3・支配




戦争が始まってから、一気に、いろいろなものが消えてしまった。




ナチス・ドイツの支配下となったこの国では、




権利や自由など、何一つ存在しなかった。




ポーランドの文化や誇りは、ナチスの奴らにことごとく奪われていった。




町の教会は焼き払われ、無数のポーランド語の本が燃やされ、灰となった。




国の未来を潰すため、




知識層といわれる教師や学者などが、大勢逮捕されたり、銃殺された。




あたしの担任の先生も、その一人となった。




担任の先生がいなくなった教室で、あたしたちポーランド人の子どもは、




とにかくドイツ人に服従するということを学ばされた。




あたしたちは、常に見張りのドイツ兵がいる中で授業を受けた。




少しでも奴らの規則に違反しようものなら、厳しく罰された。




ポーランド語で話そうとしただけで、鞭で打たれることもあった。




自分たちの支配者がドイツ人であると意識すること、




自分たちがポーランド人だとは忘れること。




それらのことが、徹底的に、子どもたちの頭に植え付けられた。




ポーランドは、本格的に、破壊されようとしていた。




しかし、ナチスが最も見下しているのは、やはりユダヤ人だった。




ユダヤ人たちは、学校に行くことも、今までの職場で働くことも、




あらゆる公共施設に立ち入ることも、公園に入ることすら、全てを禁じられた。




そして、外出する時には、星印の腕章を付けるということを義務付けられた。




一目見ただけで、ユダヤ人だと分かるようにするためだった。




あたしは、ずっと、レメックと会えていなかった。




こんなに会えていないのは、初めてのことだった。




会いたくて、話したくて、たまらなかった。




だけど、レメックのお母さんの言葉を思い出して、




会いに行こうと思っても足が止まった。




レメックのお母さんのことも大好きなので、傷つけるようなことはしたくなかった。




けれど、やっぱり、レメックに会いたくて仕方がなかった。




レメックのいない教室は、とても殺風景で、寒々としていた。




彼は、いつもクラスの人気者だったから…。




人気者を失った上に、ドイツ兵に監視されながらの危険と隣り合わせの日常。




クラスは、すっかり暗く、落ち込んでいた。




子どもたちの目から光が消え、笑顔がなくなった。




あたしの心も、暗く沈み込んでいた。




改めて、レメックの存在が、自分の中でどれほど大きいものだったのかを知った。




レメックの笑顔を見るだけで、元気をもらっていた。




あの日々には、もう戻れないのだろうか…。




戦争が始まる前の、あの日々に戻りたい……。




レメックと一緒に過ごせた、あの頃に戻りたい……――。




心が、切なさと寂しさで、壊れかけていた。




しかし、追い打ちをかけてくるように、状況は悪くなるばかりだった。




ナチスは、さらに、あたしたちの生活を追い詰めていった。




食料は配給制になり、券がなければ、何も手に入らなくなった。




しかも、その配給自体も名ばかりのもので、




あたしたちは、どんどん飢えさせられていった。




子どもも、大人も、みんなが空腹の日々を過ごすことになった。




あたしも、いつもお腹を空かせるようになった。




そんな中、季節は冬に入り、寒さまでもが、あたしたちを襲った。




飢えと寒さに、人々は苦しめられた。




けれど、それ以上に、心の方が、ずっと辛かった。




あたしは、冷えた体と空腹を抱えながら、ずっと同じことを考えていた。




このまま、ずっとレメックとは会えないのだろうか…。




レメックは、毎日、どうやって過ごしているんだろう。




この苦しい日々を、どう思っているんだろう。




あたしと会えていないことを、少しでも、寂しいと思ってくれているんだろうか。




彼も、あたしと同じような気持ちでいるのだろうか……。




レメックのいない日々は、光のない、ぼんやりとした世界のようだった。




けれど、あたしの想いを分かってくれる人はいなかった。




両親は、あたしを追い詰めるだけだった。





「これでいいんだ」





と父は言った。





「今までが間違っていたのよ」





母も言った。




あたしの心は、とうとう限界に達した。





「…あたしが何を間違ってるっていうの!?


レメックは、たった一人の友達なんだよ!!


たった一人、あたしを見捨てないでいてくれたんだよ!!


だから、あたしだって、レメックたちを見捨てない!!!


ユダヤ人だからって、ポーランド人だからって、ドイツ人だからって、


そんなのは関係ない!!


ユダヤ人だから付き合っちゃいけないなんて…


お父さんとお母さんは、ナチスの奴らと同じだよ!!!」





確かに、あたしたちポーランド人は、ナチスにひどいことをされた。




けれど、ユダヤ人を差別し、苦しめたのは、ナチスだけではなかった。




ユダヤ人たちの悲劇を大きくさせたのは、




あたしたち普通の市民でもあったのだ―――。




最後の日が訪れたのは、それから間もなくのことだった。




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