恋愛あるある③ 混浴-1
やっとのことで小屋から出た三組は色んな意味でボロボロだった。皆なぜか死闘を繰り広げてきたような顔をしている。セスは「見られた……俺の……黒歴史……」と呟いているし、カートはなぜか頬を赤らめているし、フィーネは半分涙目、いつも仲良しなはずのグレイルとレティリエはなぜか不自然な程に距離を取って歩いていた。他のカップル達に何が起きたのかはわからないが、なんとなく微妙な空気が流れており、皆顔を合わせない。この場の空気を変えようと、彼の隣を歩いているセスがンンッと咳払いをしてチラリとグレイルを仰ぎ見る。
「あの、グレイルさん、レティさんと何かあったんですか?」
「ナニかとは何だ。別にナニもないぞ」
「いや変換がおかしいです。その感じは何かあったんですね」
「俺は別にナニかあっても良かったくらいなんだが……そういうセスこそ、そのぬいぐるみは何だ? 俺のファンになったのか?」
「い、いやこれは……」
セスがもじもじしながら純白のマントに腕を隠す。その腕の中には狼のケイオスぬいぐるみがちょんと収まっていた。本当は小屋に置いていこうと思ったのだが、兄さん達にもらった大切なぬいぐるみゆえに、あの場に残しておくのがためらわれたのだ。立派な騎士の服を着ているのに、小脇に抱えられているぬいぐるみが良い感じに雰囲気を台無しにしている。
一方でカートは先程から唇に手を当てて終始顔を赤らめっぱなしだった。反対にフィーネは金色の猫目に涙をためて唇を尖らせている。カートの照れ顔を見るに、おそらく二人の間に何かあったことは一目瞭然だった。
(一線超えたな……)
(男になったな……)
カートのヒロイン力を知らない男二人は心の中で密かにお祝いをしておいた。実際は一線超えるどころか色々奪われたのはカートの方なのだが。
第一話で華々しい活躍を見せたヒーローズは、今や全員形無しだった。
※※※
そんなこんなで一行はずんずんと森の中を進んでいく。もうそろそろ街の一つや二つ見えてもいい頃なのだが、景色は一向に変わらない。前を行く男達の後ろで、レティリエとアルテーシアがヒソヒソと声を交わす。
「多分ですけど、まだカートさんとフィーネさんは記憶を取り戻していない……ですよね」
「ええ、恐らくだけど、あと一回くらいは何かしらのハプニングが起こりそうね。それが済めばきっと元の世界に戻れると思うわ。もう少しだけ頑張りましょう」
レティリエの言葉に、アルテーシアがコクリと頷いた。と同時に前を歩くグレイルの耳がピクリと動き、鋭い眼差しで上を向く。
「……硫黄の匂いがする」
「硫黄……温泉でしょうか」
先程まで顔を赤らめて乙女の顔をしていたカートがキリッと王子の顔に戻って答える。カートの言葉に、グレイルはゆっくりと頷いた。
「おそらくそうだ。多分、この近くに温泉があるようだな」
「えっ温泉!? 私入りたいっ!」
フィーネが目をキラキラとさせながらピョンと可愛らしく飛び跳ねる。確かに、一連の出来事があってから彼らは全く休めていない。ここらへんで少し体を休めたい……と思った瞬間、突然森の中に霧が立ち込め、視界が真っ白になった。
「きゃっ! えっ何なに! 何が起こったの!?」
「フィーネ、僕から離れないで!」
カートが咄嗟にフィーネを抱き寄せ、セスもアルテーシアの手を引く。レティリエも、彼女を庇うように前に立つグレイルの服の裾を控えめに掴んでいた。
「何かが来るかもしれませんね、皆さん気を引き締めて!」
アルテーシアの手を引き、剣の柄に手を置くセスの言葉にグレイルとカートも構える。次の瞬間には目の前の霧が濃くなり、六人の姿が消え失せた。
「アルテーシア! 大丈夫!?」
「は、はい。セスが手を握ってくれていますから」
アルテーシアの姿は霧に飲まれて見えないが、左手に感じる彼女の手の温もりと声が彼女がここにいることを教えてくれる。セスはギュッとアルテーシアの手を握ると、前方の霧を睨みつけた。
