十四本目『真実を告げる者』
「んっ……くっ……うう……」
「よかった……目が覚めたのですね?」
イアンは、度重なる破壊音によって目を覚ます。
すると、彼の目の前にはシスター・セリシアが聖術による治療を終え、安心した様に顔を覗き込む姿がそこにはあった。
「俺、いつの間に気絶を……あっ! ぐっ……あ、アイツらはッ!? ……火に呑まれたアイツらは無事なのか!?」
「……術の進行が比較的少なく済んだ者を二名……それ以外の人達は……すいません……手は尽くしましたが……すいません……」
そう言って、沈痛な表情を浮かべて俯いてしまうシスターの姿を見たイアンは、悲痛な顔を一瞬見せた後、彼女が気を掛けまいと、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「いや、謝らなくていい……お前が居なかったら俺を含めて誰一人生きられなかっただろうだから──「ハァアアアアアッ!!」──るな。寧ろ感謝──「■■■■■ーッ!!」──で……すまん、感謝の念は改めて伝えるから、さっきから聞こえるこの破壊音と叫び声について聞いていいか?」
「あぁ、すいませんね……ウチの子が……今頑張っていますの」
シスターにそう言われ、音と声のする方向を見ると、信じ難い光景がそこには広がっていた。
「ウチの子……? ってか、パジェット……だよな……? なんか、あんな感じだったか?」
そこにはイアンの知るパジェットの雰囲気は無く、ただひたすらに闇雲に暴れ回る悪魔の様な威圧感を発揮していた。
「ウォオオオオオッ!!」
パジェットは自分の身の丈の二倍はある鋼鉄の塊の様な鬼を、茨で捕まえて振り回しては投げ、その手で持ち上げては普通に投げ、ついでにイアンの庭に飾ってあった彫刻を投げ付けたりと、怒涛の攻撃を繰り返していた。
「……ウン十万する彫刻は後で聖天教会にツケとくとして……知らん怪物が、俺の庭で、パジェットによってボコボコにされてんだけど……ありゃあジェルマと関係あんのか?」
「えぇ、アレはそのジェルマという人が用意した
「お、おう……しかし、あの様子なら問題なく勝てそうじゃあないか……」
イアンの言う通り、今にしたって、パジェットはダレラトールの頭を地面で擦り下ろしながら走ってみせたりと、やりたい放題であった。
だと言うのに、シスターの顔色には不安の色が表れていた。
「……そう簡単にはいかないでしょうね……別に、打った数で勝敗が決まるわけでもありませんもの」
「ハァッ……!! ハァッ……!! まさかここまで硬いとはな……!!」
パジェットの全身の筋肉は、ぶちのめされた様に疲れ、足を固定する茨の締まりが緩んでしまい、精神的にも疲労している事が分かった。
それに対してダレラトールはまるで負傷や疲弊の様子を見せず、先程の攻撃によって出来たものと言えば、その皮膚に引っ掻き傷の様な跡を作るのがやっとであった。
(逆転するには奥義しかないが……あの皮膚の上に撃ち込んでも必殺にはならん……せめてヒビでも入れられれば……)
「■■■■■───」
そんな事を考えていると、ダレラトールはその鈍重そうな見た目からは想像も付かない様な大跳躍をし、パジェットから距離を取る。
「? 何をする気だ……?」
距離を取ったダレラトールは、その両腕が地に着くほどにだらんと脱力し、その角をパジェット───と、その進行方向にいるシスター達に狙いを定める。
「ッ!! 成程……存外に知恵が回る……なればッ!!」
ダレラトールの考えを汲み取ったパジェットは右手を握りしめ、胸の位置にまで持って来ると、銃の照準を付けるみたいに、左手を突き出し、受けの形を取る。
「小細工は無しだッ!! 我が全身全霊の突きを持ってッ!! 主の命によりその魂を返してもらうッ!!」
パジェットはそう叫んで覚悟を決め、逃げも隠れもせずにそれを迎え撃つのであった。
◆◆◆
パジェット・シンクレアは、彼女も生きて捨てたのか、死んで離れ離れになったのかは定かではないが、孤児となり、聖天教会に拾われた経歴を持つ。
