十二本目『夏の死者』
セオドシアの放った弾丸によって、イアンはそのまま仰向けとなり床に倒れる。すると彼女は死亡確認代わりに二発目、三発目と弾丸を胸に向かって容赦無く放つ。
「───ふ〜ん。初めて使うけど結構いいな、これ」
弾丸を撃ち尽くし、まだ硝煙が立ち上るそれをまじまじと眺めていると、背後でガラガラと金属が落ちる音がする。
「き──キャアアアアアッ!? だ、誰かァッ!! 誰かァァァッ!!」
そこに居たのはムグラリス家に仕えるメイドの一人だった様で、彼女が運んでいたのであろうティーセットを乗せたカートを捨て置き、助けを呼びながら何処かへと走り去っていく。
「あらら……バレちゃった……」
しかし、それを見ても彼女が慌てる様子はなく、どころか声に出して笑いそうになるのを腰を曲げる事で懸命に堪えており、終いには耐えきれず高笑いを上げる。
「ンフフ……フフフフフフフッ!! これでこのセオドシア・リーテッドは追われる身ッ!! 議員戦争の見届け役員も来てる今ッ!! 街での一件も既にセネリス中に報される……こんなに晴れやかで清々しい、いい気分は滅多に味わえな──……」
「人の寝耳にギャーギャーと……喧しい」
自身を最高の気分に変えてくれた原因である撃ち殺した筈のイアンの声が耳に入り、振り返って確認しようとした瞬間───彼女の顔面に命中し、その右半分を消し飛ばす。
◆◆◆
この世界では、超常的な現象を引き起こす力を『術式』と言い、そこから更に術式の特徴を四季に当て嵌め────
成長・発育の性質を象徴する『春』
火の様な灼熱の性質を象徴する『夏』
冷徹・堅固の性質を象徴する『秋』
胎内と霊性の性質を象徴する『冬』
それら四季を内包し、万物の育成・保護の性質を象徴する『天地』
まだ完全に解明されてはいないが、術式はこの全五種類で分類される。
そして、ここセネリスでは、建国当初に国王が在席していた四人の議員に己の術式を授け、先祖代々受け継がれていくという特異な性質を持ち────イアンの継承した術式はそれら四つの中で最も攻撃性の高いとされる『
◆◆◆
「やべっ……調整ミス……」
イアンは着弾する直前に炎を調整しその威力を弱まらせ、その殺傷性を奪うと、今度は撃たれた弾丸を指で弾き飛ばしその威力を増幅させ、単発式拳銃の弾丸にも関わらず、その威力は大砲のそれと変わらないものとなり、彼の目の前には弾丸によってぶち抜かれた壁と、それによって右半分の顔面を失い、脳漿を撒き散らすセオドシアの残骸が存在していた。
(暗殺……だけが目的ってわけじゃあ無さそうだな、さっきの台詞的にも……しかし、脳味噌撒き散らしてやったってのに、この手応えの無さはなんだ……?)
そんなイアンの胸中を知ってか知らずか、セオドシアの死体が突然電気に触れたようにビクンと震えると、皮膚が木の幹の様な皺が出来ていく。
「全くダッセェなぁ〜、この俺って奴はよぉ〜。折角気持ちよく勝利宣言してたってのによ」
「なッ!?」
そう言いながら起き上がるセオドシアの顔面は、吹き飛ばされた事など────否、吹き飛ばされた以上に奇異な形に変貌していた。
「リン……ゴ……?」
それは、初老を迎えた男性───イアン専属の執事であるリンゴの顔が、残るセオドシアの顔と、互いの居場所を奪い合う様にひしめき合っていた。
「おっと、いかんいかん。いっつも皺を寄せ過ぎてんで、跡になっちまったって奴だなぁ……」
「お前……セオドシアじゃ無いな……グッ……リンゴは、死んだのか? ……お前は、誰だ……?」
イアンがそう問い掛けると、セオドシアでも、リンゴでも無いそいつは、何を馬鹿な事を言うのだろうと可笑しくなった様に笑い出す。
「この俺って奴が何者か? フフフッ!! 水くせぇ事言うない、お前ら人間共とこの俺の仲って奴だろう? 五年前からのよォッ!!」
そう言って腕を横一閃に振り抜くと、爆炎がイアンを襲い、庭に向かって吹き飛ばす。
「チィッ!? 五年前だと……野郎まさか……!!」
「───とは言え、親しき仲にも礼儀ありって奴だ。名乗らせて頂こう」
イアンが見上げると、燃え盛る炎の中を、肩まで伸びた赤髪を靡かせた長身痩躯の青年が歩いてくる。
喪服と見紛うようなダークスーツとシャツを羽織り、深い紅色をしたネクタイが見栄えるよう着こなす姿は、高貴とも、ふしだらなチンピラとも取れる、そんな格好をしていた。
「俺は『
「死霊───術師ッ!! こんな近くに居て気付けなかったとはなッ!!」
自らを死霊術師と名乗ったジェルマに対しての怒りを表すように、イアンは炎を外套のように纏い、ジェルマに攻撃を仕掛けようとする。
───が、飛び掛かろうとした瞬間、窓を割って火だるまの兵士達が出てきたのを見て、踏み込もうと足に込めた力を緩める。
「───ァァアアアアアッ!!」
「何ッ!? お前……コイツらに何をしたッ!?」
「何って……この俺は死霊術師なんだぜ? 死霊使うに決まってるって奴だろ……なぁ〜んて喋ってるうちに、ホラ」
「ヴォアアアアッ!!」
火だるまになって出てきた兵士の一人が、持っていた長剣をイアンに対して振り下ろす。火の方は術式を使えばどうとでもなるが、剣の方はそうはいかない。サッと右に避けると、振り下ろされ地に刺さった長剣に触れ、熱でどろどろに溶かし、使い物にならなくする。
「よしッ!! これで──……」
「イア───さ──ま───」
そんな声が耳に入り、イアンはその頭を吹き飛ばそうと伸ばした手をピタリと止める。
(何だ? 今……俺の名を呼んだのか? いや待て、そもそも……何故、生きてる?)
