前日譚(Ⅱ)

「この男か・・・」

ベルゼブブが異界からある男を見ていた。

その視線の先に居るのは、峰流馬である。


「この男の先祖が隠した財宝にベルゼブブ様の封印が貼ってあったみたいですよぉ」

「財宝を掘り起こした子孫が偶然、封印を破るとは・・・。面白い・・・」

「でも、この男・・・」

「なかなか強いモノを背負っておりそうだな・・・。乱世を生き抜いたような」

「400年位前みたいですねぇ」

「ワレの憑代となるに相応しいか否か・・・。しばらく、様子を見るとしよう」

「ですね・・・。それと、嫌な奴らが・・・」

「分かっておる・・・。バチカンの祓魔師め、忌々しい・・・」

ベルゼブブの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。


「まだ、青二才・・・。リリス、遊んでやるか?」

「えーっ、あんなのパパパッで終わっちゃいますよぉ」

「では、下級の悪魔でも忍ばせておくとするか・・・。ウコバク、遊んでやれ・・・」


暗闇の中で何かが蠢き、黒い光が山中の隧道へと走った。




「ここだな・・・」

トミーと摩沙巳が訪れたのは、田部泰三の事務所である。


「ここの社長・・・、田部泰三があの隧道工事をしたらしい・・・」

「何か、目的があったんでしょうか?」

「県議会議員になる為のデモンストレーションという評判だが・・・」

「本音は別の所に?」

「分からん。だが、摩沙巳・・・」

「何でしょうか?」

「君も祓魔師としては認められているが今回は調査だけにしろとの事だ」

「トミー」

摩沙巳は強い意志の籠った視線が向ける。


「どうした?」

「私も祓魔師です。その時が来れば、トミーと一緒に・・・」

「・・・」

トミーを慕っている事が伝わって来る。

少し考え込んだ後、トミーが口を開いた。


「摩沙巳、我々祓魔師は・・・。生きて帰る事が何よりも優先される、それを忘れるな」

「・・・、分かっています」

「行くぞ・・・」


トミーと摩沙巳は泰三の事務所へと歩を進めた。



「ごめん下さいっ!」

事務所の扉を開けたトミー。


「はいはい、何ですか・・・っ!?」

応対に出て来た事務員が2人の出で立ちを見て驚く。

こんな田舎町に修道服を来た2人、しかも一人はどうみても外国人である。

驚かない訳が無い。


「えー、アイ キャント スピーク イングリッシュ!ノウ、キリスト!ノウ宗教!グッバーイ!」

慌てた事務員は宗教の勧誘と勘違いしているようだ。


「社長さんにお会いしたいのですが?」

トミーの流暢な日本語で事務員は少し、落ち着きを取り戻す。


「社長っ! お客さんですよ~っ!」

「何だ何だ、騒がしいっ!」

奥から現れた泰三はトミー達を見て、一瞬ギョっとしたものの体裁を取り繕う。


「あー、チミ達。何の用かね?」

わざとらしく鷹揚に振る舞う泰三。


「あの隧道工事の事ですが・・・」

「あれは・・・。そう、地域住民の為にやった事だからして・・・」

「いえ、そう言った事では無く・・・」

「ん・・・?」

「あの隧道から何か発見されませんでしたか?」

「な・・・、何かとは?」

「・・・、見慣れないモノとか?」


泰三の顔が一瞬、引きつる。

(こいつら、埋蔵金の事を・・・。一体、どこから嗅ぎ付けたんだ? 目的は修道院への寄付金か?)


