十一本目『欺かれる者』《後編》

 セオドシアが倒れた時、彼女が手に持っていたツギハギだらけのケースは、地面に落ちた衝撃で開かれると、中に入っていた骨がいくつか散乱する。

 開かれたケースの中には奈落が広がっており、またその骨が月住人ムーン=ビーストのものである事もあって、ただでさえ死霊術師である彼女を不気味がっていた兵士達は、火を目前にした獣のように、更に弾丸を喰らわせようとする。そんな様子を見たイアンは、彼等に対して怒気を帯びた一喝をした。


「よせッ!! 発泡の許可は出していないぞッ!!」

「し、しかし……!!」

「─────ッ!!」


 デクスターはセオドシアを撃った兵士に対し、矢を射ろうとすると、パジェットが彼の前に乗り出し、それを諫める。


「どいてよパジェットさんッ!! 僕はアイツを……ッ!!」

「よすんだデクスター。それでは奴を撃った奴と変わらんぞ」


 今ここで暴れれば、死霊術師に共謀した疑いありと鉛を喰らわせられるのは必然の事であった。


(まぁ、そうでなくても既に───疑いは掛けられているだろうがな───)


 パジェットの予想通り、兵士達の銃口は残る二人に対して向けられていた。


「大人しくしていろ!! 貴様らも死霊術師の仲間か!?」

「落ち着いてくれ、ボクは聖天教会の退魔師だ、掛け合えば裏は取れる……彼女とは……派遣される際に知り合ったばかりで、死霊術を使うとは知らなかった」


 パジェットはセオドシアの弁護をするのは困難と考え、申し訳ないと思いつつも、尻尾切りの形で彼女との関係性を否定する。

 どの道追求されるだろうが、一先ずはこの場を落ち着かせ、撃たれたセオドシアを治療しなくてはならない。今ならシスターの聖術(聖天教会の使う術式の名称)でまだ間に合うかもしれない───そんな事を考え、倒れる彼女の方を見やると───そこにあった筈の彼女の姿が見当たらない。


(居ない? 一体何処に───)


 そう気付いてパジェットが振り返った────その時だった。

 まるで罪人を処刑するギロチンの様に迫る白骨が、彼女の目と鼻の先に突如として現れる。


「なっ……!?」


 彼女は突然の出来事に驚きながらも咄嵯に後方転回する事で事なきを得るが、そのギロチンの正体によって、デクスターを人質に取られてしまう。

 その正体は────。


「セオドシアの『影から移る者クラヴィス』!?」


 デクスターの首に剥き出しの橈骨を回し、人質に取っていたのはセオドシアが使役するクラヴィスだった。その証拠に、その頭蓋には青白い炎が宿り、デクスターの顔にちらちらする炎の反射を煌めかせていた。


「それ以上……動かないでね……折るから……」

「死霊術師……ッ!!」

「セオドシアッ!? 何してるんだよ!? こんな事したら更に疑われ──……」

「付け加えるよ……喋るな……全く、ここが外でよかったよ……『十分な光』だ……」


 セオドシアがそう言うと、クラヴィスはデクスターを掴んだまま、二人を螺旋状に変えながら、影の中へと入る能力を行使する。


「ぐぁッ……!?」

「くっ……待てッ!!」


 パジェットの呼び掛けにも耳を貸さず。セオドシア達は死体処理場の様な臭いが漂う影の中へと潜る。

 泥の中の様な影をクラヴィスに引かれて泳ぎながら、デクスターはセオドシアの方を見ると、泳いで来た所を、血が毛糸を浮かべた様に線になって走っていた。


「その怪我ッ!? そんな傷で能力を使っちゃダメだ!! 止まってよ!! セオドシアッ!?」

「…………ここら辺でいいか……」


 セオドシアは心配の声を上げるデクスターに見向きもせず、しばらく進んだ所で、擬似太陽の光によって出来た路地裏の影から浮上すると、人質にとっていたデクスターを手放す。


「イッテェ……アイツ顔覚えたかんな……女の子の横っ腹に鉛撃ち込むかい普通……?」

「何やってんだよセオドシアッ!? 怪我もそうだし……こんな人質取る様な真似なん────」


 そこまで言った所で、デクスターはセオドシアの行動の真意を察する。


「まさか……僕達に疑いが掛からないように……?」

「……──あー、そうそう。私ってば優しいから、君達にまで疑いが掛かるのが我慢ならなくてあんな行動をとっちまったぜ…………てへっ」


 そんな、良いも悪いも一緒くたにした台詞で、折角の格好いい行動を台無しにする彼女に、デクスターは心の中に張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだ気がした──が、肝心の彼女の問題はと言うと、何一つ片付いてはいなかった。