こんな状況でも──否、だからこそ、脳味噌というのはいつも以上に働く。よく考えてみれば、兵士達には例外なく、死後月住人に肉体を奪われぬよう、ボロ炭になる術式を自身に刻む事が義務付けられている。
そもそも、死体を操る死霊術が使える筈が無いのだ。
しかし、目の前の兵士は全身を燃やされていると言うのに、死んで炭になる事はなく、ジェルマによって戦わされているようだった。
「貴様ッ……何をした……ッ!!」
屋根に腰掛け、こちらを見下すジェルマに問いを投げ掛けると、彼は面白い劇場でも観ているみたいにニヤつきながら答えた。
「何って……簡単なタネだ。そいつが火傷でショック死する瞬間、ボロ炭にする術式が発動する前に離れたそいつの魂を戻す。これの無限ループでこの俺の手駒の完成って奴さ」
なんて事ない事のように解答するジェルマに対し、イアンは思わず絶句する。イアンは医学に詳しいわけではないが、人間は体の二割を火傷で傷付けてしまうと、余りの痛みでショック死するということを知っていた。
目の前の兵士は明らかに二割以上を火で燃やされ、今この瞬間も苦痛で死ぬ事も許されず、生き返らせられる無限地獄を味わっているといると知り、イアンは臓腑を絞られる様な葛藤に襲われる。
「くっ!? やめてくれッ!!」
火で弱った緩慢な動きが当たる事はなく、イアンは兵士に訴えながらそれを避ける。すると、狙いを外れた肉体は地面に倒れ込み、黒焦げの足が崩れてしまう。
「あ〜あ……いい考えだと思ったんだが、やっぱりソフトとハードがボロボロになっちまうって奴だな……長くても十分もすれば、霊力を無駄遣いするゴミにしかならねぇ」
「ウゥッ……アグッ……コロ……シテ……クレェ……」
叫びたくなる程の苦痛であっても、既に衰弱した兵士は声を上げることも叶わず、眼球が沸騰し、空洞となった眼窩からは、血涙が流れて出ていた。
すると、イアンの周りには既に、苦しみに耐えかね、死を求めて彼に寄り縋る兵士達によって四方を囲む壁が出来ていた。
「アァ……オナ……ガイイ……ダカラ……タスケテ」
「コンナ……シニカタ……」
「やめろ……やめてくれ……ッ!! こいつらには残される妻子だっているんだぞッ!! 何故こんな非道が出来るッ!?」
イアンは喉を引き裂きそうな程の、悲鳴にも似た叫びを上げる。すると、ジェルマの表情から笑顔が消え、寒い演出でも見る客の様な表情をして口を開く。
「そういう聖人ぶったの嫌いだなぁ、俺……。お前コイツらを普通に戦争に行かせてたじゃあねぇか、たまたま戦場で死ななかった奴らが、ここで死ぬくらいの違いなのに、
「コイツ……ッ!? 言わせておけばッ……!!」
しかし、イアンはそんなジェルマの言い分を、心の中では完全に否定する事は出来なかった。
(……わかってんだよ……そんな事は……大義だなんだと言ってるが、所詮は殺し合い。やってることはコイツと違いなんてそう大差ねぇ……けどッ!!)
