第5話 夜明け


 「よーし! 燃えちまえー!」


 そこからは彼らの独壇場だった。

 戦神姿のフィーサスが舞を踊るかのように空中を飛び回り、炎を操る。衣服に炎がついたゾンビは慌てて逃げ出すが、炎を免れたゾンビがフィーサス目がけて飛びかかった。だが、その炎の中からグレイルが飛び出し、ゾンビに爪を立てて一息に切り裂く。


「おっ! そっちの黒狼もやるじゃねえか」

「その頭の耳……あなたは俺達と同じ種族なのか?」

「まっ! そんなことどうだって良いだろ?」


 二人の狼が絶妙な連携でゾンビを退けていく。セスも剣を構え、迫り狂うゾンビを切り倒していった。少しずつだが、ゾンビの数が減ってきている。この調子だ。そう思った瞬間、背後に殺気を感じた。振り向くと、倒し損ねたゾンビが口を開けて、自分に飛びかかる姿が見えた。


 ──しまっ……!


 だが、次の瞬間には目の前のゾンビが空中で一瞬制止し、白目をむいてドサッと倒れる。その背後には、剣を構えたカートの姿。


「助かった、ありがとう!」

「いいえ。無事で良かったです」


 カートが微笑む。そのまま二人は申し合わせたかのように背中合わせになり剣を構えた。

 至るところで戦いを楽しむ声が聞こえる。


「やっぱ戦いは楽しいぜー!! お前、パラディンになる素質がありそうだぞ!」

「そうか。俺はあまり戦いは好きではないが、こいつらだけは骨も残さず消してやる」

「あーちょっとそっちのゾンビを片付けておいてくれる? 細目くん」

「名前を間違えたら失礼だよローウェン。えっとごめんね? エドバルド君」

「アーノルドだ!」


 フィーサスとグレイルが暴れまわる。ピアが少女人形で複数のゾンビをまとめて切り刻み、フィーネが小鳥を周囲に解き放つ。アーノルドはローウェンやクルスと一緒に戦場を駆け回っていた。彼らが縦横無尽に暴れる度にゾンビが逃げ回り、紫の空に耳をつんざくような絶叫が何度も何度も響く。

 

 そして、夜が開けた。



──────


「お疲れさ~ん。どうだったかな?」


 夜が開けた青い空に、ジャックオランタンがふよふよと現れる。ぐったりと地面に体を投げ出す六人の側には、溢れて地面にこぼれているキャンディのビン。


「おおっ!! すごいたくさん集めたね~。新記録だよ」


 ジャックオランタンケケケと嬉しそうに笑う。セスがかぼちゃ頭を仰ぎ見て、ふうと息を吐いた。


「これでもとの世界に戻してくれるんだろ?」

「もちろんさ〜。お望みなら今すぐにでも。でも、別れの挨拶は済ませたかい?」


 ジャックオランタンの言葉に、セスはハッとして顔を上げた。

 今まで意識していなかったが、確かにこの世界から戻れば二度と彼らに会うことは無いだろう。なんだかんだ一緒に行動をして、自分は彼らのことが大好きになってることを自覚する。セスの胸がきゅうと切なさで締め付けられ、彼はゆっくりと一人一人に視線を向けた。

 自分と同じく騎士を目指す少年と婚約者の少女。狼の姿に変身できる特殊な能力を持った狼の夫婦。決して交わることのない別の世界で暮らす者達。

 妙なことに巻き込まれたという気持ちはあったが、彼らとの出会いは決して悪いものでは無かった。


「またいつか、どこかで」


 セスの言葉に、四人が笑顔で頷く。次の瞬間には自分の体が光に包まれ──気がつくと、セスはアルテーシアと一緒にもとのケーキ屋にいた。向かいに座ったアルテーシアがブルーグレーの目をパチクリさせる。


「今の……夢?」

「いえ……違うと思います。だって服が……」


 言われて自分の体に視線を落とし、あの時の服であることを確認する。アルテーシアも同じく、ピンクのフワフワツーピース姿のままだった。

 恥ずかしさに、二人揃って慌てて店の外に出る。こんな姿を誰かに見られるのはさすがに恥ずかしい。アルテーシアの手を引いて急ぎ足で家の方へと向かうと、アルテーシアがふふっと笑った。


「でも、楽しかったですね、セス」

「うん……そうだね」


 アルテーシアの手を握りながら返事をする。住んでいる世界は違えども、またどこかで会えることを信じて、彼女の手を握る拳に力がこもる。


「あっ」


 ふと、歩いているアルテーシアが声を上げる。どうしたの?と聞くと、彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。


「服装があの時のままってことは…」

「あ」


 狼夫婦とカートの姿が瞬時に脳裏に浮かぶ。フィーネはともかくとして、他の三人はあの服装のまま帰るのだろうか。願わくば、彼らが家にいる時に巻き込まれていてほしいと思うセスだった。


 一陣の風が髪を撫でる。仰ぎ見ると、空は雲ひとつない快晴だった。住む世界は違えども、この青空は同じものを見ているといいな、と彼はぼんやりと思った。



 


 

 

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