ゆかりの章(其の三)
維織の葬儀がしめやかに執り行わる中・・・
(紗矢子! お父さん! 私はお母さんを裏切った貴女達を絶対に許さないっ!)
ゆかりの中に憎しみの炎が燻り出したのである。
維織の一周忌を終え、紗矢子と大悟は入籍届だけを済ませた。
大女将も【季・たちばな】を守る為に、今は紗矢子に頼るしかないと渋々ながらの承諾である。
2009年・ゆかり 18歳――
高校を卒業したゆかりは卒業式の当日、自らの貯金を全て解約し家出を決行した。
(おかあさん、おばあちゃん。ごめん、私はもうここには居たくない! 東京で成功して、紗矢子とお父さんを絶対に見返してやるっ!)
大女将である祖母宛の書置きを残して、ゆかりは姿を消したのだった。
2012年・ゆかり 21歳――
銀座にある高級会員制クラブ【ル・パルファン】ではオープンに先駆けてホステス募集を行っていた。
「なかなか良い娘、来ませんね」
「瀬尾君、だからって誰でもいいって訳には行かないのよ」
「分かってますよ、ママの拘りですもんね」
【ル・パルファン】のドアが開く・・・
そこには、均整の取れたプロポーション。
そして、見る者を引き付ける美貌とオーラ。
「ホステスを募集されているとお聞きしたのですが?」
一際成長したゆかりの姿がそこにあった。
「自分で売り込みに来る度胸は褒めてあげる」
大島紬を着た妖艶な美女が微笑む。
「始めまして、ママの結衣です」
挨拶をしながらも、値踏みするかのようにゆかりの頭から足元までをジロリと見渡す結衣。
「貴女、ホステスの経験は?」
結衣の表情は微笑みを絶やさない。
「ありません! でもっ!?」
「でも?」
「№1になって見せますっ!」
真っ直ぐな視線を結衣に向けるゆかり。
(ふーん、面白い娘。それに、その挑戦的な瞳、気に入ったわ)
「分かりました。貴女を雇いましょう。但し・・・」
結衣とゆかりの間にピリピリとした緊張感が走る。
「1ケ月で№1になれなかったら、その場で辞めて貰います。それでも、良いかしら?」
ニヤリと笑う結衣。
まるでゲームを楽しんでいるかの様だ。
「1ケ月・・・。十分です!」
自信ありげに答えるゆかり。
「貴女、名前は?」
「橘ゆかり」
「その名前は昨日までよ。今から貴女は・・・、『香花(きょうか)』」
「香花・・・」
「明日から、いらっしゃい。それと・・・、瀬尾君!」
「あ・・・、はい」
瀬尾と呼ばれた男が慌てて封筒を差し出す。
「当座の資金50万円よ。必要な物を買い揃えておいて」
「分かりました」
「ドレスはお店でレンタルするから好きなのを選びなさい。レンタル代は給料から差し引くけど。いいわね?」
「結構です」
ゆかりの目に戦意が満ちて来る。
「それと、今渡した50万だけど・・・。1ケ月後に№1になってなかったら・・・」
ちらりとゆかりを見る結衣。
「倍にしてお返しします!」
こうしてゆかりは【ル・パルファン】に努める事となったのである。
「素人娘なんて雇って良かったんですか?」
ゆかりが帰った後、瀬尾が結衣の煙草に火を点けながら尋ねる。
「あぁ、香花ちゃんの事? あの娘、絶対に化けるわよ」
紫煙をくゆらせて微笑む結衣。
「まぁ、ママの人を見る目は確かですけどね。お手並み拝見と行きますか」
瀬尾は自分の煙草に火を点けて、フーッと煙を吐き出す。
翌日、【ル・パルファン】のオープン日――
最も奥にあるVIPルームに、ミネルヴァの姿があった。
「まあ、何とか合格ラインか・・・」
「恐れ入ります」
「だが・・・。あの娘だけは別格だな・・・」
「香花ですわ。昨日、雇ったばかりですが」
「いや・・・。あれは先が楽しみだ・・・」
「お分かりになると思ってました」
意味ありげな笑いを交わす、ミネルヴァと結衣。
(まさか、こんな場所で会う事になろうとはな・・・)
ゆかりとの因縁を感じるミネルヴァであった。
1ケ月後――
「香花ちゃん」
結衣がゆかりを呼んだ。
「私の負けみたいね」
結衣の手には分厚い封筒・・・
「№1のお祝いよ!」
「有難うございます。でも・・・」
封筒を返そうとするゆかりの手を押しとどめた者が居た。
「自分で勝ち取ったモノだ。受け取って貰わねば困るのだが・・・」
「結衣ママ? こちらは?」
「【ル・パルファン】のオーナーよ」
ミネルヴァとゆかり、ここから新たな展開が幕を開けるのであった。
※本話は、【東京テルマエ学園】の『第10話 優奈が№1 ホステス!?』とリンクしております ※
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