ゆかりの章(其の四)

月日は流れ、【ル・パルファン】でのゆかりの地位は誰もが認める不動の№1となっていた。


「香花さん。3番テーブル、お願いします」

「香花さん。次は、5番テーブルお願いします」


客からの指名も矢継ぎ早であり、多忙を極めるゆかり。


「ママの見立て通りでしたね。香花さんは・・・」

瀬尾が話しかける結衣の隣に立っている女性が居た。


「瑠花ちゃん? どう?」

瑠花と呼ばれた女性が不敵な視線をゆかりへと送る。


「さすが、№1ですね。でも・・・」

「でも?」

結衣が面白そうに微笑んだ。


「わたしが香花さんを抜いてみせます」

コケティッシュな魅力はゆかりとは正反対の客層をしっかりと掴んでいる。


「いずれ・・・。抜いて見せるっ!」

瑠花の視線を感じて振り返るゆかり。


「瑠花ちゃん、どこまで付いて来れるかしら・・・」


この2人の№1争いは、しばらく続く事になる。

常にゆかりの勝利だったのだが・・・




2016年・ゆかり 25歳――


いつものように接客に勤しむゆかりを瀬尾が呼びに来た。


「香花さん、VIPルームにご指名です」

「あ、はい」

いつもと違う瀬尾の表情に何かを感じるゆかり。


(VIPルーム? 一体、誰? いつも、ママがお相手している筈なのに・・・)

急ぎ、VIPルームへと向かうゆかり。


そのゆかりを見つめるもう一つの視線・・・

(ついに来てしまったのね・・・)

意味深な笑みを浮かべていたのは、結衣であった。



「失礼します。香花です」

VIPルームの扉を開ける。

「久しぶりだな。まぁ、入り給え」

「・・・!?」

ゆかりを待っていたのは、【ル・パルファン】のオーナーであるミネルヴァだった。


「何を突っ立っているのかね。かけたらどうだ・・・」

薄ら笑いを浮かべ、手招きするミネルヴァ。


(私とオーナーだけ・・・?)

まるで人払いでもしているかのような雰囲気に緊張するゆかり。

だが、意を決しミネルヴァに酒を注ぐ。


「香花・・・。確か、草津温泉の生まれだったか?」

「・・・子供の頃の話です」

(草津出身と、誰かに話していた・・・? 覚えがない・・・)

ミネルヴァの言葉の意味を測りかねるゆかり。


「【季】たちばな・・・。だったか? 良い旅館だ・・・」

(・・・っ! 何を言いたいの!?)

ゆかりの顔に緊張が走る。


僅かな沈黙の後。ミネルヴァが口を開く。


「橘・・・、紗矢子が憎かろう?」

「なっ、なぜっ!?」

思わず立ち上がるゆかり。


自分が【季・たちばな】の娘である事も、紗矢子との関係も誰にも話した事など無いのにそれをなぜミネルヴァが知っているのかと狼狽する。


「ちなみに・・・。結衣から聞いたのでは無い」


(オーナーが調べた? どうして?)

頭の整理が付かないゆかり。

更にミネルヴァの言葉が続いた。


「紗矢子を見返してやろうとは思わんか? ゆかり君?」


(わたしが、橘ゆかりだと言う事も知っている・・・。その他の事もきっと・・・)

ゆかりの目に覚悟を決めた光が宿る。


「それで・・・。どういったお話でしょうか?」

落ち着きを取り戻した香花は座り直し、真っ直ぐにミネルヴァへと視線を向ける。


「儂がそれを成し遂げさせてやろう・・・。と言ったら?」

悪魔のような毒々しい笑みがミネルヴァの顔に広がる。


(この男、どこまで調べているの? それに・・・)

「よくお調べになられたようですが・・・。はっきり、仰って頂けますかっ!?」

思わず身を乗り出し、ミネルヴァに食って掛かる勢いを見せるゆかり。


「ほっほっほっ!」

満足そうにミネルヴァが笑った。


(そうだ、その瞳だ・・・。勝気さは、母親譲りだな・・・)

