恋愛あるある② 看病-3
一方、カートの横ではフィーネが大泣きしていた。
「カートーーーー!! 死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁ!!」
「フィーネ……僕は大丈夫だから……安心して」
「カートーーー!! 私を置いて逝かないでーーー!!」
「フィーネ、落ち着いて……」
「カートーーー!! 『来世でも僕はまた君に出会って恋に落ちる』なんて言いながら死んじゃ嫌ぁぁぁぁ!!」
「フィーネはちょっと……少女漫画の読み過ぎかな……」
弱々しく微笑みながらも、カートはベッドに突っ伏してわんわん泣いているフィーネの頭を優しく撫でた。少し不器用な所はあるが、いつも一生懸命で真っ直ぐに愛をぶつけてくれる彼女の存在はとても大きい。艶のあるサラサラの黒髪を撫でると、猫のように丸いパッチリとした金色の瞳がこちらを見つめてくる。
「ねぇフィーネ、僕のお世話してくれる?」
「え? お世話って……?」
「そうだね……んーと、例えば薬を飲ませてくれたりとか?」
「薬ね! わかった!」
フィーネがパッと目を輝かせながら頷く。椅子から立ち上がると、フィーネはウキウキしながらサイドテーブルの引き出しを開けた。
(これでカートとお近づきになれるかなぁ。口移しで飲ませて、なんて言われたらどうしよう。ってえええええええええ!!!)
三段目の引き出しを開けた所でフィーネは心の中で悲鳴をあげた。そこにあったのは薬……ではなく、薬の調合の仕方が書かれた紙と様々な材料たち。なんだかよくわからない刻んだ葉っぱが透明な袋に入れてあったり、なんだかよくわからない石ころが入った瓶があったり、それほど魔法薬の調合が得意ではないフィーネは目眩がした。
「フィーネ、どうしたの?」
後ろのベッドから身を起こしながらカートが声をかけてくる。何でもないようにしているが、やはり少し呼吸が荒い。病人のカートに心配はかけるまいとフィーネはぐっと拳を握った。
「大丈夫、カート。私に任せて!」
力強く言うと、フィーネはとりあえずキッチンからボウルを持ってきて、適当にピンクの粉と黒い石の粉末を混ぜてみた。なんだか紫色の煙が出た気がするが見なかったことにする。次にその薬の中によくわからない葉っぱを入れてみる。瓶の中の液体が真っ黒になっている気がするが多分醤油と同じようなものだろう。次にそれに粘性の液体を混ぜてみると、最終的に茶色っぽい粘り気のある物体が出来上がった。それをなんとなくキッチンに置いてあった可愛い容器に入れ、ベッドから身を起こすカートに差し出す。
「はい、これどうぞ」
「えーと、フィーネ、一応聞いておくね。これは何かなぁ?」
「えっと、チョコレート?」
言葉尻が疑問形になってしまったが、薄目で見ればチョコレートにも見えなくはない気がする。バレンタインだし。カートも苦笑いしていたが、折角フィーネが作ってくれたものだからと一つを手に取った。形の良い唇が開き、中にチョコレート(仮)が放り込まれる……寸前でフィーネがカートの手からチョコレート(仮)を取り上げた。
「ええーーん! やっぱりダメーー! こんなものカートに食べさせられないよう!」
頑張って作ったとは言え、やはり危ないものを好きな人に食べさせるのには抵抗があった。カートは「大丈夫だよフィーネ」と優しく言ってくれるが、やはり効果を確かめてからでないと彼には食べさせられない。半泣きになりながら辺りを見回すと、ベットの脇に紐で繋がれた押しボタンのようなものが置いてあるのが目に入った。持ち手の部分には「ナースコール」と書いてある。
「え? ナースコールって、あのナースコールよね?」
「そうだね……なんでこんなものがあるんだろう」
なぜここにナースコールがあるのかとか、呼べば誰が来るのかとか、カートが不審そうにそれを見ている横で、フィーネがそれを手に取り、迷わずボタンを押す。
