第2話 お着替え
ジャックオランタンに連れられてきたのは、真っ黒い壁で覆われたお城のような建物だった。お城のような──というのは、ラザフォード国やエルデ・ラオにあるような本物のお城ではなく、お城の形をしたただの平屋という意味だ。まるで絵本から飛び出てきたような不思議な形をした建物の中に入っていく。中は簡素な作りだった。シンプルな一面の壁だけ。家具や建物は何も無し。ただ、壁にはたくさんの扉が備え付けられており、部屋は無数にあるようだった。
「じゃあルールを説明するよ。今からお前達は怪物の格好に着替えてもらって、その状態で町に出てもらう。住人がいたらなるべく多くの住人を驚かせて悲鳴をあげさせる。以上だ。簡単だろ? ケケケ」
確かにルールは至ってシンプルだ。たくさんの住人を驚かせて悲鳴をあげさせるだけ。なんだ、本当に簡単じゃないか。セスがホッと安堵のため息をついていると、レティリエがつと前に進み出る。
「でも、先ほどたくさんの悲鳴を集めた者からと言っていたわね? もとの世界に戻せる、戻せないの基準はあるのかしら」
「おっこっちのお嬢ちゃんも目の付け所がいいねぇ」
ケケケと笑いながらジャックオランタンがフヨッと空気中を舞う。
「期限は今夜。一晩でたくさんの悲鳴を集めてほしいが、足りなかった場合はやり直しだ。次の晩まで持ち越し。何度でも繰り返してもらうぞ」
「ええっそんな!」
フィーネが悲鳴をあげる。
「近年怪異達に驚く人々が減っていて、オレ達も死活問題なのさぁ。安心しろ、助っ人も呼んでおいたからヨッ」
全員がルールを理解したのを感じたのか、ジャックオランタンがフヨフヨと漂って壁面に備え付けられている扉のひとつの前に立つ。
「はいそいじゃお着替えするよ~女の子はこっちねケケケ」
ジャックオランタンが扉のひとつを開け、レティリエとアルテーシア、そしてフィーネが中に入る。残された男性組もそれぞれ案内されて別々の扉に入っていった。
────
中に入り、セスは後ろ手に扉を締めた。中はさっきの部屋と変わらない殺風景な部屋。否、部屋の真ん中に机が置いてあり、上に何かが乗っていた。近づいてよく見てみる。
「……服?」
机の上には、青い衣服と狼の……被り物のようなものが置いてあった。どことなく見覚えがあると思い、その顔がアルテーシアと旅を共にしている子狼のシッポとソックリであることに気がつく。
(これに着替えれば良いのか……?)
わけもわからないまま首を傾げていると、チョイチョイと誰かが自分の肩を叩く気配がした。振り返ってみたセスは、驚きに大きく目を見張った。
「フィーサス! どうしてここに?」
ふわふわと浮いている、フワモコの生命体はフィーサスだった。なぜフィーサスがここにいるかわからないが、顔馴染みの登場に、セスは顔を綻ばせた。
「ぷきゅ。ふぃぃ~~」
「ん? 何?」
フィーサスがぷきゅぷきゅ言いながら机の上に置いてある服を指差す。
「これに着替えろってこと?」
「ぷき」
フィーサスが縦に揺れる。肯定の意味だろう。わけもわからないままに、とりあえず身に付けている服を脱ぎ、置いてある衣装に着替える。そしてそこで初めて自分がとんでもない格好をしていることに気づいた。
(いやちょっと……これは……)
部屋に置いてある鏡の前に自分を映してみてセスは仰天した。上裸にブルーグレーの袖無し上着が一枚。そして膝丈までのズボン。今まで着たことがない位露出が多い格好だ。なぜこんな格好をしなければならないのか意味がわからない。唖然として口を開けているセスの所に、フィーサスがふぃ~と飛んで来る。
「ぷきゅ」
「え? 何? これもつけるの?」
フィーサスに渡されたのは狼の手袋とシッポの顔がついた狼帽子。これをつけるとまだなんとか見えなくもない……が、滑稽な格好であることには変わらない。なんとなくアルテーシアには見られたくないなとぼんやりと思っていると、反対側の壁の扉が開いてアルテーシアが顔を出した。
「ルシア!」
「セス……」
アルテーシアはなぜか恥ずかしそうにもじもじと扉の奥から出てこない。半分開いた扉の影に隠れ、顔だけこちらを出したままだ。
「ルシア、どうしたの? こっちにおいで」
「ぷきゅき。ふぃ~」