幼い彼女は一人で生きてきた事もあって今以上にプライドが高く、その性格故喧嘩も絶えず、自身が馬鹿にされたと感じたなら大の男が相手だろうがその拳で倒す無鉄砲さを持っていた。
これが実際に強かった為に、齢八歳にして自分を『チビ』と罵った連中を、数にして十三名病院送りにした伝説が残っている程の札付きのワルとしてアイウスの遠い田舎街で名を馳せたこともあった。
そんな彼女が退魔師となったきっかけは、五年前の事件──。
年齢にして彼女が十一の時の事であった。当時突然空を覆った朔に人々は恐れ慄き、結界なんてものも無かったので、パジェットの住む街にも死体に憑依した月住人で溢れ返っていたのだが、シスター・セリシアを含めた聖天教会腕利きのメンバーは中央都市などの重要都市に防衛を集中させられ、パジェットが住む田舎には人手が足りず、実質的な意味として見捨てられたのである。
街の誰もが神に見捨てられたと絶望する中、彼女だけは折れなかった。
(捨てられただって? 幸せを無料体験で味わってた連中は取り上げられるとすぐコレだ……全部神のせいにして……神に拾って貰おうと手を伸ばそうともしない……余程自分より不徳ではないか……)
そう思った彼女は、教会の地下で大層大事そうに仕舞われていた第一級の聖遺物を盗み出すと、誰に教わるでもなく使い熟し、教会に居た他の孤児を連れ、四日かけ、中央都市に着くまでの約百二十kmを、
この偉業とも言える行いをしたパジェットとシスターは初めてそこで出会い、彼女に説かれる形でこの力の使い道を知り、自ら望んで退魔師になった。
その生き様、どこまでも強く、どこまでも純粋────
これがパジェット・シンクレアという人物である。
◆◆◆
「■■■■■ーッ!!」
ダレラトールは脱力した身体にフッと力を吹き込み、一直線に飛ぶ弾丸となって、パジェットにその角を喰らわさんと駆ける。
「ふっ!」
パジェットは腰を落として構えると、受けの手がそれを受け止める。
ダレラトールの角がパジェットの掌を貫くが、パジェットはそれを気にする事なく突進を受け止める。
「ぐぅぅうッ!! ───ゥゥオオオオオオオッ!!」
パジェットは、地面に向かって霊力を込めた『種』を撃ち込むと茨が彼女をその場に留めようと根を張り、彼女に巻き付く。
「■■ッ!?」
「──征くぞッ!! これなるは地獄の具現ッ!! 不徳なる者への報いッ!!」
パジェットは腰を入れ、構えていた拳を捕まえた頭部目掛け、拳が潰れようとお構いなしに撃ち込む。
すると、傷を知らぬ無敵の鎧は、クリスタル特有の気味の良い音を立てて割れ、隠されていた身を露わにし、そこから茨の『種』を大量に撃ち込まれる。
「春式奥義ッ!! 『
撃ち込まれた種達は、ダレラトールの体内で発芽し、四千にも及ぶ棘が内側から全身の肉を突き破る。
「──────」
ダレラトールは喉を棘に突き破られ、断末魔を出す権利も与えられず、その魂は肉体を離れる。
「──結局その皮膚を貫くのは叶わなんだ」
パジェットは、棘によって凹凸する皮膚を見て、そう呟くと、
「──また鍛え直しだな」
と、溜息混じりに言うのだった。
「すげぇ……えげつない倒し方だな……」
「よく頑張りましたね、パジェット」
そんな二人の声が聞こえて、パジェットは気を取り直し、彼女達の元へ行き、跪いて謝り出す。
「申し訳ありませんシスター……アナタを危険に晒してしまい……ボクもまだまだ未熟です……」
「ふふっ、いいのですよ、それこそが信仰の道なのですから……」
(……信仰って言うか格闘家の道じゃあ……ってか、暗に俺はどうでもいいって言われたなコレ……)
そんな事をイアンが考えていると、パジェットは立ち上がり、真剣な面持ちで屋敷を見ていた。睨んでいるという方が近い。
「ボクもデクスター達の助太刀をしに行きます、シスター達はここでお待ちを」
「待つのですパジェット、その傷で行くのは────」
シスターがパジェットを引き止めようとした、その時だった。
──キィィンッ、と言う耳鳴りの様な音がすると、身体に重しが付いた様に全員が地面に押さえつけられる。
「ッ!? これはッ──!?」
「『霊障』かッ!?」
