恋愛あるある③ 混浴−3

 一方、カートとフィーネも山小屋の前に来ており、なんとなく展開の流れを察してそれぞれの扉の前に立っていた。なんとはなしに「また後でね」と声を掛け合い、男と女に分かれた扉の中に入っていく。


 脱衣所に入ったフィーネは、ピスタチオカラーのドレスをするりと脱いだ。正直とても気に入っていたドレスだが、今からお風呂に入らなければならないのだから仕方がない。美しいドレスをシワにならないように畳み、フィーネはふと自分の体に視線を落とした。

 陶器のようにシミ一つない真っ白い肌に、ほっそりした手足。胸だって、巨乳とは言えなくともそこそこある。贔屓目に見てもスタイルは良いと思う自分の体を見て、フィーネは軽くため息をついた。


(どうしてカートは振り向いてくれないのかな)

 

 この国で初めて出会った王子様。女の子のように綺麗な顔をしているのに、戦いの場面や自分を守ろうとする時にふと男の子の顔を見せる彼がフィーネは大好きだった。会って間もないはずなのに、どうしようもなく彼に惹かれてしまうのだ。けれども、カートに近づこうとしても変な邪魔が入ってしまってなかなかうまくいかない。このままでは、いつまで経ってもカートに思いを告げることができないのではないかとため息をつきながら、フィーネが顔を上げた時だった。

 湯殿に続く扉に一枚の紙が貼ってあるのが見えた。紙には何か文字が書いてある。不思議に思ったフィーネは、眉をひそめながら張り紙の文字を読む。


「えっと何々? カートとキスをすればすべての記憶は戻り、元の世界に戻れる……? 一体どういうこと……?」


 フィーネが小首を傾げながら困惑の表情を浮かべる。紙に書いてある意味は、今のフィーネには理解できないことだ。だが、同時にストンと腑に落ちる部分もあった。


(確かに、私が城に囚われていたことはわかるけれど、それ以前の記憶はないわ)


 考えてみれば、自分はこの国で今まで何をしていたのか、どういう生活を送っていたのかの記憶が全くない。今まで気が付かなかったのも不思議な話だが、それもカートとキスをすることで全て解けるということだ。 

 フィーネは暫く張り紙を見ていたが、やがて意を決したように胸元にタオルをキュッと巻き、勢いよく扉を開けた。 

 

 扉を開けると同時に、ほわほわと白く温かい空気がフィーネを包み込む。フィーネは大腕を振って湯船に近づくと、ワイルドに(?)ざぶりと湯に体を沈めた。

 お風呂から出たらカートに告白をして、キッスもして、そして記憶も何もかもを取り返すのだ。カートをときめかせる為にも、体は隅々までピカピカに洗って磨き上げねばならない。フィーネはゴルゴ13のような濃ゆい顔をしながら心の中でしっかりと気合いをいれる。

 体を温め、お湯を弾く瑞々しい肌にそっと手を触れたその時だった。


「えっフィーネ! ど、どうしてここに!?」


 聞き慣れた声がして、同時にパシャリと水音がする。声のする方に視線を向けると、カートが真っ赤になりながらこちらを見ていた。

 瞬時に空気が凍りつく。


「えっな、なんでカートがここに……?」

「わからない……でもここ、混浴だったみたいだ!」

「ええ! 混浴!?」


 フィーネが驚きの声をあげ、カートが恥ずかしそうに頬を赤らめて湯に体を沈める。フィーネも慌てて岩の影に隠れるが、風呂に二人きりしかいないという状況に、ピンとセンサーが反応する。


(待って、これはちょうど良いかもしれないわ。ここでカートの唇を奪えば……)


 そう。この場所には二人だけしかいないのだ。少しくらいアヤマチがあったって誰に見られることもない。フィーネはタオルをきっちり体に巻くと、ザバリと音を立てて岩の陰から飛び出した。


