アイウス編

五本目『試す者』

「わぁ〜!! ……わっ……わぁ〜ッ!?」

「さっきから「わ」しか言えてないよデクスター君? 落ち着きなよ」


 呆れたようにそう言ったセオドシアにデクスターは落ち着くどころではない。見渡す限りの人、建物……道を歩く犬猫のですら、初めての光景、初めての体験であり、一つ残らず見逃してはならないと脅迫されたような必死さで目と首をフル稼働し──……。


「オエ〜ッ……」


 目を回し、自爆した。


「君ねぇ……落ち着きなよ、一人で何やってるんだい?」

「可愛いらしい一面だな、デクスター」

「う、うるさいなぁ!? アンタ達にとっては慣れっこでも、僕は違うんだからね!?」


 二人にからかわれながら、デクスター達は活発に行き交う人に混じって、アイウスを探索する。


「旅の為に買い溜めしないとなぁ……その前に宿見つけた方がいいかな?」

「宿だったらボクに任せてくれ、教会に頼んで支援を頼もう」

「へぇ〜、教会ってそんな事もしてくれるんだ?」

「いや? 普通はしない、だがまぁ、ボクが頼めばやってくれるだろう」


 自分だからなんとかなる。と、妙な自信を持ってパジェットはそう言う。

 セオドシア程ではないが、この人も大概雑であった。


 ◆◆◆


 曰く、パジェットの所属する教会は『聖天教会』と言い、全知全能の創造主とやらが信仰対象のメジャーな宗教団体らしいのだが、その大きな特徴は月住人等の討伐を請け負ってくれる退魔師や聖職者が非常に多く、誰もが優秀である、という事を、彼女は道中とても誇らしげに語る。


(全員がパジェットさんみたいなのばかりなのだろうか……悪い人じゃあないんだけれど……)

「君みたいなのが何人も居てたまるか」


 デクスターが心の中で思っていた事を、セオドシアはキッパリと声に出して言う。真似はしたくはないが、こういう所は尊敬出来る……かもしれない。



 セオドシアとパジェットは毎度お馴染みとなった口論をしながら、宿を求め、三人は教会へと向かった。


「ここだよ」

「うわー! 大きい!」


 パジェットに案内され、アイウスの住宅街を抜けると、そこにはまるで別世界の様に緑が拡がった場所に、霊験あらたかな様子の教会がぽつねんと建っていた。扉の上には聖天教会のモチーフである羽と太陽のリリーフが掛けられている。パジェットはその扉を開け、二人を中に入るよう促す。


 中には清らかで高そうな装飾品の数々があり、そこには一人の女性が立っていた。服装から見るにシスターの様で、もし自身に母親が居たなら、彼女くらいだろうとデクスターは思った。教会の雰囲気もあって、一つの完成された宗教絵の様に風景と一体化していたが、来客に気付くと、動き出し、微笑みを浮かべる。


「おかえりなさい、パジェット。随分と久しぶりね」

「お久しぶりです、シスター・セリシア……実は折り入って頼みたい事がありまして……」


 シスター・セシリアと呼ばれた女性は、パジェットが何か言うよりも早く、その口を開く。


「察するに……後ろの新しいお友達の件でかしら?」

「はぁ〜? 別にお友達じゃ──……」

「はい、そうなんです。彼等は旅人でして、この国での宿の紹介とその間の食料等の提供をお願いしたい」


 そう言って頭を下げるパジェットに倣って、デクスターも頭を下げる。

 セオドシアにもする様に呼び掛けるが、どこ吹く風で突っ立っている。


「……分かりました。それでは此方へどうぞ」


 シスターはそれ以上何かを聞こうとはせず、三人を奥の部屋へと招き入れる。そこは簡素ではあるが生活感があり、ベッドや机、椅子等が置かれていた。


「へぇ〜、中々いいじゃん?」

「あ、ありがとうございます……」


 デクスターとセオドシアは部屋を見渡しながら、感想を述べる。


「……あの、シスター・セリシア? 今更なのですけど、僕達がここに来てしまった事で迷惑になりませんか?」


 恐る恐るそう聞くデクスターに、シスターは彼の頭の上に手を置き、母親が子にする様に撫でる。


「パジェットが連れて来たお友達ですもの……それに、子供が大人に遠慮するものじゃないわ」


 優しい口調でそう言われ、デクスターは父と一緒に暮らした家の中に居るような……そんな暖かな安心感が芽生える。


「見てこれデクスター君!! フッカフカ!! ねぇ、フッカフカだよ!?」


 そんな空気を、セオドシアはベッドの上を猿かなんかのように飛び跳ね、台無しにする。


「ほんとにセオドシアは……他人とかどうでもいいの?」

「ん〜、多分ね!」


 詫びれもなくそう言うセオドシアに、デクスターは呆れながらも、笑みが溢れる。先程の船でパジェットに彼女を信じるのかという問答に答えられなかったが、表裏のない今の彼女を見て、デクスターの中で彼女を信じる気持ちはより固くなった。


