第壱話 魔の交差点(Ⅰ)

S県某所――


夕暮れ時の交差点脇に花を供える女性の姿・・・

歳は20代前半であろうか。

交差点脇に花を供え、線香を焚く・・・

しばらくその場に座り込んで嗚咽を漏らしながら祈りを続けた後、近くにある警察署へと向かう。




S県警某警察署――


「また、あんたか・・・」

交通課と書かれた看板、受付に当たっていた警察官が辟易した顔を見せる。


「お願いします。もう一度・・・、もう一度だけ調べて下さい」

「そう言われても・・・。自損事故って鑑識の結果も出てるんだから・・・」

「あの人は・・・。事故なんて起こす筈が無いんです。だってっ!」

何かを言いかける女性の目の前に手を広げて差し出し言葉を遮る警察官。

「言いたい事はよく分かります。でもね、事故の当事者の関係者は皆さんがそう仰るんです」



面倒な相手に関わり合いたくないという気持ちが言葉の端々に感じられる。

現にそのやり取りを見聞きしている他の警察官達も憐憫の情をその目に宿していた。



(婚約者だったかな・・・。あの事故で亡くなったのは)

(可哀そうだとは思うけど・・・)


その時、交通課に置かれた無線が鳴った。


『××交差にて事故発生! 重傷者2名、付近のPCは現場へ急行せよ』

『S203了解、救急同着』

『S106増援入る』


そのやり取りを耳にした女性が立ち上がり、外へと駆け出した。

「また現場で大騒ぎかよ・・・。たまらねぇなぁ・・・」



事故の起きた交差点は先ほど、この女性が献花していた交差点であった。

息を切らしながら駆けつけると、周囲を見回し泣き崩れる。


「また・・・、また・・・。わあぁぁぁぁぁっ!」


現場整理に当たる警察官や怪我人を搬送しようとする救急隊員は、またかという顔を見せている。

その中で2人、泣き叫ぶ女性へと近づく者が居た。


「どうしました? 大丈夫ですか?」

スーツ姿の男性は声を掛けるが、決して手を触れようとはしない。

昨今、こういった場面であっても勝手に体に触れればセクハラとされる事も多い為だろう。

「どうしますか?」

スーツ姿の男性の隣に居た背の高いショートカットの女性が話しかける。

パンツタイプのスーツが良く似合っている。


「交通往来の妨げになると誘発事故もある。安全な所へとお連れしてくれ、矢板」

「分かりました、陣内警部補」


「さぁ、歩けますか? あちらでお話をお聞きしますよ」

ヨロヨロと立ち上がった女性は、反対側の車線に止められている覆面車へと案内される。



「陣内警部補ですね?」

「そうですが・・・」

「S県警の山田です。この男ですか?」

「えぇ、間違いありません。萬度の・・・」


この日、警視庁組織対策4課は旧萬度のメンバーを逮捕する為にS県へと訪れていた。

だが、偶然に事故を起こし即死していたのである。


「残念、でしたね」

「被疑者死亡となれば、致し方ありませんが・・・。こんな所で事故とは・・・」


隼人はぐるりと周囲を見回す。

(特に何の変哲も無い交差点・・・、見通しも悪くない。どうして?)

ふと、思い立った隼人が尋ねる。


「先ほどの女性は?」

「ここで事故が起きるといつも現れるんです」

話していた山田という警察官の横から交通鑑識の腕章をした初老の男が口を挟んだ。

「あ、失礼。交通鑑識の川畑です」


川畑の話によると、先ほどの女性は谷山仁美と言い、ひと月ほど前にこの交差点で婚約者を事故で亡くしているという事だった。


「まぁ、しつこいっていうか・・・。事故の原因は別のものだからって言って聞かないんですよ」

「別のもの?」

「・・・、呪われているからって」

「呪い?」

「そう思いたい気持ちも分からなくは無いんですが」


(確かに変か・・・。こんな交差点でひと月に連続して事故とは・・・)

「ここでの事故件数は?」

「いや・・・、その・・・」

川畑は頭を搔きむしりながら言いにくそうに話し出した。


「今月に入って、8件目です。何か理由があると色々と検証はしているんですが・・・」

「ひと月で8件もっ!?」

「いつも、この18:00頃に集中していて・・・」

隼人は慌てて時計を見る。

時計は18:32を表している。

事故発生かの経過した時間を含めて考えると、凡そ30分という所であろう。


「ちなみに、先ほどの女性の婚約者の事故時刻は?」

「・・・、18:01。事故発生の報が入った時刻です」


辺りには、重苦しい雰囲気が広がっていた。

コンコン


隼人が車のドアをノックする。

ドアが開き、范が降りて来た。


「状態は?」

「少し落ち着いたみたいですが・・・」

「どうした?」

「その・・・。婚約者は連れていかれたと・・・」

「連れていかれた?」


「少し、話を聞かせて頂けませんか?」

そう言う隼人に、仁美はコクリと頷いた。



その夜、最寄りの警察署で仁美から話を聞いた隼人は愕然とした。

問題となっている××交差点では、ここ1年程の間に立て続けに事故が発生し、その当事者は全員が死亡していたのである。


その原因を突き止める為に翌朝、隼人と范はS県警交通司令部を訪れ事故の発生状況を調べる。

無論、所属外の隼人達がここまで奥深く調べる事が出来たのは、飛鳥井丈からの力添があった事は想像に難くない。


「1年前と変わった事と言えば、信号機を取り換えたくらいか」

「老朽化による交換ですね。予算書にもちゃんと計上されてます」

「電灯式をLEDへ交換、視認性が上がって事故は減る筈だが・・・」

「逆に爆発的に増えた・・・」

「何故だ・・・?」


考え込んでいた隼人が思い立ったように電話を架ける。


「西京大学ですか? 物理学の不動院准教授へお取次ぎ下さい」



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