「カート! 大好き! 私とキスしましょう!」

「えぇっ! フィーネ! は、話の展開が見えないよ!! それよりもここ、混浴……付き合ってもいない男女が一緒にお風呂に入るなんてダメだよ!」

「そんなの今から付き合えばいいじゃないの!」

「なんでそうなるの! ちょ、ちょっと待ってこっちに来ないで!!」


 悲鳴をあげながらカートが逃げるが、フィーネは構わずカートの後を追う。女の子みたいに綺麗な顔をしているが、カートだって健康的な男の子なのだ。ちょっぴり年上のお姉さまに積極的に迫られたら色々と踏み外してしまうかもしれない。


「カートー! 待ってーー!」

「フィーネ! やめてー!」


 誰もいない風呂場に二人の叫び声が響き渡る。 

 一方で、神の部屋でモニターを見ていたピアはそんな二人の光景を見て眉根を寄せた。


「まったく。フィーネはまだまだお子様だな。カートは純情なんだから、あんな迫り方をしても、逆効果に決まっている」


 カートより年上のはずなのに、なんとなく少女らしさの抜けない妹の姿に、ピアは軽くため息をつく。

 だが、そこで頼もしいお兄様の出番となるわけだ。ピアは口の中で呪文を唱えると、静かに目を伏せた。





 次の瞬間、ピアは湯の中にいた。眼の前には顔を真っ赤にしながらこちらを向いているカートがいる。視線を落として自分の体を眺め、ピアはニヤリと笑った。


(大成功だ。フィーネ、暫くこの体を借りるぞ)


 フィーネの体に入ったピアが指を折って体の馴染み具合を確かめる。いつも少女人形の中に入る為の術をいい感じに応用したのだ。フィーネの人格は、ピアの隣でスヤスヤ眠っている。

 問題なく動けることを確認したピアは、キラリと猫目を光らせてカートを見据えた。

 

「カート、私のぼせちゃったかも……頭がくらくらする……」

「えっ大丈夫? フィーネ」


 顔を赤らめつつもカートがフィーネに近づき、金色の猫目を見つめる。そう、どんなに恥ずかしい状況下においても、心優しいカートは具合の悪い人をほってはおけないのだ。カートのことならスリーサイズと愛用している下着のメーカーですら熟知しているピアにとって、カートを意のままに操るなどお手の物だった。

 子猫のようにカートにすり寄り、上目遣いで瞳をうるうるさせる。


「カート、私もうお風呂を出たいから、あっちまでお姫様抱っこして連れて行って?」

「お、お姫様抱っこ!? わ、わかったフィーネ、僕につかまって」


 カートが両腕を広げてくると同時に、さりげなく胸元のタオルをちょっぴり下げる。男はこういうチラッと見えるセクシーさに弱いことをピアはよく知っていた。なぜなら自分がそういうお店に通っていた時よくそういう女にひっかかっ(自主規制)

 タオルの隙間からちらりと見える膨らみに、カートの顔が一段と赤くなる。そのまま勢いで唇を奪おうとカートの首に手を回そうとしたその時だった。

 ザバリと音がして二人の真横の水面が盛り上がる。湯を掻き分けるようにして出てきたのは、見慣れた金髪だった。


「あん? 何やってんだお前ら」

「えーー! せ、先輩!?」


 なんと中から出てきたのはアーノルドだった。裸に腰巻きタオル状態で出てきた彼は、細い目をしばたかせる。


「あ? なんで俺は風呂にいるんだ?」

「せ、先輩は一回こっきりの登場だったんじゃなかったんですか!? どうしてここに……」

「知らん。あの後意識がなくなって気付いたらここにいた」

「ま、まさか再登場するなんて……てことはもしかして彼も……?」


 カートが言い終わる前にスパーンと脱衣所の扉が開き、薔薇のエフェクトがブワッと舞う。


「呼んだかい? 子供たち」

「ダ……ダグラス!!」


 出てきたのは腰巻き一丁のダグラスだった。風呂に入る為か普段の銀縁眼鏡は外しており、暗殺者家業で鍛えた引き締まった無駄のない肉体を惜しげもなく晒している。裸のくせに、大人の色気は顕在……いや、裸であることでむしろマシマシに増していた。突然のライバル二人の出現に、フィーネ(中身ピア)はグッと歯を食いしばる。


(あのロン毛狼め……やりやがったな)


 この二人を召喚してきたのは、間違いなく神の部屋でモニターを見ている茶髪ロン毛狼とお子ちゃまだろう。だが、まだ二人だけならなんとか牽制はできるはずだ。灰色の頭脳でこの後の展開を高速計算し、ピアが勝機を見出したその時だった。