暫くすると次第に霧が薄れていき、ぼんやりと煙の向こうに木々が見えるようになってきた。霧が完全に晴れていくと同時に、セスとアルテーシアは揃って目を丸くした。
「これは……小屋ですか?」
「そうみたいだね……でもなんでこんなところに小屋があるんだろう」
そこにあったのは簡素な山小屋だった。何の変哲もない木造の建造物だ。山小屋の後ろに白い煙がもうもうと見える。先程グレイルが指摘していた硫黄の香りが辺りに漂っていた。
セスも首を傾げるが、今までのことを思うと今更すぎる疑問だったことを思い出し、首を振る。
「とりあえず中に入ろうか。見て、男女別々になっているみたいだ」
近づいてみると、山小屋には二つの扉が備え付けられていた。一つのドアノブには青色の木札が、もう一つの扉のノブにはピンクの木札がかかっている。セスとアルテーシアは束の間の別れを告げ、それぞれの扉に入っていた。
中は簡素な作りになっていた。木造の壁に棚が備え付けられており、網んだ籠と白いタオルが置かれている。部屋の奥にはさらに扉があり、扉の隙間から白い煙が細く出ていた。
(とりあえず風呂に入れば良いんだよな……?)
セスは訝しげに思いながらも服を脱ぎ、タオルを腰に巻く。今から入るのは自分ひとりだけなのだから別に腰巻きはいらないはずなのだが、巻いていないと落ち着かないのは育ちの良さから出てくるものだろう。セスは部屋の奥の扉をガラガラと開けると足を踏み出した。
扉の向こうは露天風呂だった。石で囲まれた大きな湯船に湯が溜められ、ほわほわと白い湯気が立ち上っている。風呂のど真ん中に大きな岩がそびえ立つように置かれている、どこにでもある普通の露天風呂だった。
セスは露天風呂に近づくと、そっと足先を湯に浸した。足から伝わる熱が体にじんわりと広がっていく。思い切ってざぶりと湯の中に体を入れると、熱いお湯が疲れた体をやんわりと包み込んでくれた。
(あー気持ちいいな……)
肩まで湯に浸かりながらセスはほうとため息をついた。なぜ他の組と引き離されたのはわからないが、一人で大きなお風呂に入るのも悪くない。お湯からザバリと両腕を出し、うんと伸びをしたその時だった。
「あの……誰かいるんでしょうか」
聞き慣れた声に、セスは飛び上がった。もしかしなくても今のはアルテーシアの声だ。彼女の声だと認識した途端、セスの心臓が跳ね上がった。
(ええーーー! ここ混浴だったの!?)
まさかのここは混浴露天風呂だった。というか、風呂のど真ん中に岩が置いてある時点で気づくべきだった。
「あの……どちら様でしょうか」と微かな声がしてお湯をかき分ける音が聞こえる。アルテーシアがこちらに来ようとしているのだ。湯の水面が揺れているのを見て、セスは慌てて声を上げた。
「だ、ダメだルシア! こっちに来てはいけない!」
「えっその声は、セスですか!? ど、どうしてここに!?」
「俺も気が付かなかったんだけど、ここは混浴風呂だったんだ。だからルシアはそこにいて!」
「こ、混浴……ですか? わ、私どうしたら良いでしょう」
「と、とりあえずどっちかが先に出よう。お、俺が出ようか!?」
セスが上ずった声を上げて慌てて湯船から立ち上がる。そのまま風呂から出ようとしたその時だった。
「あら〜上がっちゃダメよー!」
美しい女性の声が響き渡り、同時にセスの目の前の水面がザバリと音を立てて盛り上がった。中から出てきたのは、ぬめる尻尾を持つ妖艶な美女。その美女にセスは心当たりがあった。
「うえええええええええ!? アロカシスさん!?」
「はーいこんにちは! ちゃんと仲良くやってるかしら?」
魔将軍の一人であるアロカシスが妖艶にウインクをしながらふふっと美しく笑う。アルテーシアも岩の影に体を隠しながらこちら側を覗き見て目を丸くしていた。アロカシスの後ろからぴょこりと別の人影も顔を出す。