「ええっ! ちょっちょっとフィーネ! もう少し慎重にならないと!」
「ご、ごめん。自爆ボタンって書いてないから大丈夫だと思って」
カートが慌てると、フィーネがぺろりと舌を出す。確かに危ない物では無いかもしれないが、自爆ボタンじゃないから大丈夫という判断基準はいかがなものだろうか。
と思った次の瞬間には大きな爆発音が響き、部屋は一瞬で白い煙に包まれた。
「ええええええーーーーーー!!!」
二人は手を握り合って悲鳴をあげた。だが、特に部屋が揺れるわけでも物が壊れる音もしない。目の前の真っ白な煙が段々と薄れ始め、再び部屋の中がクリアになったと同時にそこにいたのはくるくるの金髪だった。
「あん? なんでカートがここにいるんだ?」
「先輩!」
そこにいたのはアーノルドだった。緑の団服を着ており、ぽかんと口を開けている。アーノルドはベッドに腰掛けて青ざめた顔をしているカートを見て目を丸くした。
「おいカート! どうしたんだ、具合でも悪いのか?」
「う、うんちょっとね……」
「また頑張り過ぎか? お前ももう少し自分を大事にしろよ。熱はあるのか?」
「熱はどうだろう……ちょっと頭が痛いけど」
「お前の自己申告はあてにならないからなぁ。ちょっと見せてみろよ」
そう言ってアーノルドが身を乗り出し、カートとおでこをくっつける。不意打ちの急接近に、カートの顔がほんのりと赤くなった。
「せ、先輩」
「よし、熱はないな。お前、着替えは?」
「着替えならベッドの脇の袖机に入っていたと思う」
「よし、そんなら俺様が着替えさせてやろう。自分で脱げるか? それとも俺が脱がせてやろうか?」
「じ、自分で脱げるよ……」
「本当か? ほら、ここのボタンが外れてないぞ。俺が……」
「ちょっと待ったーーーー!」
カートとアーノルドのふわふわした雰囲気に、フィーネがチョップを入れた。
「ちょっと! カートのお世話は私がするの! 細目は引っ込んでてよ!」
「なんだお前いたのか。お前こういうの下手くそなタイプだろ? ここは先輩の俺に任せとけよ」
「あなたが相手じゃビジュアルが釣り合わないでしょうが! 早くどっかいってよ! しっしっ」
「あーーーん? お言葉を返すようだが、俺には熱烈なファンが何人もいるんだからな! マリオネのコメントとレビュー欄を見てから出直しな!」
「あーーーもううるさい! あなたの役割はこれよ!」
「はがっ!」
フィーネが手に持っていたチョコレート(毒)をアーノルドの口に突っ込む。思わず口にいれて咀嚼してしまったアーノルドの顔がみるみるうちに黄色くなり、彼はその場でひっくり返った。
「わーー! 先輩!!」
「きゃーー! やっぱりこれ駄目だったー!」
「フィーネ、早くお医者さんを呼ばないと!」
「え? お医者さん!? そんな人いないよ!」
「えっと、ナ、ナースコールナースコール!」
二人で慌てながら先程のナースコールをもう一度押す。再び部屋に満ちる白い煙を見ながら、二人は手を握り合っていた。次こそはちょっと役に立つ人が来てほしい、できればヘイグとかシスティーナあたりが。
祈るような気持ちで煙が薄れていき、そこに現れたのはきらりと光る銀縁眼鏡だった。
「やぁ子どもたち、久しぶりだね」
「チェンジで!!」
「悪いがそういうシステムではないんでね」
地の文に名前が出てくる前にフィーネが叫ぶと、ダグラスが苦笑いしながら二人を見る。心肺停止状態から蘇生したアーノルドも起き上がり、口を拭いながらダグラスを睨みつけた。
「何しに来たんだおっさん! ここはお前の出る幕じゃないぞ、帰れ!」
「失敬な。俺は医者だ。この場で最も適任と言ってもいいくらいの存在だろう」
「若者達の恋愛におっさんはいらないんだよ! 出ていかないならこの場で俺とやり合うか?」
「そういえばこのシステムは暇な人が呼ばれる仕組みだったと聞いているが。死者の俺より先に呼ばれてる君は団服を来て何をしていたのかな」
「うっ」
