十五本目『信じる者』

「なんで何も言ってくれないんだ? ……セオドシア」


 ほんの、一言二言で良かったのだ。

 一時でも彼女セオドシアを信じるには、それで十分だった。


『ジェルマの言ってることは嘘っぱちだ。私の事を信じてくれ』


 そんな陳腐な取って付けたような台詞だって、デクスターの中では真実だと受け取るだろう。実際、彼が求めていたのはそういう言葉だった───だが、開かれた彼女の口から発せられたのは、そんな優しい言葉ウソでは無かった。


「──ジェルマの言う通りだ。あの朔も、月住人ムーン=ビーストも、全部私が作って──それを君に黙っていた」


 ───ピシッ。

 デクスターの中で、そんな何かにヒビが入った様な音が聞こえると、デクスターは喉元で堰き止めていた言葉を口に出してしまう。


「僕のお父さんが死んだ時……どんな気持ちだったんだ?」

「…………」


 デクスターは目元に血が一気に集まったみたいに熱くなって、言いながら涙を流してしまっていた。


(言ってしまった……敵が近くに居るのに……言うべきじゃないって分かってたのに……)


 分かっていても、止められない。

 ジリリッと鳴いて背に立つ化生のものに、背後で喋るように舌で舐められ、脅されているような気分だった。


「お父さんに乗り移った月住人倒す時……何を思ってたんだ? 他の月住人だって……どんな気分で倒してるんだ……?」


 優しく、強く、頼りになり──月住人となって死んでしまった父の顔。

 旅の間、苦楽を共にして見た彼女の様々な顔。

 それらが、デクスターの脳内を駆け巡る。

 そして、亡き父の笑顔と、彼女の笑顔がぶつかり合い、彼の中で弾け、言葉となった。


「なんでいつもヘラヘラ笑ってられたんだよッ!?」


 ジリリッ──ジリリッ───。


 背に立つそれはまだ鳴き止んでくれない。


「僕の作ったご飯食べる時も、月住人を倒す時も──ずっとずっと、人を馬鹿にしたようにヘラヘラヘラヘラと───なんで楽しそうに出来たんだよッ!?」


 父を亡くしたデクスターにとって、セオドシアは新しく出来た家族のように思えて来ていた。それなのに───。


「あの日──僕を連れてったのも、贖罪のつもりだったのか──?」


 出会った日全ての出来事が、彼の心を壊さんとする毒刃となって突き刺さる。

 言い切って、目に涙が溜まって何も見えない事に気付き、それを拭って改めて彼女の方を見る。

 ──それを目にした瞬間、彼の背に立っていた化生は、コトンと音を立てて、影も残さず消える。

 それは、旅をしてきて、一度だって見た事もない彼女のだった。

 不安。悲しみ。恐れ。そうした押し隠すことの出来ない幾つもの感情が混ぜこぜになって、ベッタリと張り付き、彼女を別人のようにやつれたように感じさせた。


「──作ったのは私だ、私は嘘は吐かない、君がそういう反応すると思って黙ってた───だから、許さなくていいよ」


 へらりと笑ってそう言う彼女を見たデクスターは、それ以上何も言わなくなり、矢筒に入っていた矢を一本取り出し、弓を構える。


「ほぉ? こりゃあ見物って奴だな」


「デクスター君……」

「…………」


 二人の間に流れる空気を煩わしく思ってか、ジェルマが囃立てるように口笛を吹き鳴らし、セオドシアはただデクスターの一連の行動を眺めていた。

 そして、彼はいつもの射撃のルーティンで、息をふぅっと息を吐くと──



 その矢をジェルマの喉に向けて発射し、命中させる。


「カハッ!?」

「えッ!?」

「──うぉおおおおおおおッ!!」


 デクスターは叫びながら、ジェルマに向かって更に矢を連射する。

 やたらめったらに射っている様に見えたそれは、肩、胸、脇腹、額、どの矢も外れる事なく命中する。


「えぇ……? すごぉ……」

「何ボサっとしてんの!? セオドシアも戦ってよ!!」

「いや、戦うけども──何故、私を撃たない?」