イアンは足元から炎を噴出させると、その勢いでジェルマの元まで飛び上がる。
「それを認めたら誇りまで死ぬだろうがッ!!」
「ハッ!! 便利な考え方だなァッ!!」
その勢いそのままに、飛び膝蹴りを浴びせるが、ジェルマはそれを受け止め、掌から炎を溢す。
「だが、嫌いじゃあないぜ」
「不味ッ──!?」
ジェルマは受け止めたその足に組み付くと、炎で勢いを付けたまま、地面に向けて落下する。
イアンは咄嵯に背中から炎を噴き出す事で、衝撃を和らげようとするが、ジェルマの出力はそれを上回り、二人はもつれ合ったまま地面に衝突する。
「ガハァ……!?」
「フフフッ!! この俺を倒せば死霊も止まると考えたんだろうが、秘術を使って日の浅いテメェには負ける気がしねぇって奴だッ!!」
イアンは激突によって苦しむイアンに対し、炎で推進力を作り、何度も何度も胴目掛けて踏み付ける。
血の滴りが体から離れて宙に飛ぶ毎に虹色にキラキラ輝き、やがて肋骨が肺に刺さり術式が練れなくなった所で、蹴りの雨霰も止まる。
「おっと……まだ死ぬなよ? 折角お前を戦争で勝つようにお膳立てしたのに、骨折り損になっちまうって奴だぜ」
「ゴホッ……ガフッ……!! 何、を……グァッ!?」
ジェルマは倒れるイアンの胸に指を突き刺し、引き抜くと、真紅の光が取り出される。
「ハァ〜ッ……いっただきま〜すッ!!」
イアンはその光を一口に呑み込み、一瞬その身をぴくんと震わせと、確かめる様にその手を握りしめる。
「フフフフフッ!! これが『秘術』の味……美味って奴だなぁ〜」
「コイツ……秘術を……奪ったのか……ッ!?」
ジェルマが愉快そうにひとしきり笑うと、空に向かって火の弾を撃ち出す。
それは一つの火種であり、徐々に───徐々に───その大きさを、今はもう失われた『太陽』と見紛う程に膨れ上がらせていき、国を覆う結界の天井を突き破ってしまう。
「さぁ、人間共ッ!! お前らが欲しがってた光をッ!! この俺がくれてやろうッ!!」
「なっ───やめろォォォォッ!!」
「夏式奥義『
ジェルマが両手を広げながら天を仰ぐと、上空に浮かんでいた巨大な火球から、地獄から命を刈り取りに来た悪魔の舌の様にべろべろと何本も火が地上に伸びると、次第に悲鳴があちこちから湧き始める。
「ククク……フフフハハハハハハッ!! 聞こえるかァ〜ご主人様ァ〜?
「畜生……ッ!! 畜生……ッ!! ブッ殺すッ!! ブッ殺すッ!! 必ず殺してやるッ!!」
肺に骨が刺さろうが、お構いなしに叫び、血反吐を吐くイアンの首根っこを、ジェルマは掴み、持ち上げる。
「安心しろ、お前もアイツらも、多少火傷はしてるだろうが、残った肉体はちゃんと
ジェルマはイアンの首根っこを引き摺ったまま門の上まで向かい、紅蓮の炎で焼かれた街を見下ろす────が、そこに広がっていたのは、彼らの予想とは違うものだった。
「これは……一体……」
「───おい、どうなってる……なんで、火が呑み込まれてるんだ?」
街は家屋一つ、道一つとしてボヤ騒ぎなど起こってはおらず、どころか地に触れた瞬間、その日は渦を巻いて呑み込まれていき、太陽の様な威光を放っていた火球も、次第に萎んでいき、最後には火種一つ残す事なく消え去ってしまう。
「───どうやら、アイツのやりたい事とやらは間に合った様だな」
「ッ!? 誰だッ!?」
ジェルマが声を聞き、振り返ると、門の下ではジェルマによって燃やされ、支配された兵士達が茨によって次々に拘束されていっていた。
「シスター、お願いします」
「えぇ……しかし、この火傷……全員助けられるか分かりませんよ……」
更によく見てみれば、そこには聖天教会の退魔師パジェット・シンクレアと、シスター・セリシア二人の姿があり、パジェットが茨で捕らえた兵士を、シスターが炎を聖術で鎮火し、火傷を負った体の治療を同時に行っている様だった。
「お前ら、何勝手な事を───」
ジェルマがそれを止めようとすると、突然、彼の右
「ぐぁッ!? ァァ……ッ!?」
ジェルマは突然の痛みにイアンを手放し、下に居たパジェットの手に渡らせてしまう。刺さった矢を引き抜くと、でろりと眼球がずり落ちる。
残る左目で右を向くと、そこにはいつの間にかデクスターが弓を構えて立っていた。
「お前は……いや、お前達は……ッ!!」
「スゥー…………セオドシアァァァァッ!!」
デクスターは、結界の果てに突き刺さるような鋭く透る声でその名を呼ぶと、遠くの方から、ゴオッと風を切り裂きながら、流星のようにそれは現ると、ジェルマと衝突し、凄まじい轟音と衝撃波を生み出し、吹き飛ばす。
「ブグッ!? グァアアアアアアッ!?」
現れたのは、セオドシアの操る死霊の十八番──『
「───お待たせサブキャラ諸君、主人公登場だぜ」
そんな、本物の彼女しか使わない決め台詞を放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます