第壱話 魔の交差点(Ⅱ)

同じ頃、国家公安委員会――


「外事二課から珍しい事例が報告されている」

「拝見します」


渡された資料を見ているのは、修道服を来た老女である。

一通りを見終えた老女は、スマホを取り出した。



「晶かい? S県へと行っとくれ。そこに陣内という警視庁の刑事がいる・・・。かなりヤバいヤマだよ」


そう言うと通話を切る。


「手数を掛けてしまうな。零課には・・・」


国家公安委員会の最上階から、新たな物語が動き始めていた。




翌日――

××交差点では隼人と范が改めて現場検証を行っている。


「やはり、特に問題となるものは無いな」

「はい、県警の信号管制システムにも異常は見受けられないようです」

「だとすると・・・」


そこにS県警のパトカーが到着し、中から1人の男が降り立った。


「御足労をお掛けして申し訳ありません。不動院准教授」

「いえ、科捜研からも依頼が有りましたので・・・」

「何か?」

「確か、陣内さんは警視庁の組織対策4課でしたよね。交通課に移動を?」

「そうではないのですが、偶然・・・」

「なるほど。先ずは現場を確認しましょう」


隼人に案内される形で神酒は交差点のアチコチを見て回る。

水平器を使ったり、レーザー式巻尺を使ったりして計測した数値を現場の見取り図へと書き込んでいく。


「陣内警部補、あの方は?」

范がそっと聞く。

「西京大学の物理学准教授だ。科捜研も彼の鑑定眼は高く評価している」


「すみません。この一か月の事故発生時刻は分かりますか?」

「こちらに」

直近一か月の事故発生時刻の一覧を見た神酒・・・


「事故の原因は、蒸発現象でしょう」


蒸発現象とは、自動車の運転者から見て、歩行者が見えなくなる現象のことの総称である。薄暮時や夜間に自車のライトの光と対向車のライトの光が重なった場所は互いの光が干渉し合い、その一角が見えなくなってしまう場合がある。

特に歩行者が見えなくなる事が多く、被害程度の大きな事故にも繋がりやすい。

他にも雨天の場合などに、ライトの光が乱反射を起こすことで同様の現象が発生しやすくなる。


「交差点の傾斜や路面の性質などから見ても、ここでそう多くの事故が発生する要因とはなりません。交差点の外部要因より、事故を起こした運転者の人的要因ですね」

「人的要因ですか?」

「飲酒や薬物中毒、精神的不安定要素・・・。過労や注意力散漫なども考えられますが、それでもこの状態ではっきりと危険を見落としたとすれば人的要因と蒸発現象が重なったと考えるのが妥当です」

「事故を起こした方達の検死報告に、何かの反応所見はありませんでしたか?」


「相変わらず下らん理屈だなっ!」

神酒の説明を真っ向から切り捨てるかのようなセリフに皆が振り向いた。


そこには・・・


まるで葬儀へと向かうかのような漆黒のパンタロンスーツに身を包んだ黒髪の女性の姿。


「また、お前かっ! 晶っ!」

「こんな所で会うとはな、お神酒」

「だから、俺をお神酒と呼ぶなっ!」

「何度でも言うが、お神酒はお神酒だ」

語気を荒げる神酒に我関せずという顔で晶は范へと歩みよる。


(あの時の・・・)

范はマンゴローブの火葬の時に出会った事を思い出す。

(そう・・・。あの時、この人が私の名前を聞いてくれた・・・)


ハンと名乗った答えに、更にもう一度尋ねたのであった。

ファミリーネームを尋ねるように・・・

そして、ハンは矢板と答えた。

(あの時、この人のお蔭で生きる道を見つけた・・・)


范も晶へと歩み寄り、2人が向かい合う。

「あの時は、有難うございました」

深々と頭を下げる范。

「そうか・・・。自分の道を見つけたか」


(あれは、不動院晶・・・)

同じくマンゴローブの火葬の時に見ている隼人。

あの飛鳥井でさえ直接会う事など無い相手と言っていた事を思い出す。


「あの・・・」

声を掛けようとした隼人に晶の視線が向けられる。


「ここの責任者は貴方?」

「そうですが・・・」


晶はスマホを取り出し電話を架ける。


「えぇ、そうです。状況の説明を・・・」

晶は自分のスマホを隼人へと渡す。


(この電話に出ろという事か?  相手は誰なんだ?)

隼人は、逸る気持ちを抑えて通話ボタンを押す。


「もしもし・・・」

「陣内か? 私だ」

「飛鳥井課長!?」

「黙って聞け。この案件は国家公安委員会心霊対策部が介入する。S県警本部長も承諾している」

「ど・・・、どういう事ですか?」

「そこに居る彼女は、零課の者だ。だが、決してその正体を他言してはならない」

「・・・」

「西京大学の不動院准教授は?」

「ここに居られますが?」

「2人の行動は全て自由にさせておけ。解決するまでお前が現場の指揮を取れ、いいな!」

「わ・・・、分かりました」

通話を終えたスマホを晶へと返す隼人。


「あの・・・。不動院さん・・・」

「貴方は自らの職責を全うする事だけを考えなさい。さて、お神酒?」

隼人が何かを聞こうとするが晶は一向に気にする事も無く、神酒へと視線を向ける。


「事故の原因は蒸発現象?」

「そうだ」

「人影を見失う事はあっても、対向車そのものを見失うものなのか?」

「時と場合によってはな・・・。それと非常時には人間の判断力は著しく低下する」

「それで?」

「正常な回避行動を取れなかった結果、正面から衝突する事例も無くは無い」

「人的要因は?」

「検死報告書を調べれば何らかの共通点が見つかる!」

「何も無いと思うぞ」

「なぜ、そう言い切れるっ!?」

「これは、私の分野だからだ」

「相変わらずの心霊現象か?」

「お神酒の無理な科学理論よりは正しい」

「何だと!?」


今にも掴み掛かりそうになる神酒を隼人が寸での所で静止する。

「まぁ、落ち着いて下さい、不動院准教授。それと・・・、不動院さんも」


「今、何時だ? 范?」

急に晶が范に時間を尋ねる。

「16:15・・・」

「18:00前にここに来い。真実を見せてやる」

「何を、下らん」

「念の為、救急車を数台待機。それと、ここから最も近い救急搬送可能な病院もキープ、交通整理の警察官も20名位待機と言う所か」

隼人を見て、ニヤリと笑う晶。

「お前、そんな身勝手な事がっ!」

晶は神酒が口を挟もうとするのを無視して隼人に視線を向ける。

「陣内警部補! ・・・可能ですよね?」


国家公安委員会の飛鳥井、そしてS県警の本部長まで巻き込んでいるのだ。


(出来ないとは言えないか・・・)

黙って頷く隼人だった。



※本話は、【東京テルマエ学園】の『第70話 不動院兄妹』とリンクしております ※















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