 そう聞くセオドシアに対し、矢を撃ち付くしたデクスターは、彼女に向かって口を開く。


「……セオドシアがあの空を作ったの『は』分かったよ……けど、作っただけで、こんな世界にしたんじゃない……でしょ?」

「え? まぁ、そうだけど……」

「ならこの話はここまで! 後でしっかり説明して貰うけど……兎に角グチグチ言ってないで戦うよッ!!」


 そう言って、デクスターは傷を治していくジェルマの方を覚悟を決めた眼差しで睨み、臨戦態勢をとる。


「デクスター君────グチグチって君、さっき凄い叫んでたよね? あと、矢が無くなったから君戦えないじゃん?」

「ほんっっっと正直過ぎるんだよセオドシアはッ!? さっきだって嘘吹いちゃえば良かったのにさ!!」


 そんな二人のやり取りを見て、ジェルマはゲラゲラと笑い声を上げる。


「フフハハハハハッ!! この俺を放っぽいて漫才とはなぁ? 超絶腹立つなぁ〜?」


 ジェルマがそう言って手を広げると、凄まじい重圧が二人を襲う。


「うわっ!? 急に体がッ!?」

「『霊障』───気を付けて、どうやら本気を出すらしい」


 すると、ジェルマの足元から渦を巻いて黒い灰が彼を覆っていく。

 それを、セオドシアは一度、戦場で見ていたので、すぐに察する事が出来た。


「おいおい……炭化した兵士は死霊術に使えないんじゃ無かったのかい? 設定守れよコノヤロー」

「フフフ……それを出来る様にする為に、秘術を手に入れたって奴だぜ」


 地上から伸びるいくつもの黒い亡者の灰が繋がり、やがて朔に塞がれた夜すら覆う黒い嵐になった。

 それは徐々に大きくなっていき、ジェルマの姿を完全に覆い隠すと


 ──── ゴォオオオッ!!!!


 と言う音と共に、それはある生き物の形を象り始める。


「──あっ、不味い」

「御覧あれ──『灰燼に帰す者シン・アヴィス』ッ!!」


 ◆◆◆


 一方、『金剛の武者ダレラトール』を倒したパジェットは、イアンと共に潰れた拳や折れた脚の治療を受けていた。


「『霊障』が収まりましたね。しかし、この異常な熱さと乾きは一体……」

「向こうで俺から奪った夏式なつしきの秘術で奥義を使ってんのか?」

「だとしたら、ここまで熱気が伝わるなんて、相当の霊力を持っている証拠だ……死霊術師……はいいとしても、デクスターの身が危ない……早く助太刀に行かなければ……」


 その時である、突如ジェルマの屋敷が爆音を上げて吹き飛ばされたかと思えば、砂埃を突っ切って、上空に巨大な影が現れる。

 三人は唖然といった表情でもって、それを見上げ、その正体を知る。

 灰だ──。

 大量の灰と炎で形成された火の鳥が空高く舞い上がったのだ。


「な、何だありゃあッ!? 俺の秘術にあんな奥義ねぇぞッ!?」

「きっと死霊術を使った応用だろう……取り敢えず、そうとしか考えられん」

「あっ、見て下さい! 何かを追いかけて───大変!? デクスター君とセオドシアさんですわ!?」

「「何だ(です)って!?」」


 目を凝らしてよく見ると、セオドシアは『葬れぬ者ギガゴダ』の手のひらの上に乗り、デクスターは『影から移る者クラヴィス』に抱えられ、灰の怪鳥に追い掛けられていた。


 ◆◆◆


「熱ッ!? 飛び散った灰だけで熱いッ!? セオドシアもっと速く!!」

「言われなくても全速力だよ馬鹿ちんッ!!」


 朔の夜空の下、セオドシアは血液をフル稼働で振り切ろうとするが、積んでいる秘術エンジンが違うせいか、羽ばたき一つでその距離を詰められてしまう。


「大体何だよあのインチキみたいな大きさは!? セオドシアが殴った奴は痛過ぎて何も出来なくなるんじゃなかったのッ!?」

「不死身の体に慣れすぎたせいで、傷口を炎で焼いても平気な顔するマゾだぞ彼は? 痛がらせるので精一杯さ!」

「そんなぁ!?」


 と言うか、アレって見た目だけじゃないのか──と、命を狙われている最中に結構呑気な事を考えてしまっていると、背後から低くうねる音に混ざって、ジェルマの声が聞こえてくる。