「ありがとうございます。シスター・セリシア」

「いえいえ……私はてっきりあの話を聞いて来たのかと……でもアナタらしくありませんものね」

「……? 何かあったのですか?」


 パジェットがそう問い掛けると、シスターの顔から微笑みが消え、神妙な面持ちに変わり、目線を二人に向ける。それをパジェットは察し口を開く。


「大丈夫です、彼……デクスターは信頼出来る。聞かせても問題は無いでしょう」

「あれれ? 忘れてるなぁ?? お〜いここ、ここに居る私の事忘れてるぜ〜い?」

「パジェットさん……」

「ちょっとデクスター君も感動するのやめて〜? わかった、これがいじめだな? セオドシア・リーテッド、いじめの現場に遭遇しておりま〜す」

「……本当に仲が良いのですね……いいでしょう、ではアナタ達にも聞いて貰うとしましょう」

「ほれ聞いたかぁ!? 『達』っつったぞ!? ここには良心はシスターしか居ないのかい!?」


 騒ぐセオドシアを大人しくさせ、三人はシスターの話を聞くことになった。

 曰く、最近になってムグラリス家領内での月住人の被害が観測され、対処しようにも議席争いで手が回らず、月住人ムーン=ビーストの被害は広がり、民の不満も募るばかり……そこで、月住人退治の専門家達が集う聖天教会に助けを求める形となったらしい。


「月住人の退治は望む所ですが、解せませんな……我々の神聖な仕事を欲望に塗れた出世の糧にするなど……」


 パジェットは目に角を立てながらそう言い、怒っている事は明白だった。

 そういう反応をする事はシスターもわかっていたようで、溜息を一つ吐いた。


「やはり、アナタの気に入る仕事ではありませんでしたね……他の者を呼んで、任せましょうか?」

「いえ……ボクがやります。好き嫌いで他の者に仕事を押し付けては、同志に申し訳が立たない」

「フフッ……アナタらしいですね……」

「……ねぇ、それって私もやっていい〜?」


 久々の旧知の会話をする二人の間に割って入る様にして、セオドシアはそんな提案をする。


「お前が……? どう言う風の吹き回しだ? 面倒事は避けるタイプだろうに」

「面倒だし、国のゴタゴタとかは勝手にやってくれとは思うよ? けど、月住人は太陽を得る為に対処しなければならない問題だし……」

「太陽を得る……とはどう言う事でしょうか?」

「あ〜……一応、旅の目的ってやつで、月住人はその鍵になる……って事だよね、セオドシア?」

「ん、そゆこと! 今なら私が手伝えば、デクスター君もついて来るぜ? いい事尽くしのハッピーセットだろ?」


 勝手にセット販売されたデクスターだが、実際セオドシアが行く所には自分も着いていくと決めているし、友であるパジェットの手助けが出来ると言うのなら断る理由はなかった。


「……まぁ、問題ないだろう。シスター・セリシア、彼等も加えたいが、よろしいか?」

「アナタが問題ないと思うなら、私から言うことは何もありませんわ。一応、当主には退魔師として紹介しておきましょう」

「それじゃあ、噂の議員候補君に会いに行くとしようか」


 こうして、一行はシスターの紹介を受け、ムグラリス家当主に会いに足を運ぶ事となった。


 ◆◆◆


「……想像はしてたけど、デカイなぁ〜……」


 デクスターがそう呟く。

 ムグラリス家は、白を基調とした大きな屋敷……と言うか城と言っても差し支えない邸宅であり、門は港前のそれと同等かそれ以上はある様に見え、厳つい表情を貼り付けた門番が二人立っていた。