「セオドシアはこれからどうするの……? その傷だって……」

「問題ない……それより君は退魔師と合流してくれ、頼みたい事がある……」

「頼みたい……事……?」


 ◆◆◆


「そうか、死霊術師が…………だとしても、あんなに強くボクを死霊で蹴り飛ばす必要あったか?」

「アハハッ……まぁまぁ許してあげてよ……」


 あの後、セオドシアと別れたデクスターはパジェットと合流し、死霊術師に誑かされたという形で兵士達からの取り調べを受ける事となった。取り調べの内容は彼女といつ出会っただとか、この国にはどういう目的で来たかだとかだった。上手く答えられるか不安だったが、セオドシアから用意された返答の仕方のお陰で、デクスター自身の思う限りでは自然に答えられた。


「それで、死霊術師が頼んだ事と言うのは?」

「えっと……先ず、こうやって自分は被害者だと兵士達への印象付ける事と……しばらくやる事があって合流出来ないから、居ない間の月住人退治は任せるって……」

「フンッ……言われるまでも無い事だな、元々それはボクの仕事だ。……さて、面倒な取り調べも終わった事だし、一先ず教会へ帰ろう」


 デクスターが頷き、同意と共感を示してから帰ろうと廊下を歩いていると。

 廊下の先からイアンが歩いてくるのが見えた。


「あっ、イアンさん……」

「デクスターか……すまないな、俺の顔なんて見たくも無いだろうに……」

「いえ、あの場面でもセオドシアを庇ってくれていたのは貴方だけですから……それより、何故ここに? 僕達に話があって会いに来たとか……?」


 デクスターがそんな事を聞くと、イアンの眉間に皺が寄り、彼の美形を構成する瞳と唇は、定まらぬ考えを反映するように、ぼやけて見えた。


「それが……先の戦争によって、俺達ムグラリス家の勝利が決定してな……」

「えっ? そんな大事な戦いだったのかアレ……けど、戦いも終わるし、良い事なのでは? あんまり嬉しそうじゃないですけど……」

「うむ……そうなのだが、捕らえられた狸……じゃない、ヴォゴンディの現当主のピエールに月住人の事を問いただしたのだ……何処で手に入れ、どうやって従えているのかとな、そしたら……『セオドシア・リーテッド』の名を出して来たのだ……」

「……は? えっ……う、嘘だそんなでっちあげ!! きっと僕を誘拐した奴と同じ奴に言わされて……」


 怒りと困惑を込めて声を荒げるデクスターをイアンは落ち着く様に諫める。


「お前の気持ちも分かる……俺だってアイツの事は気に入ってるし、信じてやりたい……だが、自作自演の可能性は十分あり得る事だ……だから──……」

「アンタまで疑うのかッ!? クラヴィスの件や今回の戦争だって、セオドシアが居てくれたお陰だろう!?」


 自己犠牲的に自分達を救い、賞賛されるべき彼女を、この場に居る殆どが裁くべき悪人だと疑っている───そんな状況にデクスターは、耐えられない悲しみと突き上げてくる怒りに顔が赤くなる。


「落ち着けデクスター……ここでその発言は不味い……」


 パジェットが彼の肩に手を置き、落ち着かせる様に促すと、一人の兵士が血相を変えてこっちに向かって走って来る。


「どうした何事だ、そんなに慌てて」

「は、はい!! 例の死霊術師セオドシア・リーテッドが街中に出現!! 民間人を無差別に殺害してる模様です!! 現場に出動した兵士達も次々と───手がつけられません!!」

「何だって……ッ!?」


 ◆◆◆


「ガァァッ!!」

「ヒィッ!? や、やめ────ギャアアアアアッ!?」


 民間人が襲われたという報告を受け駆け付けた兵士達は、その守るべき民間人が変貌した月住人達によって、次々に食い殺され、灰へと変えられていた。


 家や店は火事によって燃え上がり、不気味な月住人の姿も合間って、人々がイメージする地獄の下層の様な光景が広がっていた。


「やはり、術式の施された兵士を殺しても素体にはならないか……民間人も『蹂躙せし者ホワイプス』にしかならないし……ハズレだな……」


 そして、その月住人を後ろから従えているのは、白いローブに灰色に近い白髪を持つ────兵士の報告通り、セオドシアの姿があった。


「……──ハァアアッ!!」

「ッ!!」


 突然、火の海を抜けてパジェットが空から降って現れると、挨拶も無しに茨を巻き付けた右脚で踵落としをセオドシアと思わしき人物の頭部目掛けて喰らわせる……が、即座に対応出来てしまった様で、彼女の踵はその頭蓋を割る事は無く、右腕を盾に防がれてしまう。


「おぉ〜響くなぁ……しかし、酷いねいきなり、仲間だろう?」

「弱者を虐げる者など仲間ではない……それに、元々お前のその顔は粉砕してやりたいと思っていた!!」


 すると、彼女に遅れて、デクスターとイアンが駆け付ける。


「ハァッ……ハァッ……!! 本当にセオドシアだ!? けどなんで……!?」

「……──悪いなデクスター。お前の大切な人だってのはわかってんだがこれは……」


 デクスターは背を流れる恐怖にハッとなって振り返ると、イアンの表情はじんじんという音が出そうな程の険しい怒りで染め上げていく。


「──許せねぇッ!!」

「イアンさん!? 待って──……!!」


 デクスターの制止も聞かず、イアンが前に乗り出すと、月住人達が彼に向かって飛び掛かる。


「グァアアッ!!」

「───退け、俺が通る」


 彼がそう言葉を発すると、彼を中心に炎が消え、月住人達が何も無い所で突然燃え上がり、嗚咽する様な金切り声と肉の焼け焦げる嫌な臭いが上がる。


「うわっ!? 火が……ッ!?」

「ほぉ……アレがアイウスの議員が持つ事が出来るという『夏式なつしきの秘術』……もう行使権が移ったのか」

「そこを退けッ!! パジェットォォォッ!!」

「ッ!!」


 叫ぶイアンの頭上に向けて手を突き出すと、掌から焔が吹き出し、樹齢何百年とある木に火が付いたかの様な、巨大な炎の大剣が作り出される。


「夏式奥義───『煌刃フェリジラーマ』ッ!!」


 それをそのまま振り下ろすと、火炎は残りの月住人も巻き込んでセオドシアの方へと倒れていく。


「あらら、これは逃げなきゃ……ん?」

「そうはさせんッ!!」


 パジェットは彼女から離れた時に、その両脚を茨で地面と結び付け、逃すまいとする。


「おいおい抜け目な───「ウォオオオオオッ!!」


 倒れる炎の剣にセオドシアは重々しい響きと共に呑み込まれ、暫くして炎が消える頃には、黒く焦げた街道と煙が一筋登るだけであり、そこにセオドシアの姿は無かった。


「チッ……逃げられたか……」

「………ハッ!? パジェットさん!! 大丈夫!?」

「ああ、問題無い……それよりもアレは……」


 パジェットはそう言って、さっきまでセオドシアが居た場所の方を見る。


「────ううん、似てたけど。アレはセオドシアじゃ無いよ……だって、僕達に月住人と戦えって言ってたのに、わざわざ差し向ける意味がわからないもん……セオドシアを信じてるっていうのもあるけど……」

「そうだな……ボクもそう思うよ、奴なら腕で攻撃を防ぐなんて出来ないだろうしな……けれど……もうボク達ではどうしようも無くなってしまった様だ……」


 擬似太陽の空は、かつて『夕闇』と呼ばれた空を再現し、デクスター達の目と耳が夜に慣れてくる。

 ───それぞれの胸の内に、黒い何かを巣食わせながら。


 ◆◆◆


 その後、アイウス中にはムグラリス家の勝利に終わったと言う議員戦争の結果と、『死霊術師セオドシア・リーテッド』と言う名が広まる事となり、最早セオドシア弁護は不可能となった。


「…………」


 擬似太陽の光が消え、無限の厚ぼったい海の様な夜の底を、イアンは自室の窓から眺めていた。


「どうも……臭いな…………」


 相次ぐ月住人の出現、砦や街道で見た彼女の非道。

 実際にこの目で彼女の姿を見た今でも、何か仕組まれた気がしてならなかった。


「……リンゴ!! リンゴ、居るか!?」


 窓の外を眺めたままリンゴの名を呼ぶと、背後の扉が開き、執事である彼の言葉が聞こえる。


「ハッ、ここに。如何されましたか?」

「教会からパジェットとデクスターを呼んで来てくれ、セオドシアの件について話がしてぇ……もしかしたら、俺達は何者かにハメられて────」


 そう言って彼の方を向いた時、そこには居るべきリンゴの姿は無く。

 その目に映っていたのは、彼に対して向けられた銃口────では無く。


「テメェは……セオドシアッ!?」

「───会いたかったァ〜?」


 そこには噂のセオドシア・リーテッドが片頬に刃の様な笑みを浮かべながら。

 ……──引き金を引き、屋敷中にその銃声を響かせた。

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