第2話 パーティーのその後に

 部屋中に高笑いが響く。その声に、セスはパチリと目を覚ました。いつの間にか気を失っていたらしい。そう言えば、テーブルの上にあった丸いチョコレートを食べた瞬間にくらりと目眩がして、そのまま数分眠っていたようだ。ここはどこだろうとぼんやりとした頭で思い、部屋の真ん中にある大きなクリスマスツリーを見てここが先程子供達と一緒にパーティーをした部屋であることを思い出す。だが、そこは先程と同じであるようで全く違っていた。


「あーーーーひゃっひゃっひゃっ!」

「きゃはははははははは!」


 地獄に響き渡るような高笑いに一瞬ハロウィンタウンに戻ったのかと錯覚したが、それは腹を抱えて爆笑するピアとフィーネだった。彼らの視線の先には狼夫婦。


「もう! 私のお酒が飲めないって言うのぉ!」

「わかった! わかったから頼むレティ! 離れてくれ!!」


 彼らの目の前でぷくっと頬を膨らませたレティリエが、グレイルの首に両手を回してグイグイと迫っている。彼女のなかなかにご立派なものが先程からグレイルの視界の端で揺れており、大きな黒狼は顔を真っ赤にして可哀想な程に狼狽えていた。

 レティリエがお酒を飲むとちょっと宜しくない方向に乱れるのをよく知っていたグレイルは、彼女がお酒を飲まないように気を配っていたのだが、まさかテーブルの上にあるチョコレートにお酒が入っていたのは盲点だった。レティリエがチョコレートを口にする際に微かにアルコールの匂いがしたのだが、周りにも酒瓶が転がっている為にわからなかったのだ。

 だが、そんな彼の慌てぶりなど知らないかのようにレティリエがちょこんとグレイルの膝の上に乗っかり、スーツの襟元に手を添える。そのままレティリエは顔をとろんとさせながらプチプチとボタンを外していく。


「なっ! レティ何を……!」

「この服を着てるあなたが素敵すぎて、脱いでるところも見たくなったの」

「いや、それは嬉しいがこんな所で脱がすな!!」


 さすがはこの作品だけ唯一の恋愛ジャンルだ。レティリエがグレイルの服を少しずつ脱がしていく度に、この二人の周りの空気だけどんどんと妖しくなっていく。この調子でいけば、このコラボ作品にレイティングマークをつけねばならなくなるだろう。だが、そんなことなどお構いなしにレティリエはグイグイとグレイルに迫り続ける。

 とうとうソファの上に押し倒されたグレイルは、頬を紅潮させたレティリエの顔が目と鼻の先にあるのを見て目眩がした。正直わりと限界にはきていた。色々な意味で。レティリエの柔らかい体がずしりとのしかかってきて、グレイルは反射的に彼女の頬へ手を伸ばす。そしてそのまま……


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「……ちょっとグレイルさん。なんで狼になってるんですか?」


 セスが呆れ顔でつぶやくと、真っ黒な狼姿になったグレイルがチラリと視線だけをこちらに寄越す。彼の背中の上には、漆黒の毛に丸まりながらレティリエがスヤスヤと眠っていた。


「別に……急に狼になる気になっただけだが?」

「そ、それなら良いんですけど……」


 狼(比喩)にならないように狼(本物)になったグレイルに心の中で同情しながら、セスはそっとその場を離れた。だが、とりあえずこれでレイティングの危機は去った。セスは内心でホッと胸を撫で下ろした。


 と思いきや、別の危機があった。


「ピアさん……僕、体が熱いです……」


 別のソファではカートが頬を赤らめ、目を潤ませながらピアの肩にしなだれかかっていた。そんなカートをピアが優しく抱きしめる。


「大丈夫か? 熱を逃がす為にボクが脱がせてやろうか?」

「はい……お願いします……」

「任せろ。今楽にしてやるからな」


 そう言いながらピアがカートのトナカイ上着を優しく脱がす。カートの細く白い肩まわりがキャンドルの光に照らされて怪しく輝いた。


「カート……とても綺麗だ」

「はい、あの、ピアさん……優しくしてください……ね?」

「もちろんだ。ボクを誰だと思っている?」

「ピアさん……」

「カート……」

「レイティングつけろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 セスは思わずフィーサスクッションをピアの顔面に叩きつけた。


