― 縁 ― (enishi)

和泉はじめ

前日譚(Ⅰ)

1976年(昭和51年)――

長野県のある温泉郷近くの隧道で1人の男がある封印を破った・・・




シリアの首都ダマスカスから北東に約200km行けば、そこはシリア砂漠と呼ばれる地である。

その砂漠の中にパルミラと呼ばれる神殿の遺跡がある事はあまり知られていない。



パルミラ遺跡――


遺跡の奥深くに安置されている禍々しい像に一羽の何かが舞い降りる。

蝶・・・、ではない。

蛾・・・、でもない。

凡そ昆虫らしからぬその姿、まるで人間のような体躯。

だが、その背にはトンボのような羽が4枚生えている。

大きさは・・・、身長30センチといった所だろうか。

一見すれば少女のような風貌。

だが、近寄ってはならない異様さが漂っている。


その何者かは禍々しい像の耳らしき所で羽ばたきをして空中に停止している。



「ベルゼブブ様ぁ、封印が破れましたよ」

少女のような愛くるしい顔立ちの何かが語り掛けると像の中から黒い影が現れる。

像を崩すとか、這い出して来るのではない。

閉じ込められていた器を素通りするようにして出て来ている。


「リリスか、久しいな」

「はいっ、ベルゼブブ様ぁ」

先ほどまで像の周りを飛んでいた何かは名を呼ばれ嬉しそうに応える。


「忌々しい、12の封印。その一つがやっと外れたか」

「偶然みたいですけどねぇ」

「それで、何処で封印が破られたのだ。エジプトかそれとも、ローマか?」

ニヤリと笑ったその顔は正に悪魔そのものである


「オリエントの外れの島みたいですよぉ。今はニホンとか言うみたいですぅ」

「ニホン・・・。知らんな・・・。だが、我が封印が解けたのであれば・・・」

「そこを足掛かりに・・・。ですよね」

「その地にどんなモノが居るのかは知らんが・・・。全ては・・・」

「でも、まだ御復活から時間が経っていませんのでぇ・・・」

「ワレを止められる者など居らぬ、もう少しすればな・・・」

「うふふっ」


ベルゼブブとリリスの姿は闇に消え、後には砂漠の乾いた風だけが吹いていた。




「ここか・・・」

渋温泉郷近くの隧道を訪れている2人が居た。

20歳くらいの男性と少し年下に見える女性である。


こんな所に旅行に来る者も珍しいが、もっと異質なのは二人ともが修道服を身に纏っている事だろう。


「トミー、こっちへ来て下さい」

修道服姿の女性が体を震わせながら、男性を呼ぶ。

「摩沙巳・・・。これは大事(おおごと)だ・・・」

2人が見ているのは、先日改修が終わった隧道である。

人目には何の変哲もない古い隧道・・・

だが、この2人は異質な何かを感じ取っていた。




話は少し遡る・・・


バチカン市国 教皇の間別室――

普段は誰も入る事の無いこの部屋にカトリック教会の12選定枢機卿が集まっていた。


12選定枢機卿とは、表に決して出る事の無い司教達である。

その存在は、ただ祓魔師の育成と世界各地で起こる悪魔の仕業とされた事件解決の為にエクソシズムを行う影の存在である。


「日本で大きな封印が破られました」

「悪魔・・・ですか?」

「恐らく・・・」

「どの程度の・・・?」

「魔王クラスかと・・・」

「日本に居るエルバは?」

「トミー・ジョセフ・オルガンチノが居りますが・・・」

「トミーはエルバとして、まだ2年。早すぎます」

「いや・・・。もう1人・・・。烏藤摩沙巳が・・・」

「摩沙巳か・・・」


教皇は黙って考え込み、しばらくして口を開いた。


「トミーと摩沙巳に現地調査を・・・。だが、調査だけと念を押しなさい。決して、深入りはするなと・・・」

枢機卿たちが静かに頭を垂れる。


(他の祓魔師を送るまでの間で良い・・・)



エルバとは、世界各地に送り込まれた教皇庁直轄の祓魔師である。

日本の戦国時代に敵地へと送り込まれその土地の者として生涯を閉じ、子孫にその役目を引き継がせた『草』と呼ばれた者に近い。

エルバという言葉もイタリア語で草という意味であり、果たしてどちらが先にこの言葉を使いそして訳されたのかは分かっていない。



トミー・ジョセフ・オルガンチノはこのエルバとして、2年前に日本へと送り込まれていた。

現在は、神戸・有馬温泉で表向きはパン屋を営んでいる。

トミーの発案した、炭酸パンは土産物としてよく知られているが味の評判は良くない。


烏藤摩沙巳は熊本出身であり、日本人初の祓魔師である。

指導にあたった枢機卿達も、自分達の知っている神ではない何か別の聖なる力を宿していると口を揃えて報告している。



この2人が揃ってこの隧道を訪れたのは、教皇庁からの指示である。

だが、教皇庁が指示したのは調査し報告する事。

果たして、どのような事がこの2人を待ち受けているのだろうか・・・


※ 本話は、【東京テルマエ学園】の『第7話 ミネルヴァ誕生秘話』とリンクしております ※

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