第4話 共闘

 一方その頃。


「きゃーーー!可愛い! こっち向いてください!」

「あ、ねぇホラ。私のリボンもつけてみてもいいかしら」 


 紫色の空を背景に、ヒロイン(一部男子)達は何やらきゃあきゃあと盛り上がっていた。アルテーシアとレティリエの前にいるのは、狼耳と狼尻尾をつけて恥ずかしそうに顔を赤らめるカートの姿。狼のカチューシャは、もともとアルテーシアがつけていたものだ。最初は無難に挨拶をしていた三人だが、カートのあまりの美少年っぷりに二人の女子達がソワソワし始め、ついに着せかえを始めてしまったのだ。

 レティリエが自分の髪に結んでいた青いリボンをほどき、カートの狼耳の下にきゅっと結んであげる。


「わぁ! 私とおそろいね」


 レティリエが楽しそうにクスクス笑う。その笑い声に合わせて彼女の狼の耳がピョコピョコと揺れた。


「ふふっ。なんだか小さい頃にお人形遊びをしていたことを思い出しますね」

「そうね~やっぱり可愛い子は着せかえがいがあるわね」


 アルテーシアとレティリエがキャイキャイと楽しそうに言葉を交わす。そんな美女二人を、カートがモジモジと仰ぎ見た。


「でも、僕……男ですよ? アルテーシアさんとレティリエさんの方が似合うんじゃ……」

「んー、何て言うのかしら。男の子だからこそ醸し出される独特の可愛さが良いのよね」


 そう言ってレティリエがにこりと微笑む。周囲にマイナスイオンを出しながら笑い合う女子達(一部男子)だったが、その傍らにはこんもりとキャンディの入った瓶が三つ並んでいた。

 待っていろ、と言われていたものの、アルテーシアもレティリエも大人しく男の帰りを待っているタイプのヒロインではない。見た目は清楚で物腰も柔らかく、控えめな行動をとっている二人だが、その芯にあるものは男にも引けを取らない強靭な精神力。

 実は男達と別れたあと、三人であちこち探し回り、色々な道具を見つけていた。ヒトが包まれてしまうくらいの大きな網、ロープやハサミなどの工具、シャベルなどなど。それらを使って三人は至るところに罠を仕掛け、恐ろしいほどの速度でノルマを終えていた。

 一通りカートの着せかえ人形を楽しんだレティリエが、溢れんばかりのキャンディの瓶を抱える。


「あっという間に集まってしまったけど……もしかして、これって誰かに分けあったりすることもできるのかしら」

「そう……ですね。あのカボチャさんは、瓶がいっぱいになれば達成とだけ言っていましたから、もしかすると余分にキャンディを集めておいても良いかもしれませんね」


 レティリエの言葉に、アルテーシアが同意する。女子二人の発言を聞いて、カートもコクリと頷いた。


「確かにまだ時間はたくさんあります。もう少しここら辺を歩いてみても良いかもしれません。僕も一応男ですから、お二人を守るくらいはできそうですし」


 カートの言葉に二人は頷き、立ち上がって夜の町を歩き始めた。


────


 町の住人はあらかた脅かしてしまった三人は、なんとはなしに歩を進める。暫くすると、街灯の光がどんどんと少なくなっていき、やがて墓地に出た。

 紫の空を背景に、十字架や石棺が黒い影となって浮かび上がる。どこからともなくやってきた冷気が三人の足元にまとわりつき、背筋をぶるりと震わせる。


「なんだか気味が悪いわ……」


 アルテーシアがポツリと呟く。彼女の言う通り、賑やかできらびやかな町の様子とは異なり、ここは真っ暗で不気味な空間だった。聞こえるのは、フクロウの鳴き声とコウモリの羽音のみ。