セスとフィーサスの言葉に、アルテーシアが恥ずかしそうに目を伏せながらゆっくりと姿を現す。アルテーシアも着替えを済ませていた。ふわふわのファーがついたビビットピンクのオフショルダーとお揃いの色のホットパンツにニーハイブーツ。いつも着ている清楚なワンピースに隠されていた華奢な肩まわりが露になり、白い肌が目に眩しい。ちらりと見える太もももふっくらと柔らかそうで、セスは落ち着かない気持ちになった。
「セス……私、恥ずかしいです」
もじもじと恥ずかしそうに胸の前で両手を組む恋人を前にして、セスはすっかり固まってしまった。何か気が利いたことを言えない自分が情けない。二人して真っ赤になって固まっていると、どこから現れたのかジャックオランタンがフヨフヨと飛んで来た。
「おっお嬢ちゃん似合うね~。ハイ、これ忘れないでヨッ」
ジャックオランタンが差し出したものは──狼の耳がついたカチューシャ。
「これは……つけないといけませんか?」
「もちろんだよ~じゃないとゲームに参加できないよ」
ジャックオランタンの言葉にアルテーシアがおずおずとカチューシャを手に取り、頭につける。今の格好も似合っていたが、狼耳をつけた彼女は──たまらなく可愛いかった。
「やだ……セス、見ないでください……」
「いや、ルシア……すごくその……可愛いよ」
思いきって本心を告げると、アルテーシアが頬を赤らめながらそっと上目使いで見上げる。
「その……セスも、可愛い……ですよ?」
「へ?」
情けない言葉が口から出た。そういえば自分もおかしな格好をしていたのだった。急に恥ずかしくなり、二人揃ってうつむく。初々しい恋人同士の甘い雰囲気に、フィーサスがやれやれと首を……体を揺らした。
「さぁて。他のやつらもそろそろ着替え終わった頃かな。いっちょ見てくるか」
そう言ってジャックオランタンが扉を抜けて消えていく。セスとアルテーシアは、とりあえず次の指示が出るまでこの格好でもじもじこの場にとどまることとなった。
──
一方別の部屋では。
「きゃーー! この服可愛い!」
黒魔女の格好に着替えたフィーネが鏡の前でくるりと一回転する。オレンジ色のファーがついた紫色のツーピース。ちらりと見えるオヘソがなんともセクシーでキュートだ。黒い猫耳のついた魔女の帽子を被って猫のシッポをつければ、愛らしい魔女っこのできあがりだ。
「この格好をカートが見たらなんて言うかなぁ。ふふっ私に惚れ直しちゃったりして」
優しく微笑む婚約者の顔を思い出して空想にふける。可愛すぎて食べちゃいたい、なんて言われたらどうしよう。そんなことを思っていると、なにやら反対側の扉から騒がしい声が聞こえてきた。不思議に思いながら扉を開けた瞬間、聞きなれた声が飛び込んできた。
「カーーーーーート! どうしたんだその格好は! 随分と可愛……おかしな格好じゃないか! なんだそのエッロ……不思議な格好は!!」
「邪魔だアーノルド。ボクにも見せろ」
視線の先には二人の男がいた。アーノルドとピアだ。二人は別の扉の前で押し合いへし合いしながら必死に中を覗きこんでいる。不思議に思ったフィーネは二人に近づき、後ろからヒョイと部屋の中を覗きこんだ。
「ピアさん! 先輩! 嫌です、あっちに行っててください!」
大好きな彼の声が聞こえる。そこにいたのはカートだった。だが、思っていたよりも随分と……露出の多い姿だった。半裸の上に着ているのは七分丈の黒い袖無しジャケットと黒いホットパンツ。だが、ジャケットの前は全開で胸元が露になっているし、ホットパンツから伸びている足は素足だ。服を着ているものの、ほぼ全裸に近い格好だった。両手で抱き締めるように胸元を隠すカートはもはや美少年を通り越してヴィーナスだった。
「何を言っているんだカート! よく見せろよ!」
「おいお前、誰に断ってカートの可愛い姿を見る権利があるんだ? お前はひっこんでろアーノルド」
「いーや! 俺は同じ騎士団に所属する者として後輩の服装をチェックする義務があります。魔導士様は黙っててください」
「なんだと? お前生意気だな! とりあえずそこをどけ細目!」
ピアがアーノルドを押し退けようとグイと体を押すが、普段から一応鍛えているアーノルドはびくともしない。鼻息を荒くしながら我先にと狭い扉を通り抜けようとして挟まっている二人はなんとも醜い姿だった。
「兄様、アーノルド。そこをどいて」
二人をグイと押し退けて無理やり中に入る。フィーネの姿を見たカートがパッと目を輝かせた。
「フィーネ! 随分と可愛い格好だね! よく似合うよ」