泰三が誤解するのも当然の事であろう。

だが、この時の泰三の考えが後に大きな災いを引き寄せる事になってしまうのである。


(ここは流馬の事も黙っておく方が得策だな・・・。知らぬ存ぜぬで通しておくか)

そう考えた泰三。


「いや、あの工事は現場の監督に采配を任せておったのでな。まぁ、儂は金を出した訳だが・・・」

「その監督さんは今、どちらに?」

「さぁ、流れ者の監督と作業員ばっかりだったんで・・・。今は何処に居るのか・・・、儂はよく分からんのだよ」

「地元の工事関係者が1人もいないなんて。それって、おかしくないですか?」

摩沙巳が突っ込む。


「いやいや、お嬢ちゃん。この業界はそんな奴等が多くてなぁ・・・」


シラを切り通そうとする泰三。

(何かを隠している・・・。だが・・・)


トミーと摩沙巳にはそれを追求する権限はない。

それが分かっているから泰三もしらばっくれているのだ。


「分かりました・・・」

「トミー?」

意を唱えようとする摩沙巳を軽く手で押し止め、泰三に話しかけるトミー。


「隧道の中へは入らせて頂いても?」

「あぁ、構わんよ。皆さんに通行して貰う為に工事した訳だし・・・」

「有難うございます。摩沙巳、行きましょう」

「でも・・・」

不満げな摩沙巳を連れて泰三の事務所を出るトミー。



「嫌な予感がする。日没までに中を確認しておきたい」

「日没までにですか?」

「そう、夜になれば彼奴らの力が増す・・・」


慌てて時計を見る摩沙巳。

時計は午後3時を少し過ぎていた。

「2時間と少しか・・・。十分な準備は出来ないが・・・」



隧道へと戻るトミーと摩沙巳、果たして何が起きようとしているのだろうか。




再び隧道前へと立ち戻ったトミーと摩沙巳。


「んっ、あれは?」

トミーが隧道から出て来た青年を見つける。

(なぜだ・・・。不穏な気を感じたような・・・)

青年が側を通り抜けようとしたその時・・・


「ワォッ! ごめんなさーいっ!」

トミーが手を滑らせて、持っていた小瓶の液体がその青年に降りかかった。


「おいおい、いきなりなんだよっ!」

小瓶の蓋を締め直したトミーが持っていたハンカチで水らしき液体のかかった所を拭く。

(何も反応無しか・・・)

その様子を摩沙巳もじっと見ている。


「あー、もういいよ。大したことじゃないし・・・。でも、あんたら珍しいな」

「何が、でしょうか?」

「何て言うか・・・。教会の人だろ? ここらに教会なんて無いのに・・・」

「ワタシ達は神の教えを・・・」

「いや、勧誘だったら勘弁してくれ。俺は、そう言ったものは・・・、信じない」

一瞬、摩沙巳の表情が曇る。


(こいつ・・・。何者かを宿している・・・)

摩沙巳の不穏な視線に気が付いたトミーはわざと明るく話を続ける。


「無理にとは言いませーん。また、機会がありましたら・・・」

「そうだな、袖振り合うの多少の縁と言うしな。あんたら、名前は?」

「ワタシは、トミーです。こっちは、摩沙巳」

「トミーさんとマサミさんか・・・。俺は、峰・・・。峰流馬、何処かで会ったら酒でも飲もうぜ」

「峰さんはこれからどちらへ?」

「知り合いの爺さんの見舞いにな」

「そうですか、神の御加護がありますように」

流馬に十字を切るトミー。


「ありがとよ。あんたらも気を付けて」

「はい。有難うございます」



歩き去る流馬の姿が遠くなるのを待って摩沙巳が話しかける。


「トミー、あの男、怪しくないですか?」

「摩沙巳、気負い過ぎだ。 聖水を掛けても何も起きず、祈りを捧げても嫌がる素振りさえ無い・・・。普通の人間だよ」

「いや、私には・・・。あの男が・・・」

この国の者であるが故に感じた事を伝えようとする摩沙巳の言をトミーが遮る。


「摩沙巳、今はここを調べるのが先だっ!」

「はい・・・」

「日没まで、恐らく1時間と少し。急ぐぞ」

「分かりました・・・」


この時、装備を整えて出直すべきであったが、この時の2人には先を急ぐ事しか見えていなかったのである。


そして、それが大きな禍を引き起こす事になるのだった。


※本話は、【東京テルマエ学園】の『第7話 ミネルヴァ誕生秘話』とリンクしております ※



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