 パジェットはその門番達に近付き、聖天教会の遣わした者であると名乗った。そうすると、門番の一人が邸宅の中へと入って行き、しばらくしてから戻って来た。


「イアン・アンドレ・ムグラリス様との謁見の許可が降りた。通れ」


 そう言うと、重々しく門が開かれ、奥から肩まで伸ばした金髪に碧眼を持つ執事服を着た男性が現れる。


「聖天教会の退魔師様ですね。執事のリンゴ・ヒューワーと申します。どうぞこちらへ」


 そう名乗り、三人をムグラリスの所まで案内する。

 デクスターとパジェットが大人しく着いて行く中、セオドシアは邸内の高価そうな装飾品に集中力を奪われ、終いには甲冑を一つ横に倒してしまう。


「勝手に倒れた!!」

「ノータイムで言い訳する奴がいるかたわけっ!!」

「あ〜もう何やってんだよ!? 凹ましたりしてないよね……?」

「ハハッ、お怪我がなさそうで何よりです。心配せずとも、その程度の事で金をせびる様な真似はしませんので……」


 そう言いつつ、執事は応接間と思われる部屋の前に立ち止まった。


「当主様はこちらでお見えになります。どうぞ中へ……」


 そう言って扉を開き、三人を中に招き入れる。応接間は広く、天井も高い。部屋の中央にはテーブルが置かれており、その上には紅茶の入ったポットとティーカップが置かれている。


 そして、一番目立つのは、窓際の席に座る銀縁眼鏡に高価そうな服に身を包む、この家の当主と思わしき人物が座っていた。


「イアン様、紹介にあった退魔師方々です」

「ご苦労……ようこそおいで下さいました。ムグラリス家当主、イアン・アンドレ・ムグラリスと申します。以後、お見知り置きを……」

「あっ、はい! え〜っと……た、退魔師のデクスター・コクソンです……!!」

「同じく退魔師のパジェット・シンクレアです。聖天教会の要請を受け、参上しました」


 ムグラリス家当主に向かって二人は頭を下げる……が、セオドシアは頭を下げず、どころか名乗ろうとさえせず、不思議そうに二人を見ていた。


「ん? 何してんの?」

「何してるって……自己紹介してんだよ……!?」

「あぁ〜、セオドシア・リーテッドだよ。よろしく」


 コクリと首を少し傾け、淡白な言い方で自己紹介を済ませてしまうセオドシアの不敬さに、二人の身体から一気に嫌な汗が噴き出す。


「やっぱり連れて来るべきではなかったか……」

「セオドシアの馬鹿ッ!! こういう場所くらいしっかりしてよ!?」

「……馬鹿は君達だろ、騙されちゃってさ……彼はだよ」


 呆れた様にそう言うセオドシアに、二人は虚を突かれて困惑する。

 そんな彼女の言葉を偽物と言われた当人も聞いていた様で、至極当然の質問を投げ掛ける。


「何故、私が偽物だと?」

「直感」

「……直感だけで私が偽物だと?」

「おいおい、直感を馬鹿にするなよ、脳の記憶に基づく論理的思考さ。これの的中率は90%と記録されている、後は疑心暗鬼にならなければいい……それに、そこの彼もボロを出してくれたからねぇ?」


 そう言ってセオドシアは扉の前で待機する執事……リンゴの方を見る。


「はて、私が何か?」

「演技してる人間てのはアドリブが出来ないもんさ。私が甲冑を倒した時、君だけ振り返らず、目的地に向かって歩いてた……なぁ、もういいだろ? まだボロを出させなきゃダメかい?」

「……チッ! 正解だぜ、セオドシア・リーテッド! お前面白い奴だなぁ!」


 そう言うと、執事……の振りをしていた男は襟を緩め、笑ってそう言い放つ。


「その通り、俺が本物のイアン・アンドレ・ムグラリスだ。そっちに座ってんのが、執事のリンゴだ……悪かったな、アンタ達が仕事を任せるに相応しいか試したかったんだ……議員の為にも、ボロは出せない」


 そう言ってイアンはリンゴの座っていた椅子に腰掛けた。

 それを見計らった様に、リンゴが人数分の紅茶を配り始める。


「それで……私達は合格って事でいいのかな?」

「ん? あぁ、アンタと……そこの金髪のパジェットの評判なら俺も見聞きしてるレベルだから合格だ……だが……」


 イアンの視線がデクスターに向けられる。

 突然刃物を突き付けられた様な鋭利な視線に、デクスターは身じろぎをする。


「待ってくれ、彼はボクが連れて来た信頼出来る人物だ、実力はボクが保証する」

「わかってる、アンタ程の人が言うんなら本当にそうかもな……けど生憎と俺は慎重派でね、俺の目にはこの面接みたいな状況にビビっちまってる子供にしか見えない……安心したいんだよ、俺は」


