第3話 ゲームスタート
「ほ~い。お着替え完了かな~そいじゃ早速ゲームを開始するよ~」
ジャックオランタンが部屋に現れ、セスとアルテーシアは建物の外へ出た。他の二組は既に着替えを済ませていたようで、外で自分達を待ってくれていた。
「お……おお……」
自分達以外の四人の姿を見て、セスは思わず言葉を漏らした。感嘆ではない。困惑の意味でだ。まず何より全員揃って肌色の面積が多すぎる。黒猫耳をつけた魔女のフィーネのヘソだしルックはまだ可愛い。隣で胸元を隠して真っ赤になっているモジモジしているカートは白い肌を存分に晒した半裸短パン素足だし、その隣にいる狼カップルに至ってはほぼ全裸に包帯だけ巻かれているという出で立ち。開き直ったのか、グレイルは腕組みをしながら堂々と仁王立ちしていた。まぁ……ある意味で引き締まった無駄の無い肉体を惜しげもなく晒しているのは男として羨ましい気持ちもするが……それでもこれは何かが間違っていると思う。そして彼に隠れるように身を小さくしているレティリエも大概な格好だった。グレイルが黒い尻尾で彼女を覆ってやっているが、それを差し引いてもパンチのある格好だった。多分この二人は出る作品を間違っている気がする。自分とルシアはまだ健全と言える部類に入る服装で良かったとセスは心から思った。
「はいそれじゃあ細かいルールを説明するヨッ」
ジャックオランタンがフヨ~と空中を飛び回りながら六人の前に立つ。彼がマントを体に巻き付け、バッと広げる。次の瞬間には、六人の手にカボチャの形をしたガラス製の容器が出現した。フィーネがコンコンと爪で容器を叩く。なんの変哲もない、本当にただのガラス容器のようだ。
「ケケケ。このハロウィンタウンでは、住人の悲鳴が響く度に、脅かしたやつのビンにキャンディが貯まっていくのさ。夜が明けるまでにその瓶をいっぱいにできたやつから帰ってよし! ただ、一晩でいっぱいにできなかったやつは毎晩ゲームに参加してもらうぞ~」
「ええっ! 絶対に嫌だ!」
ジャックオランタンの説明に、フィーネがぶるりと身を震わせる。それはセスも同じだった。こんなへんてこりんな場所からは一刻も早く帰りたい。おそらく他の皆も同じ気持ちだろうというのが、彼らの真剣な表情から伝わってきた。
ジャックオランタンがフヨフヨと漂いながらオレンジ色の空を舞う。
「まっ! お前達にはきちんと助っ人も用意してる。さっき着替えるときにいたやつらがそれだ。名前を呼べば、彼らはすぐにやってくる。だけど、助っ人の力を使えるのはキッカリ一時間だぞ。よく考えて使えよ~ケケケ」
ジャックオランタンの言葉に皆が頷く。とりあえずのルールはわかった。六人の瞳に闘志が宿ったのを見ると、ジャックオランタンはケケケと笑ってマントを広げた。
「そいじゃ始めるか! では……ゲームスタート!」
ジャックオランタンが黒いマントを勢いよく広げる。途端に、オレンジ色の空が濃紫に変わった。夜の色ではない。ぶどうのような鮮やかな紫色だ。絵に描いたような三日月が空に現れ、コウモリの大群が羽音を立てながら空を舞う。建物の前に置かれた無数の顔つきカボチャにも光が灯り、薄暗い空間に次々と三角目の顔が浮かび上がる。
「ハロウィンはあの世とこの世の境目が曖昧になり、怪異達が活気づく日だ。ハロウィンタウンに轟く悲鳴は、すべての怪異達のエネルギーになる。頑張ってくれよ~」
そう言うとジャックオランタンはくるりと一回転し……かき消えた。
「とりあえず……おのおの行動していくしかないな」
「そう……ですね。では、一先ずは各自のパートナーと一緒に行動して様子をみましょうか。何かあれば情報共有もしたいですね」