 突然彼のすぐ横の水面がザバリと盛りあがる。ビクリと肩を震わせながら視線を向けると、中から逞しい男性が姿を現した。


「ヘイグ!?」

「おお、ピア。久しぶりだな。はは、今度の少女人形はえらく美人さんじゃないか」


 中から出てきたのは幼馴染であり親友のヘイグだった。見た目はフィーネなのに、即座に自分だと見破った親友の鋭さに一瞬トキメキかけたが、彼が出てきたことで事態はより混沌を極めることとなった。カートに至っては混乱しすぎて完全に固まっている。あの茶髪狼、後で覚えてろ。


 カオスな空気の中、最初に動いたのは色男の彼だった。

 ダグラスは優雅な仕草で湯船に入ると、カートに近づき、そっと顎に手を添える。そのままクイっと軽く持ち上げ、唇が触れる寸前まで引き寄せた。


「俺もよく事態を飲み込めていないんだが、噂によると、君と口づけを交わせば元の世界に戻れるらしいじゃないか。悪いけど、奪わせてもらうよ」

「え? ちょっと、意味がわからな……」

「おーーい! おっさん! お前もう死んでるだろ! 元の世界に戻ったって意味ねぇだろうが!!」

「悲しいことに、この世界にはヴィットリオがいないからな。それに、俺はまだパパからカートアルバムvol.21までしか見せてもらえていないのだ。こんなわけのわからない世界にいるより、早く帰ってアルバムの続きが見たい!!」

「なんだと? くっ……ちくしょう……」


 ダグラスの言葉を聞き、アーノルドがグッと拳を握る。そのままクルリと振り向いてカートの方を見ると、ガシッと両肩を掴んだ。


「よしカート! 俺ともキスをしろ!」

「な、なんでそうなるんですか先輩!!」

「俺も早く帰りたいんだよ! 帰って(エッチな)本の続きが読みたいんだ!」

「いや待って、ちょっと落ち着いてください! まっ……一回離れてくださいよ!!」


 アーノルドがタコのようにんーっと唇を尖らせて迫ってくる。だが、もう少しで唇が触れ合う寸前、後ろから逞しい手が伸びてきてアーノルドの顔を湯に沈めた。


「へぶっ!」

「カート君、こんな雑なキスをされたら一生のトラウマになってしまう。ここは俺が大人のキスを教えてあげよう」

「ちょ、ちょっとダグ……!」


 無駄に大人の色気を出しまくりながらダグラスが迫る。彼の腕からスルリと抜け、湯を掻き分けるようにして逃げると、ドンと逞しい胸板にぶつかった。


「あ、ヘイグさん……! すみません」

「ハハ、よくわからないけど、俺ともキスしようか」

「なんでそうなるんですか!!!」

「良いからカート、こっちに来いよ!」

「カート君、俺の腕の中に来たまえ」


 男三人にジリジリ迫られてカートは涙目だった。その様子をピア(体はフィーネ)は呆然と眺めていたが、ハッとして頬をつねった。状況がカオス過ぎて脳みそが思考を停止していたが、どう見てもこれは可愛いカートの唇のピンチだ。小柄な体を活かして湯を掻き分け、慌ててカートの側に近寄る。


「カート! とりあえずキスをして! 早く!」

「え? キ、キスってこんな鬼気迫りながらするものだったかな!?」

「いいから早く! 早くボクの唇を奪え!」

 

 切羽詰まりすぎて思わず素で叫んでしまったが、カートは混乱しながらもフィーネの細い両肩に手を置いた。


「もう、どうなってもしらないからね!」

 

 カートが叫び、フィーネの体をグッと抱き寄せる。次の瞬間に、フィーネ(ピア)の唇に柔らかいものがあたった。なかなかに波乱な展開の中でのキスだが、そこはさすが主人公であり王子様であるカートだ。彼女の体を抱く手付きは優しく紳士的で、軽いリップ音を立ててされたキスは驚くほどに甘かった。


 カートの健気なキッスに、ピアが内心でちょっとトキメイていたのはまた別の話。

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