『霊障』とは、高位の術式が発動した際に霊力に干渉して起こる現象であり、怪力自慢のパジェットが膝を付くのを見ても、その影響の大きさが測れるだろう。
「うぐッ!? 向こうで一体何がッ──!?」
───その理由は、時間を少し前に遡る。
◆◆◆
「何なんだアイツ!? 全然効いてないぞッ!? 同じ死霊術師なんだから何か知らないの!?」
デクスターは先程から胸を貫かれようが目を貫かれようが、どんな傷も炎で包むと、一瞬で治してしまうのを見て、思わずそう叫んでしまう。
「フン……死霊術ってのは何も死霊を操るだけじゃない、高位の術師はその肉体まで自分好みに変えちまうもんなのさ」
曰く、彼は不死性の研究に執心していた様で、
「そんな……それじゃあどうやって倒せば……」
「オイオイ、私の戦い方を忘れたかい? 不死身なんて──関係ないッ!!」
セオドシアはそう言うと、ギガゴダでジェルマを掴んで振り回し、床がぶち抜ける程に強く彼を叩き付け、焼きごての様に青白い炎を立ち上らせる。
「ガァアアッ!?︎ グッ──!? 火術では無い───痛覚を遮断してもこれかよッ!?」
「イヒヒッ!! 君ら三流じゃあ出来ない発想だろう? そらとっとと自決しな! 残暑は見苦しいぜぇッ!!」
「す、凄い……セオドシアが押してる……」
デクスターは、その様子を呆然とただ眺め、持っていた弓を握り締める。
(セオドシアって僕が想像する何倍も凄い人だったんだな……けど……)
だからこそ、こんな状況でも、彼の胸中にはある一つの疑問が芽生えていた。
(一体……セオドシアって何者なんだろう……)
『
しかし度重なる事件によって、その疑問は最悪な解答をイメージさせて来た為、ずっと奥底に仕舞い込んで、考えない様にしていた。
しかし、五年前に空を朔で覆った彼を追い詰める彼女を見て、再び疑問がぞわぞわと這い出てくる。
(クソッ……何考えてるんだ僕はこんな時にッ……‼︎ 今は戦いに集中しなきゃ……)
そんな事を考えていると、ふと、ジェルマに視線が行き、デクスターは思わず息を飲む。
彼は何度も殴り付けられた事で骨や内臓が露出していたが、それでも数秒後には完治し、立ち上がっていた。
「アイツ……アレだけ受けてまだッ……!?」
「ハァッ……ハァッ……!! フフフハハハハハハッ!! 無駄って奴だぜセオドシアさんッ‼︎ もうアンタの知ってる俺じゃあねぇんだッ‼︎ 尽きた霊力はあの『朔』から受け取ればいいッ!! 滑稽だなッ!! アンタは自分自身に殺されるのさッ!!」
そう高笑いして叫ぶジェルマの彼女が彼女自身によって殺されると言う言葉に、デクスターは胸がギュッと掴まれた様な感覚になって、疑問が口をついて出てしまう。
「自分自身に……? 一体どういう……」
「おやァ? まだそっちの坊主には言って無いのかァ? フフフフッ!! 言える筈もねぇッ!! だったらアンタなんかに着いていかねぇもんなぁッ!?」
「チッ……いい加減おしゃべりはおよしよッ!!」
彼を黙らせようと、セオドシアは焦った様子で青白い炎を放つが、ジェルマは紅蓮の炎で翼を象って展開し、盾とする事でそれを防ぐ。
「フフフフフフッ!! ならこの俺が代わりに言ってやるって奴だ───よく聞けデクスター・コクソンッ!!」
彼は炎の翼で推進力を作ると、彼女を蹴飛ばして遠くの方へやると────彼に向かって最もされたく無い告白をする。
「グッ──よせッ!!」
「セオドシア・リーテッドはかつて俺達と組み───月住人とあの朔を作り出した張本人──全ての『元凶』なんだよォッ!!」
「……──え?」
想像していた最悪の想定を口にされ、うなじの産毛が逆立ち、デクスターは息を呑んだ。
「──ハハッ……う、嘘だ……また僕達を騙そうとしてる……ねぇ、セオドシア? 何で黙ってるのさ? ───ねぇ?」
「………………」
「何で──何も───何も言ってくれないんだよッ!?
セオドシアッ!?」
屋敷には、家屋の燃え上がり崩れる音──真実を振り払おうと叫ぶデクスターの声──それら全てを滑稽だと笑うジェルマの弾ける様な笑い声が響き渡るのだった。
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