グレイルの言葉に、セスが頷いて返答する。そのまま誰がどちらの方面に行くか、一定時間ごとに同じ場所へ帰ってきてお互いの情報を交換するよう話していると、背後で下品な笑い声が聞こえた。なんとなく不快感のあるダミ声。振り返ると、見知らぬ三人の男が女子達に声をかけていた。
「へへっ。お嬢ちゃん可愛いねぇ。どう? 俺達と遊ばない?」
「嫌……です! やめてください……」
アルテーシアに迫っているのはフランケンシュタインだ。緑の顔に頭につきささるネジ。丸い目をギョロギョロさせながら迫り来るフランケンシュタインに、アルテーシアが身を縮こませながら距離をとる。
「おいおいこっちの姉ちゃんは随分ハレンチな格好してるじゃねぇの。そういう格好好きなの?」
「フフ……君はなかなか可愛いですね……その魅惑の太もも、そそられますよ……」
別の場所では狼男がレティリエの谷間をガン見しながら舌なめずりをし、なぜか銀縁眼鏡を掛けたドラキュラがカートに迫っている。一応カートは男の子なりにレティリエを守ろうと庇う姿勢を見せているが、猫耳半裸の美少年では全く威嚇にすらなっていなかった。
「ルシア!」
慌ててアルテーシアに駆け寄り、彼女を背後に庇う。フランケンシュタインから「チッ男連れかよ」と舌打ちする音が聞こえた。隣に視線をやると、こめかみに血管を浮き上がらせながらぶちギレたグレイルが狼男の首を絞め、フィーネが眼鏡ドラキュラの股間を蹴りあげたのが見えた。
「けっ! 男の為の格好かよ! 死ね!」
「リア充は一生爆発してろ!」
「来世でブスに生まれる呪いをかけてさしあげますからね!」
セス達が駆けつけたことにより、モンスター達は捨てぜりふを吐いてアッサリと逃げていった。
「ルシア、ごめん……大丈夫? 俺が気付かなかったせいで……怖かっただろ?」
うっかり話し込んでいたせいで、大事な人が危険な目に遭っていることに気がつかなかった自分に情けなさを覚える。肩を落とすセスを見て、アルテーシアが優しく微笑んだ。
「いいえ。セスが来てくれて、嬉しかったです。その……かっこよかった……ですし……」
「ルシア……」
ポッと顔を赤らめながらはみかむアルテーシアが可愛すぎて、セスも恥ずかしさに俯いてしまう。心臓がドキドキと鼓動をうつ。このままじゃ男として格好がつかない。もっと格好良く彼女を守れる騎士になりたいのに……それでも、ルシアにカッコいいと言われて心がフワリと浮き立つのを感じた。
「レティ、大丈夫だったか?」
隣ではグレイルがレティリエの頬に手を添えながら優しく声をかけていた。レティリエが胸元できゅっと両手を握りしめながらこくんと頷く。
「ええ、大丈夫よ。ちょっとびっくりしたけど……」
「そうだな……よし、お前はここで待っていてくれ。俺がお前の分までキャンディを集めてくるから」
「え? でも、それだとあなたが大変だわ」
「いや、その格好は色々と危ない。ここで待っていてくれた方が俺も安心だ」
そう言ってグレイルがレティリエの頭を優しく撫で、くるりと背を向ける。その後ろ姿を見た途端、レティリエの瞳が切なげに揺れた。
「あっ……待って」
思わず手を伸ばし、彼の服──がないので包帯──をつまんで引き留める。訝しげに振り向くグレイルに、レティリエはおずおずと視線を向けた。
「グレイル……その、気を付けてね」
ここがどういう世界なのかも、どんな危険が待っているかもわからない。心配そうに自分を見上げるレティリエを見て、グレイルが軽く微笑んだ。
「大丈夫だ。俺に任せろ。お前こそ、俺のことは気にしなくて良いから何かあればすぐにローウェン達を呼べよ。キャンディより、お前の方が大事だ」
そう言うと、グレイルが身を屈めて優しくレティリエの額にキスをする。彼を見上げるレティリエの頬が微かに紅潮した。
(おおーー!)