「そうですね。ここに住人はいなそうですし、戻りましょうか」


 アルテーシアの横を歩くカートがそう言った時だった。


 背後で悲鳴が聞こえた。アルテーシアとカートが即座に振り向くと、レティリエが地面に足を取られ、必死にもがいてる姿が見えた。直後、離して! という彼女の悲鳴。


「どうしました!?」


 カートがすかさずレティリエに駆け寄り、その光景を見て驚愕した。

 地面から飛び出た緑色の腕がレティリエの足首をガッチリと掴んでいる。レティリエが逃れようと必死に足を動かすが、緑の手は一向に離そうとしない。

 次の瞬間には、ぼこぼこと音がしてあちこちで地面が割れ、何本もの手が地面から現れた。地面から這い出てきたのは、落ち窪んだ眼球に緑の肌。ボロボロの衣服を見にまとった──ゾンビだった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おっ。今夜は可愛い子がたくさんいるなぁ。これは楽しい夜になりそうだ」


 レティリエの足首を掴んだまま、ゾンビが地面から這い出てくる。次次に現れるゾンビに、三人ともその場で釘付けになった。

 今、レティリエの足首を掴んでいるゾンビが立ち上がり、そのままレティリエの体をぐっと引き寄せる。


「いやっ……やめて!」


 レティリエが必死に抵抗するが、ゾンビは嘲笑しただけで離さない。地面から這い出て来た銀縁眼鏡をかけたゾンビが、カートを見つけると怪しく目を光らせて舌なめずりをした。 


「おっ! こっちの男の子は魅惑的な太ももをしてますなぁフヒヒ」


 そう言って両手を前にだらんと垂らし、一歩一歩ジワジワと近付いてくる。見ると、アルテーシアも含めて三人はゾンビの集団に囲まれており、ゾンビ達は三人を追い詰めるようにゆっくりゆっくり近付いてくる。


「やめて……来ないで!」

 

 アルテーシアの悲鳴が聞こえる。この中で唯一の男であるカートは、自分が彼女達を守らねばならないとぐっと唇を噛んだ。だが、今は愛用の剣も持たず、丸腰どころか半裸の状態。視線を横に滑らせると、ゾンビに抱き締められて怯えているレティリエの姿も見えた。


 どうにかしないと。


 この事態を、なんとか好転させなければ。


 しかしなすすべはない。ゾンビの一人が怪しい光で瞳をぎらつかせながら、カートの太ももを狙って迫ってくる。その瞳におぞましさを感じ、カートは思わず叫んでいた。


「助けてピアさーーーーーーーん!!!」

 

 次の瞬間。

 紫の空の一部がキラリと光ったと思うと、ストロベリーブロンドの少女人形を従えたピアが夜空に忽然と現れた。そのまま空中で体勢を整え、ゾンビの集団に目掛けて飛び込んでいく。


「おい貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰に断ってカートの太ももを視界に入れている!!!」


 言っていることは若干よくわからないが、ピアが落下しながら右手を横に振る。彼が操る少女人形がカートを庇うかのように目の前に降り立ち、そのまま迫りくるゾンビに短刀で一撃いれると、カートの太ももを狙っていた変態ゾンビは悲鳴をあげて地面に倒れこんだ。


「ちょっと! カートの貞操は私のものよ!」


 後から追いついたフィーネも唯一使える伝書の魔法で小鳥を出し、ゾンビ目掛けて勢いよく放つ。カート大好きっ子の黒猫兄妹の連携は抜群だった。


「ぐあ!」


 別の場所でも悲鳴が聞こえた。見ると、グレイルがレティリエを押さえつけていたゾンビを頭から地面に叩きつけ、彼女をぐっと抱き締めるのが見えた。そのまま横抱きにして後方に飛び、ゾンビ達から距離を取って安全な場所まで連れていく。


「レティ、大丈夫か!」


 グレイルがレティリエを抱き締めたまま問う。レティリエはコクンと頷くと、グレイルの首にすがりついた。


「大丈夫……でも、怖かった」

「今片付けてくるからちょっと待ってろ」


 グレイルがレティリエの頭をぽんぽんと優しく叩き、再びゾンビの集団に飛び込んでいく。今回ばかりは全裸包帯ということを差しひいても結構カッコ良かった。


 一方、セスも無事にアルテーシアに襲いかかろうとするゾンビを倒し、彼女を救いだしていた。気丈に振る舞っていたアルテーシアも、セスが抱き締めると、おそるおそる背中に手をまわし、その胸元に顔を埋めた。やはり怖かったのだろう。アルテーシアの頭を優しく撫でてやると、アルテーシアが軽く微笑んだ。