胸元を隠しながらカートが微笑む。エロ……可愛い格好をした美少年の笑顔は破壊力抜群で、女性であるフィーネも思わずドキリとしてしまう。背後で男二人が悶絶死する音が聞こえた。
「カート! ダメだ! 今の顔は禁止する! いやボクの前だけでやるんだ! こいつには絶対に見せるなよ!」
「カート! 今の顔でちょっと上目使いでこっちを見てくれないか? 一瞬でいいから!」
「もう! ピアさんも先輩もやめてください!」
カートが顔を真っ赤にしながら二人を見る。途端に二人は尊さのあまり地面に倒れ伏した。
「可愛いぃぃぃぃ!! さすがはボクの家族だ! この世で一番可愛いぞお前は!」
「ぐぁぁぁぁカートォォォォ!! お前は天使だぁぁぁぁ!!!」
地面に転がりながら二人が悶絶する。
「二人とも! フィーネだって可愛いじゃないですか。ホラ、愛らしい彼女を見てあげてくださいよ」
「おっ! フィーネ。世界で一番可愛いぞ」
「心臓がとまるかと思ったな」
「温度差がひどい!!!」
フィーネの咆哮が部屋に響き渡った。
───
はたまた別の部屋では。
「ぎゃーーははははは! ひーー! 腹がいてぇ!!!」
「ちょっ……ローウェン、笑っちゃかわいそ……プクク」
「お前ら……」
ローウェンが腹を抱えて笑い転げ、クルスが笑いをこらえながら目尻の涙を指でぬぐう。視線の先には二人を死んだ目で見つめるグレイルがいた。しかし、その格好は全裸に包帯をぐるぐると巻いただけ。包帯と包帯の隙間から鍛え上げられた筋肉の筋や血管がチラリズムしている。
「だってお前だけ服じゃねーんだもん! なんだよ全裸包帯って! 面白すぎるだろ!」
「グレイルってネタキャラだったんだね。美味しいポジションだよ」
「言っておくがクルス。それはフォローになってないからな」
笑い転げる二人にグレイルが静かに返す。しかし、残念ながらほぼ全裸の大柄な包帯筋肉男はビジュアルとしてはインパクトがありすぎた。笑いすぎて涙をぬぐいながらローウェンがグレイルの肩を叩く。
「いやー良いもん見せてもらった。だけど、たぶんレティならどんなお前でも喜んでくれるよ」
「そうそう。彼女はどんなグレイルでも大好きだから……ぐっ」
「おいクルス。笑いを堪えきれてないぞ」
照れ隠しにムッツリと押し黙るグレイルだったが、レティリエの名前を聞いてハッとする。
「レティ……! そういえば彼女はどうなったんだ!?」
「わかんねぇ。けど、お前がその格好だから彼女も同じかもしれねぇぞ」
「なんだと? 彼女にこんな格好をさせるわけにはいない!」
グレイルがあわてて隣の部屋の扉を叩く。一瞬の沈黙のあと、カチャリと音がして扉が静かに開いた。
「レティ……大丈夫……か……」
そのあとは続かなかった。そこにいたのは、羞恥で瞳を潤ませながら自分を見上げるレティリエの姿だった。きめこまかな肌に覆われたなまめかしい肢体を隠しているのは包帯のみ。かろうじて下着はつけているようだが、胸元は完全に包帯しか巻かれていなかった。包帯で押し潰された豊かな胸が窮屈そうに谷間をくっきりとかたちづくっている。包帯の間から見える肌色が目に毒だ。
一言で言うと、全然大丈夫じゃなかった。
「レティ、お前……」
「グレイル、どうしよう。私、こんなの恥ずかしいわ」
レティリエが瞳を潤ませながらすがりついてくる。反射で彼女の体を抱き締めると、柔らかい肢体と滑らかな肌の感触がダイレクトに伝わってきた。包帯で覆われていると言え、ほぼ全裸で抱き合っているのと一緒だった。そんな場合ではないのに、体の奥で自分の雄としての本能がゆらりと蠢くのを感じ、あわてて脳内でローウェンとクルスを同じ目に遇わせる。だが、全裸包帯の二人を想像しても気持ち悪いだけで特にメリットはなかった。扉を開けたまま中に入らないグレイルを不思議に思ったローウェンがグレイルの肩を叩く。
「おーい、レティはどうなってんだー?」
「まさか彼女も同じ格好……」
「おいお前ら絶対に見るな!!!」
グレイルがローウェンとクルスの頭をわしづかみにして大地に沈める。
「見たら殺す」
「おまっ……同族殺しすらできなかった……の……に……」
「愛は信念をも凌駕するんだ……ね……ローウェ……ン……」
床とひとつになり意識を手放す二人と仁王立ちする全裸包帯の男。この建物内で最もシュールな光景だった。
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