「儂の元へ来い」

「愛人になれ・・・、ですか? 期待外れです」


これまでも何人もの男がゆかりの美貌を独り占めしようとして言い寄っており、中には新聞紙上を賑わせた社名の重鎮達も多かった。


「ほっほっほっほっほっ! やはり面白い娘だな。君は・・・」

さも楽し気に高笑いするミネルヴァと反対に面食らうゆかり。


(愛人じゃない・・・? それじゃ、目的は?)


「近々、ある学校を開校する」

「学校?」

「【テルマエ学園】、温泉ビジネスの専門学校だ」

「【テルマエ学園】? 温泉学校?」

「そこで・・・。儂の秘書として尽くせ」

圧倒的な威圧感であった。

口元だけは笑っているが、目は全く笑っていない。

見竦められるだけで全身に薄ら寒ささえも感じてしまう。


(秘書・・・? それだけじゃ無い筈。もっと大きな何かが・・・)


【ル・パルファン】で過ごし数々の経験を踏んだゆかりであったが、ミネルヴァとは蟻と巨象のような力の差を感じずには居られなかった。


(でも・・・、この男を利用すれば・・・)

ミネルヴァの悪魔の囁きに耳を傾け、燻っていた憎悪が激しく燃え上がった。


(覗いてはいけない深淵の闇・・・。でも・・・、紗矢子に復讐できるならっ!)

顔を上げるゆかり。


「ゆかり君、儂は君を高く評価しているのだよ。【ル・パルファン】にいても、所詮は№1ホステス止まりだ。それに・・・」

「・・・」

「もう、答えは出ているのでは無いかね?」

ミネルヴァがじっと見つめている。


(全てお見通しって訳ね・・・)

「分かりました、貴方にお仕えしますわ。それにママとの話も、付いているんでしょう?」

「ほっほっほっ! 頭の回転の速い娘だ。決断力もある」


「では・・・」

ミネルヴァがテーブルに置かれた呼び鈴を押す。


「お話は済んだのかしら?」

結衣が部屋に入り、ミネルヴァとゆかりの腹を探り合う会話が終結した。


「お世話になりました。ママ」

ゆかりがすっくと立ちあがり、結衣に深々と頭を下げる。


「また遊びにいらっしゃい。ゆかりさん」

「それと・・・、一つお願いが・・・」

「分かってるわ・・・。瑠花ちゃん!」

結衣に呼ばれて結衣がゆかりと向き合う。


「香花さん・・・」

常に好敵手としてその背中を追い続けた存在である。


「瑠花ちゃん。 ・・・」

ゆかりが瑠花の耳元で何かを囁いた。


「えっ!?」

驚きを隠せない瑠花。


「それが、あなたが私を追い越せなかった理由・・・」

屈託の無い笑みを浮かべるゆかり。


「有難うございます・・・」

瑠花はずっと、顔を上げられないでいた。


(ゆかりさん、私が思っていた以上だったわね・・・)

ゆかりと瑠花を見守る結衣の目にも一筋の涙が流れる。



この日を境にして、ゆかりの姿は【ル・パルファン】から消えた。

伝説の№1ホステス・香花の名を残して・・・


2019年・ゆかり 28歳――


(ふーん、この娘達か・・・)

入場する若者たちを見回すゆかり。

(あれは・・・。塩原穂波か・・・、ご苦労様)

(如月も首が繋がったわね・・・)

軽く笑みが漏れる。



【テルマエ学園】入学式――


野望と野心をその胸に秘め、第一期生の担任として演壇に立つゆかり。

だが、これから更に過酷な運命に翻弄されていく事にまだ気付いては居なかった。



※本話は、【東京テルマエ学園】の『第1話 ようこそ、テルマエ学園へ!!』とリンクしております ※

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