 一方、思わぬ助っ人の登場に、ゾンビはすっかりパニックになっていた。


「くそっ! こいつらなんなんだ!」

「俺たちをなめやがって! ゾンビの力を見せてやる!」

「お前ら出てこい!」


 ゾンビの一人が声高に叫ぶ。次の瞬間には、ボコボコと激しい音を立てて地面に無数の穴が開き、中からゆらりとゾンビが這いあがって来た。その数はとても百や二百という数ではない。おそらく墓地の中にある全ての墓からゾンビが現れ、カートやセス達を囲む。


「へへ……これだけの数は捌ききれるかな」


 ゾンビの一人が下卑た笑い声を漏らす。ピアさん……と彼の服の裾を掴むカートを庇いながら、ピアは前方を睨み付けて舌打ちをした。


「チッ。さすがのボクもこの人数を相手にするのは無理があるな……」


 ピアが金色の目を細めながら悔しそうに歯噛みする。

 その時、紫色の空がゆらりと動き、地平線から太陽が顔を出すのが見えた。紫色の空がだんだんと薄くなってくる。夜明けだ。


「まずいな。時間切れかもしれん。キャンディはまだ集まってないんだろ?」


 ピアの言葉に、カートがゆっくりと頷く。そうだ。まだキャンディ集めさえも途中だった。ノルマをクリアしない限りもとの世界に戻れない。またこんなゲームを最初からやらされるのは懲り懲りだ。悔しそうにぐっと舌を噛むカートを、ピアが横目でチラリと見る。


「まぁまだそんなに悲観する状態ではないだろう。全員で力を合わせれば、こんなゾンビくらい──」


 ピアが皆まで言う前に、セスが「そうだ!」と手を叩く。カートとピアがセスの方を向いた。


「総力戦! そうです、皆の力を合わせれば、きっとこのゾンビ達もやっつけられます! 今こそ皆の切り札を使う時ですよ!」

「なるほど、そういうことだな」


 ピア達の側で戦っていたグレイルが、爪でゾンビを狩りながら答える。ゲームが始まってから狼になることを禁止されている彼は、人の姿のまま戦っているのだ。今目の前で手をあげながら襲いかかってくるゾンビの顎に一撃をいれると、グレイルがぐっと拳を握った。


「そういうことなら──来い! クルス! ローウェン!」


 グレイルの言葉と共に紫色の空がキラリと光り、忽然と空に現れたローウェンとクルスが落ちてくる。


「やっと呼び出しかよ~くたびれたぜ」

「僕たちの出番はないかと思っちゃったよ」

「クルス。ローウェン。あのゾンビ達を狩るんだ。特にあっちにいるやつはレティの体をべたべた触っていた。眼球をえぐり出して両手を切り落としておいてくれ」

「え! お前キャラ違くねえ!?」


 そうこう言いながら三人の狼達が腕を奮い始める。その光景を目に入れたセスもカートに視線を送り、二人で頷く。


「よし、じゃあ俺も──フィーサス!」

「アーノルドーー! 来て!」


 二人の呼び掛けに答えた一人と一匹が夜空に現れる。金髪糸目の少年と白いフワモコの生命体。そのまま落下しながら、フワモコの生命体が炎を出現させ、身体中にまとう。次の瞬間には、炎の中から真っ赤な髪と狼の耳をした美女が現れた。


「よーし! 派手に暴れるぜーー!」


 狼耳の美女が腕を振り、辺りに炎が出現する。その炎に触れたゾンビは蜘蛛の子を散らすように大慌てで分散した。


「フィーサス!」

「呼ぶのが遅いぜ? ほらよ、これ」


 フィーサスがセスに剣を渡す。隣ではアーノルドから剣を受けとるカートも見えた。剣を持ち、手に染み付いた感覚を思い出す。そのまま剣を構えると、セスは背後に目をやった。


「よし、行こう!」


 そう言ってセスとカートは戦禍に飛び込んでいった。

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