『フフフフフフッ!! ただの追っかけっこじゃつまらねぇ、こんなのはどうだ?』


 そう言うと、ジェルマが操るシン・アヴィスは、羽を思いっきり羽撃かせ、二人に何かを撃ち込む。


『夏式奥義『灰時雨シン・プルヴィア』ッ!!』

「何だッ!? 何をしたッ!?」

「アレは───灰で出来た『矢』だッ!? クソッ──!?」


 灰で出来ていると聞けば大したことは無さそうに聞こえるが、その灰はほんの少し風に乗って肌に降り掛かっただけで火傷を負うほどの高熱を帯びる、完全な凶器であった。

 セオドシアは、怨念の炎で壁を作って防ごうとするが大して効果は無く、灰の矢は勢いそのままに炎上し、二人に襲い掛かる。


(同時操作じゃ避けれないッ!? ───やるっきゃないかッ!!)


 セオドシアは、デクスターを抱えるクラヴィスを急降下させ、矢の脅威から逃す。


「なっ、そんなッ!? セオドシアッ!!」

「邪魔だから退いてなッ!!」


 セオドシアはギガゴダの手に包まれながら、珊瑚礁をその身に覆って防御を堅めるが、灰の矢の威力はそれを上回り、彼女の身体を貫いていく。


(不味いッ!? 血液がッ!?)


 ギガゴダやクラヴィスを操る血液が足りなくなり、セオドシアとデクスターは崩れ落ちた骨と共に、そのまま地面に向かって落下していく。


「うわぁああああッ!? 落ちるぅぅぅッ!?」


 そんな叫ぶデクスターの元へ、颯爽と一つの影が、屋根を渡って駆け付け、落ちる彼を寸前でキャッチする。


「うっ!? あっ……パジェットさん!!」

「大丈夫か、怪我は……と、聞いている場合じゃあないな」


 パジェットは、霊力を込めた足で屋根を蹴ると、そこから茨が伸びて、落ちるセオドシアを受け止めようとする。


『おっと、横盗りは罪って奴だぜッ!!』


 しかし、シン・アヴィスはその茨よりも速く、セオドシアをその灰で出来た嘴で啄み、空高く飛翔する。


「しまったッ!?」

「セオドシアッ!?」

「うぐぁあああああッ!?」


 セオドシアは灰に触れた部分が高熱によって焼かれ、服と皮膚が融合してしまっていた。


『フフフッ!! 術を使わずともこの高熱ッ!! このまま丸焼けにして食ってやるかッ!!』

(ダメだ──血が足りない──意識、が───……)


 視界が狭まり、もうダメかと思ったその時──眩い光が差し込んだかと思えば、シン・アヴィスの首を突然、一刀両断にしてみせる。


『何ィッ!?』

「夏式奥義『煌剣フェリジラーマでっちあげバージョン』ッ!!」


 それは、秘術を奪われたイアンが、残りカスで作り上げた炎の剣であり、有り合わせで作ったとしても秘術なのは変わりない。熱や質量はシン・アヴィスのそれを上回り、切り離され、制御を失った灰の頭部と共に落ちるセオドシアを受け止め、助け出す事に成功する。


「大丈夫かッ!? ひでぇ火傷だ……」

「見て……わかるなら、聞くなよ……イテテッ……」


 そんな二人の元へ、屋根を渡ってデクスター達も合流する。


「よかった、無事───じゃないッ!? その火傷はッ!?」

「触れただけでコレだ…………本格的に暴れる前に仕留めたかったんだが……」


 そう言って見上げると、灰が集まり、失った首が容易く修復されてしまう。


「野郎……ピンピンしてやがるな。もう一丁斬るかッ!!」

「フンッ……不死鳥のつもりか、撃ち落としてやるッ!!」


 鋭く、シン・アヴィスに挑もうと睨む二人に向かって、セオドシアは息も絶え絶えに声を掛ける。


「ハァッ……いいぞ、行って来な……勝てないとは……思うけど、時間稼ぎにはなる……」

「「はぁッ!? 言ってろ死にかけッ!!」」


 怒る二人もどこ吹く風に、今度はデクスターに向かって話しかける。


「シスターを連れて来てくれ……血が足りないんだ……」

「そりゃあ勿論呼ぶけど……治しても、あんなのどうすれば……」


 心配そうに伺うデクスターに対し、彼女はまるで問題無いと言う様に──


「大丈夫───私も使えばいいじゃないか──『奥義』を」


 そう言って、不敵に笑うのだった。

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