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「ちょっと兄様! 何やってるの?」

「セス、ちょっと落ち着いてください!」


 騒ぎを聞きつけたフィーネとアルテーシアがパタパタとこちらにやってくる。駆け寄ってきたフィーネは、真っ赤になってこてんとソファに倒れているカートを見て悲鳴を上げた。


「きゃぁ! カート大丈夫? ちょっと兄様! カートに何したのよ!」

「どうやらお酒入りのチョコレートを食べてしまったみたいだ。かなり酔っ払ってる」

「もう! なんてことするのよ! 兄様のばかっ!」


 フィーネが慌ててカートを抱き起こす。フィーネが呼びかけると、その空色の瞳が重たげに開いた。


「フィーネ……」

「カート、大丈夫? もうお酒飲んじゃだめだからね」

「うん、ありがとう…」

「私が兄様からカートを守ってあげるから。カートにお酒を飲ませてこんなにさせるなんて許せない!」

「うん……ところでフィーネ、その格好すごく可愛いね。愛してるよ」

「よっしゃもっと酒持ってこォォォォォォォい!!!」


 驚くほどのスピードで手のひら返しをしたフィーネがテーブルの上に置いてあるチョコレートボンボンを一つ取り、カートの口に押し込んだ。


「カート! もっかい言って! もっかい!」

「フィーネ愛してるよ」

「君が世界で一番大事」

「君が世界で一番大事だよ」

「君を抱きたい」

「君を抱きたい」

「カーーーーーート!! 好き!! 兄様早く次のチョコレート持ってきて!!」


 フィーネがカートを絞め殺す勢いで抱きつき、ピアがニヤリと笑って頷く。


「任せろ。Ok、グーグル。時空を開いて」

「今なんて!?」


 ピアの言葉にセスが全力で突っ込む。いや世界線が完全におかしすぎる。


「ピアさん、いつの間にグーグルアシスタントの使い方を覚えたんですか?」

「ボクは天才魔導士だからな。これくらい楽勝だ」

「いやさすがにできることとできないことがあるでしょう」

「そうでもない。天才魔導士だからな」

「そもそもグーグルアシスタントで時空を開くのが無理というか」

「天才魔導士だからな」

「天才魔導士万能すぎでしょ!!」


 二次創作の不思議世界においての天才魔導士はもはやドラえもん並に万能だった。そんなことはお構いなしという顔でピアが時空の歪みに手を突っ込み、中からチョコレートボンボンが山盛りになったかごを取り出す。


 そして数時間後。


「はーーーーい! ルシア歌いまーーーす!」

「ルシアーーーーー! 世界で一番君が好きだーーーーーーー!!」

「次は〜〜! 浜崎あゆみ歌いまーす!」

「ルシア! さっきは言えなかったけど、そのトナカイ服すごく似合ってるよ! 正直その可愛らしいオヘソは誰にも見せなくない! これからはずっと俺の前でだけ着てくれ!」

「じゃあ次はaicoの『ずっと』を歌いまーす!」


 お酒入りのチョコレートを食べて酔っ払ったアルテーシアがアイドル並にポージングをつけながら次々に歌を歌う。その側で同じく酔っ払ったセスがアルテーシアに全力で告白していた。だが、酔って頭が働いていないのか、セスはアルテーシアに背を向け、ピアに全力で告白していた。ピアはそんなセスに対してスマートフォンで寝ているカートをパシパシ撮りながら「おう」とか「ボクもだよ」と雑な相槌を返していた。


「阿鼻叫喚だな……」


 レティリエを背に乗せたグレイルがポツリと呟く。ちゃっかり揉め事を回避していたグレイルは、背中に乗っているレティリエにそっと鼻を擦り寄せた。柔らかな温もりを感じながらそのまま眠ってしまおうと目を瞑った途端、ガシッと尻尾を掴まれる。


「ちょっと! あなたも飲むのよ!」

「黒髪金目トリオ酒豪対決だ!」


 ピアとフィーネが金色の目を輝かせながらグイグイとグレイルに迫る。この兄妹、昔はあまり仲が良くなかったはずなのだが、こういう時は妙に息のあった連携を見せるのはなぜだろう。


「やめろ! 俺は酒は飲まなブッ!」


 レティリエを背に載せており、身動きがとれないのを良いことにピアが酒瓶をグレイルの口に突っ込む。この後彼が人の姿に戻り、怒りに任せて酒を煽って三人でベロベロになるまで時間はかからなかった。


 ハロウィンタウンで出会った彼らは、またこうして仲を深めていくのだった。

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