第40話 神格

 玲が家を離れた時間は、十五分程度だった。玲は惨状を見て放心した。子龍は呆然とし、元治は瞠目した。たったの十五分の間に、全てが終わっていたのだ。

 翌朝、武智五山が死んだという話が人々の間を駆け巡った。五山の遺体を前に、玲は無表情で座り込んでいた。ぎゅうと血の気のない手を握り離さない。仁は、膝を抱えて隅の方で丸くなっていた。それは、強大な力を持つ悪鬼とは程遠い様子だった。仁が帰ってきた時には、とっくに全てが終わっていたのである。あの武智五山が呆気なく死ぬとは、誰も思わなかっただろう。犯人は、五山反対派の刀の使い手たちであった。悪鬼を操る五山を殺すことが、彼らにとっての正義だったのだ。実動隊は三十人ほどだったが、その裏にはさらに何十人もの人間が関わっていた。話し合い計画を練り刀の腕を磨き、そうしてやっと憎き五山を殺したのだ。奴らの中に、一人として死者は出なかった。それを聞いた玲は泣いた。元治は、「自業自得だ」と言ってのけたが、その表情に活気はなかった。五山の遺体は埋葬され、しばらく三人で過ごした家は半壊状態で血が染み付いていたため、すぐに取り壊されてしまった。

 その後、犯人たちの多くは次々に悪鬼となり、子龍たちに粛清された。悪鬼とならなかった人も、罪人として捉えられ、牢に入れられ一生出ることはなかった。どんな理由であれ、殺人は最も重い罪である。武智五山は悪鬼ではなく、世のために悪鬼を封じる策を実行した鬼才である。悪鬼となった仁を人間的に戻すなんてことは、後にも先にも五山以外の誰も出来ないだろう。武智五山を失ったことはこの世の損失であると、ある時元治は呟いた。子龍は痛ましい表情で頷いた。

 それ以降、この地は天災に見舞われるようになった。人々は住む場所を失い、飢饉が訪れた。誰かが、武智五山の呪いだと言った。やがて人々は、五山の怒りを鎮めようと、彼を神として祀るようになった。三十年が過ぎた。

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