「僕もいるよー!」
「え、ラディオルも!?」
「うん、僕がアロカシスを連れてきたんだー! 今までのことは全部僕たちのしわ……あわわわわ何でもない」
「ええっ……」
何がなんだかわからないが、一人だけで入っていたと思っていた風呂は一気に大渋滞を起こし始めた。しかも混浴で。目の前のアロカシスは水棲の魔物とは言え、見た目は大人の美女だ。出るところは出ているし締まっている所はきゅっと締まっている。目のやり場に困ったセスは礼儀正しく目をそらした。そんないたいけな少年の心など露知らず、アロカシスはぷるぷるの胸の前で腕を組む。
「あんた達何やってんの? 恋人同士なんだから折角の混浴を楽しめばいいじゃない。私なんてネプスジートと一緒に風呂に入っているわよ」
正確にはネプスジードが入浴をしている際にアロカシスが勝手に浴槽に入ってくるのだが、そこは物は言いようというやつだ。一緒に風呂という単語に、ピュアなセスは顔を真っ赤にする。
「ア、アルテーシアと一緒に風呂なんて、そ、そんなことできませんよ!」
「あらそう。まだまだお子様ね〜」
アロカシスがはぁ、とため息をついてセスを見る。だが、何かを思いついたのか次の瞬間には妖艶すぎる笑みを口元に称え、アルテーシアの方へスイっと泳いでいった。成り行きがわからず、困惑の表情を浮かべているアルテーシアの前でアロカシスはニコリと笑う。
「ルシアちゃん久しぶりね。あらー! 相変わらず綺麗なお肌! お湯なんて弾いちゃってるじゃない。すごいわ〜〜」
「ア、アロカシスさん、ちょっと、肌をツンツンするのやめてください……」
「ええ〜いいじゃない触りたくなっちゃうくらいすべすべなんだもの。あら? もしかして最近お胸もちょっと育ったかしら〜? なんだか前より大きくなった気がするわ」
「ちょ、ちょっとそんなこと言わないでくださいっ! きゃあっ! もう、どこ触ってるんですか!」
悩殺! 恋愛シーンあるあるの女子同士の体丁寧に説明イベント。実際に女同士がこんなに詳細に体の細部を褒め合ったりする所を見たことがないが、なぜかこういう時はイメージができるほど具体的に説明するのがセオリーだ。多分アロカシスはわざとやっているのだろうが、思わずアルテーシアの白い肌を想像してしまったセスは真っ赤になって顔半分を湯に沈めた。まだそういう感情に疎いラディオルはゆでだこになったセスを見てコテンと首を傾げる。
「あれ〜? セスどうしたの? 僕達もやる?」
「やるわけないだろっ!」
ラディオルの言葉を全力で否定する。男二人で一体何をすると言うのだ。二人のやりとりに釣られたのか、アロカシスがニマニマしながら戻ってくる。
「あらあら、セス君もこうやってみるとなかなか鍛えてるじゃない。私としてはネプスジードくらいガッチリしてる方が好きだけど、将来はいい男になるわね〜ね、ラディオル」
「うん。確かに僕も一緒に風呂に入ってるけど、ネプスジードの体ってもっと固い気がするー」
「そうなのよね〜彼意外と首周りがガッチリしているのよ。いつも服で隠れてるけど、意外と逞しいのよね〜。セス君ももう少し鍛えなさい。ほら、こことか、こことか」
「うわっちょっと、いきなり触らないでくださいよ!」
アロカシスがアルテーシアに聞こえるように大きな声でセスの体を説明する。自分の知らない所でシレッと裸事情を暴露されているネプスジードを巻き込みつつ、アロカシスとラディオルのいたずらに、セスとアルテーシアは真っ赤になっていた。
なんとなく湯船から上がれなくなってしまった二人はすっかりのぼせてしまい、アロカシスとラディオルによって風呂から引き上げられたのは言うまでもない。
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