
二つお皿をもってリビングのほうへ歩いていく、途中でスプーンも二つ取り出してくれるあたり、気が利いている。
私も自分の分のコーヒーと、光樹のぶんの紅茶を持ってリビングに向かった。
ソファの前のローテーブルに飲み物とスイーツを置き、ソファから青と黒で二人おそろいのクッションを下す。
セットが完了したので、クッションの上に二人で並んで座る。久しぶりの隣合わせは案外近くて、肩が触れるか触れないかくらいの距離がくすぐったい。
「では、頂きます。」
「頂きます。」
「そういえば、私がかぼちゃが好きだって言ったこと覚えててくれたんだ?」
プリンを食べながら、ふいに光樹がつぶやいた。確かにかぼちゃプリンを選んだのは光樹が好きだと言っていたからだけど、素直にそういうのもなんだか癪だなぁと思う。
だって、本当は私、怒ってたのだ。
さっきからその感情を忘れては、不意に思い出している。
それでも、つくづく光樹のことが好きすぎる私は
「そりゃ、まぁ…。」
と濁すような返答で、結局肯定してしまっていた。
「ふふ…。ありがとう。」
そんな優しい声でいうものだから、びっくりしてしまった。
彼女は、私の様子に気づいているのかいないのか、もう一度「ありがとう」と繰り返した。
「スイーツのことも、ここ三週間心配してくれたしていたことも、ほかに色んなことも、いっぱいいっぱいありがとう。」
不意打ちに私は照れてしまって、
「どうした?急に」
とぶっきらぼうな返しをしてしまったが彼女は気にする様子もなく、
「いや、三週間無断で留守にしてしまったからきっと心配させてしまっただろうなと思って理由を話そうと思ったんだけど、」
そこで彼女は一度区切ってから笑みを深めた。
「その理由を話そうと思ったら、スイーツのこととか、他にもたくさんまずは感謝したいことがたくさんあったから。」
その表情は至極真面目で、柔らかい。
それを見れば、そこには必要以上の喜びとか怒りとか、意地は必要ないとわかった。だから
「そっか。」
とだけ相槌を打った。
「うん…。それで、私が三週間も家を空けた理由なのだけど…。」
彼女はそこで少し言いよどんだ。旅でもしていたんだろうか、私に言えないこととかかもしれない。恋人ができた…とか。
家に光樹が帰ってきてから約4時間。やっとぎこちなさは解消されそうだけど、言い淀むような何かがあるのかとまた心配になる。
まぁ、三週間も詳細を言わないのだから当たり前と言えば当たり前か。
どんな理由があるにせよ、怖くて私からは何も踏み込めない。
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