二人の睦まじいやり取りに、セスは心の中で拍手を送った。彼らは夫婦とのことだが、彼女を守り慣れているグレイルの一連の振る舞いは男から見てもかっこよかった。さすがこの中で唯一の大人組だ。だが、非常に残念なことに、全裸包帯という出で立ちがそれを台無しにしていた。本人は全く意図していないはずだが、カッコ悪い姿でカッコつけるのは最高に破壊力抜群だった。彼には申し訳ないけども。
「準備は良いか? 行くぞ」
グレイルの言葉にハッとして、セスもアルテーシアに向き直る。
「ルシアもレティリエさんと一緒に待ってて! ルシアも可愛すぎるから、町を歩くのは危険だ!」
「えっ……そんな、セス?」
「何かあったらフィーサスを呼んで良いから!」
そう言うと、セスもグレイルの後を追った。背後でフィーネの声が聞こえる。
「じゃあカートもそこで待ってて! 私がキャンディを集めてくるから!」
「え? あれ? フィーネ!?」
「じゃあねー! 私と結婚するまで貞操は守っててよーー!」
カートに手を振りながらフィーネもカラフルな町並みに消えていく。後に残されたレティリエとアルテーシア、そしてカートは何とはなしに一ヶ所にまとまった。
「……あなたは、こっちなんだね」
「そう……みたいですね」
ヒロインとヒロイン(?)達は揃って彼らが消えていった方へ目をやり、彼らの無事を祈った。
────
町並みへ繰り出していったヒーロー(一部女子)達は、まず始めにおのおの建物の影に隠れる。セスも赤い屋根をした家の影に隠れて、大通りの様子をじっと窺っていた。暫くすると、コツコツとレンガ造りの道を歩く音がして、前方に人影が見えた。
(よし、やるぞ!)
じっと息を殺し、耳を澄ませて気配を窺う。足音がすぐ側まで来た瞬間、セスはシッポちゃん帽子を目深にかぶり、そのまま勢い良く建物の影から飛び出した。
「ばあ!」
「きゃぁぁぁぁ!!」
ハロウィンタウンに悲鳴が響き渡った。狼の被り物をかぶったセスの姿に驚いた住人が一目散に逃げていく。少し可哀想だが、これはゲームなのだから仕方ない。側に置いておいたガラス製のかぼちゃ容器を手に取ると、空中からポップな紙に包まれたキャンディが現れ、コロンと音を立てて瓶の中に落ちる。本当に小さい、小粒のキャンディだ。確かに今はお試しのような驚かせ方だったが、このビンのサイズに対してこのキャンディの大きさだと、確かに一晩でいっぱいにするのは至難の技だ。
セスがビンの中のキャンディを見ながら焦燥感に駆られていると、近くで「ぎゃーー!」という絶叫が聞こえた。慌てて視線をあげ、声がした方に目を向ける。
見ると、グレイルが屋根の上に登り、大通りを見つめている姿が映った。その視線の先には、二人で仲良く歩くカップル達。獲物を狩る時の様に気配を殺し、彼らが近づいた瞬間にグレイルが勢い良く飛び降りた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間には、今歩いていたカップルは絶叫をあげなから一目散に走り去っていった。途端に、道の側においてある瓶の中に、キャンディがざらざらと入る。
「グレイルさん、すごいですね」
「セスか。いや、なんだか知らんが驚かせる前に皆消えていくんだが……まぁキャンディはたまっているから良いのだろうか」
「え? 驚かせる……前……?」
グレイルの言葉を反芻し、大通りを見つめる端正な横顔を仰ぎ見る。
(ああ……なるほど……)
全身を包帯で巻かれた筋肉質のでかい男が空から降ってきたら確かに怖い。どちらかと言うといかがわしい方の意味で。
セスは今気づいた事実を墓まで持っていくことに決めた。
グレイルと合流したので一旦フィーネを探す。こちら側に来てしまったとは言え、彼女はヒロインだ。可愛い格好でばぁ! なんて驚かせても可愛いだけで悲鳴なんてあがらないだろう。一番苦戦しているだろうと思い、二人は助け船を出すことにした。
彼女を探していると、突然どこからか騒がしい声が聞こえた。うおおおお! と鼓舞するような声。不思議に思って声のする方に足を向けた二人は、その光景を見て仰天した。
「はーい! じゃあ次は太ももチラ見せしまーーす!」
「うおおおおおおおフィーネちゃん可愛い!!」
「最高だよ君は!!!!!」
「じゃあお次は~猫ポーズ! にゃーん」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! んぎゃわいいいい!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 可愛すぎて死ぬーー!!」
たくさんの住人達が集まる一角で、屋根の上に登ったフィーネが様々なポーズを決める。フィーネが動く度に住人達が歓喜し、彼女の側に置いてある瓶にキャンディがザラザラと入っていた。
カートの美少年さで霞みがちだが、フィーネだって腐っても正ヒロイン。金色のクリクリした猫目は愛らしく、滑らかそうな白い肌も、ふっくらした体のラインも、そこらへんの女に簡単には負けやしない。
屋根の上で愛想を振り撒くフィーネを見て、グレイルが眉根を寄せる。
「なんだあれは……」
「なんていうか、悲鳴があがればなんでも良いん……ですね……」
ガバガバ設定のルールに、二人は呆れた表情でため息をついた。
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