 言い合う二人に、セオドシアが口を開く。


「なんかごちゃごちゃ言ってるけど、ようは強いって事を示せないいんでしょ? 外出て弓射ちでもすれば、納得するだろう」


 欠伸をしながら、さっさと終わらせてくれという風に彼女は言った。


「せ、セオドシア……僕……」

「大丈夫、確かに君は子供だが、君程強いちびっ子は居ないさ……それに、君が一緒に仕事してくれないと困る」


 相変わらず人を小馬鹿にした台詞だが、彼女がちゃんと自分を必要としてくれたのは初めての事で。そんな彼女相棒の言葉に背中を押され、デクスターの心に小さな火が点いた。


「……わかった、僕やってみるよ!!」

「やる気になってくれて何よりだ、弓が得意なら、庭に的を用意させる。そこでお前の実力とやらを俺に見せてくれ」


 ◆◆◆


 イアンの発言から暫くして、庭には簡易的ではあるが百cm程の大きさの的が用意され、そこから六十m離れた位置に、デクスターは弓を構え、緊張感を高めていた。


「大丈夫だろうか、デクスターは……」

「全く、心配性だなぁ……君の腕刺した奴なんだから、信じなよ」

「それじゃあ、いつでも初めていいぞ〜」


 イアンの合図によって、デクスターはセオドシア達に見守られながら、弓に矢を携え、息を吐きながら照準を絞る。


(……あっ、アレは……)


 そのまま、最大限まで弓を引き、矢を放つ。

 しかし、それは的に掠りもせず、草叢の方へと飛んで行く。


「!? 何をやっているんだデクスター!? 君の腕で外すなんて……」

「ご、ごめん! けど、と思って……」


 そんなデクスターの言葉に、パジェット以外の頭にも「?」が浮かび上がる。すると、彼は落ちた矢の方まで行き、それを持ち上げてみせる。


「おおっ!? あれはっ!?」


 持ち上げた矢の鏃の先には、巨大な蛇が一突きで絶命しているのが見えた。


「結構大きいよ、これ……自然のものとかじゃないんじゃ……」

「いい勘してるぜデクスター君。そりゃ低級の使い魔だな、暗殺用って所だろう」


 そんなセオドシアの言葉に、デクスターは驚いた様子でそれを手放すと、突き刺さっていた蛇は灰となって消える。


「それで〜? イアン君、まだやるかい?」

「……はぁ〜、こりゃ文句無いわな、合格だよ」

「え? や、やったぁ〜!!」


 こうして、無事三人は月住人退治の命を引き受けられる事になった。


 ◆◆◆


「全く……人に頼んでる身分でボク達を試すとはね……だからああ言った輩は好きになれない」

「ほんとだよね〜、変な手間取らせちゃってさ〜」

「まぁまぁ……こうして皆合格になったんだからいいじゃ……あっ、ダメだ聞いてない……」


 ムグラリス家を去った後、月住人の情報を集める為に街へ繰り出しても、二人はこんな調子で愚痴っており、デクスターは宥めようと努力したが、遂に諦め、月住人について考える事にした。


「月住人って何で人間を襲うんだろう……食欲だけでそんなに狙うのかな?」

「ん〜? そりゃあ殺して腹が膨れるってのはついでだろう。目的は同じ月住人を増やす事さ、繁栄は生物なら望むものだろう?」


「繁栄か……何かを殺さないと増えられないなんて、悲しいな……」


 セオドシアとそんな話をしていると、目の前をどさりと鈍い音と共に何かが落ちる。


「ん? 一体なん……なっ!? こ、これは!?」


 そこに落ちていたのはうつ伏せになって倒れる女性だった。

 それも、『死体』の女性だった。高所から降って来たそれを一瞬飛び降り自殺だと思ったが、直ぐにその考えは払拭された。

 背中は何か重く、硬い物が衝突したであろう窪みが、頭一つ分くらいは凹んでいたからだ。

 周りの人達も死体に気付いた様で、悲鳴が上がるのが聞こえた。


「月住人!? こんな所で!?」

「この殺害方法は……ッ!? 避けろ!!」


 セオドシアのその叫び声に、デクスター達は背後から迫っていたその攻撃を回避出来る。背後から迫っていたのは禿鷹に酷似した姿をしており、その頭部は鋼並の硬度がある事を、デクスター達に外れて衝突した壁が証明していた。


「『影から移る者クラヴィス』!! 一発目にコイツが来るとはね!!」

「あ〜もう!! ちょっとは休ませてよ!!」


 こうして、依頼を受けてから三十分もしない内に、今日一日で二度目となる月住人退治が幕を開けたのだった。

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