ダグラスの言葉に止めを刺されたアーノルドが身を縮こませる。それには構わず部屋の中を見回していたダグラスは、合点がいったように頷いた。
「なるほど、大体の状況は理解した。薬を調合してカート君の病気を治せば良いんだね。ここは専門家に任せなさい」
「そ、そんなことを言ってカートに変なことをするんでしょう!」
「悪いが俺は向こうでヴィットリオと楽しく暮らしているのでね。今更もうそんな気持ちも無いさ。そんなことは良いから早く見せなさい」
そう言ってダグラスが椅子に腰掛け、カートの向かいに座る。
「さてカート君。君の体を見せてもらおうか。おっと変な意味じゃないよ、ふふふ……」
「あ、はい……あの、シャツを脱げば良いですか?」
「そうだね、君の体を隅々まで見せるんだ。隠し事はなしだぞ」
「は、はい……」
「相変わらずシミひとつない綺麗な肌だね。おっと、少し脈拍が速いようだ。緊張してるのかな?」
「す、少しだけ……」
「ふふ、可愛いね。ああ、ここのホクロはヴィットリオと同じ位置にあるのか。ふふふ、骨格の形も父親にそっくりだね」
「あ、あんまり見ないで、ダグ……」
「ほう、名前で呼んでくれるのかい。嬉しいね……カート君、俺は君のことが」
「はいもう終わりーーー!」
「確実にアウトだ、おっさん!!」
怪しい雰囲気になってきた二人を、フィーネが遮る。アーノルドも彼女の隣でレッドカードを振り回していた。
「失敬な。俺は診察をした上でただ事実を述べてるだけだぞ」
「いやお前が喋るたびに背景に薔薇が舞ってるんだよ! 無駄に色っぽく言うのをやめろ!」
「そうよー! 私だってまだカートの裸を見たことないのに、ずるい!」
「やれやれ、これが大人の魅力というものなのに。まぁいい。大体わかったから今から調合薬を作ろう」
ダグラスがため息をついて椅子から立ち上がる。彼が動く度に薔薇のエフェクトがぶわっと舞うのがうざい。だが、彼の医者としての腕は本物だ。二人は黙って成り行きを受け入れることにした。
暫くキッチンに立っていた彼は、やがていくつかの小瓶にわけた白色の薬を持ってきた。
「必要な用量がわからなかったからね。とりあえず小分けにして、症状の変化を見ながら少しずつ飲んでみよう。自分で飲めるかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「本当は俺が口移しで飲ませてあげたい所だが、ここは譲ってあげよう」
意味深に笑いながらダグラスが小瓶を持って振り向く。無駄に薔薇が舞う。その茶色い瞳はフィーネを映していた。
「はい、これは君が口移しして飲ませてやりなさい」
「えっ私でいいの?」
「俺もアーノルド君もやりたくないと言えば嘘になるが、ここは正ヒロインの役目だろう。しっかりと病気を治してあげなさい」
「わっ! あ、ありがとうございます!」
目を輝かせながらフィーネが小瓶を受け取る。ふと顔をあげると、カートが優しい目で自分を見つめていた。
「カート……」
「フィーネ、よろしくね」
「う、うん」
高鳴る心臓を抑えながらきゅっと小瓶を握る。看病の一環とは言え、今からカートの口にキスをするのだ。ドキドキと自分の心臓の音を感じながら、フィーネは一歩を踏み出した。
そしてラブコメの法則が発動した。
カートに近づこうとしたフィーネが何も無い場所で都合よく転け、なんか甘い匂いがするなと別の小瓶の中身を味見していたアーノルドにぶつかる。そしてあらゆる物理法則を無視してアーノルドの体がいい感じに弾き飛ばされ、ベッドに腰掛けるカートの唇にダイレクトキッスをかました。
「えええええええええ!!」
「わ、悪いカート! 怪我はないか!」
「いえ、先輩こそ大丈夫ですか。あ、あれ? なんだか頭が軽い。具合がすごく良くなってきた……」
「なんでこうなるのぉぉぉぉぉぉ!!!」
狭い小屋の中に、フィーネの悲鳴が響いた。
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