第34話 未来

 ある時、玲は悪鬼の目撃情報があった村へやって来た。村長から依頼を受け、悪鬼退治をするためである。子龍たち数人と村へ向かえば、村人たちは少し戸惑ったような顔で迎えた。それは珍しいことであった。多くの場合、玲たちは大歓迎されるのだ。

「よく来て下さいました。どうぞどうぞ」

 顎鬚を蓄えた村長は、ばつの悪そうな顔をしている。口だけはそう言うが、表情は困惑顔だ。それでも、玲たちは村長の家へ案内された。

 様子が少しおかしいと感じた子龍は、「何かあったんですか?」と早々に問いかけた。すると、村長は待ってましたとばかりに口を開く。

「来てもらって申し訳ないのですが、実は、昨日のうちに悪鬼は退治されたようなんです」

 子龍はぽかんと口を開ける。他の仲間たちも同様だ。玲は、訝し気な表情で村長を見上げた。

「悪鬼が現れたのは昨日の朝のことでした。すぐに悪鬼退治の依頼をさせてもらい、それまでの時間をどう過ごすべきか思案していたのですが、その日の午後、若い男が一人やって来たんです」

「それで?」

 子龍は続きを促すように言う。村長は続けた。

「全身を包帯で覆った気味の悪い男でした。何でも悪鬼が現れたことをどこからか聞きつけたらしく、退治してくれるって言うんです。そんなことが出来るのか、私は半信半疑で、じゃあ退治してくれって言ったんですよ。そしたらその男は悪鬼を探しに行くと行って、私たちに詳しい話を聞いた後、悪鬼が逃げた方向へ歩いて行きました。私はその男を怪しく思ったので、こっそり後を付いて行ったんです。そしたら、悪鬼に遭遇しました。男は非常に落ち着いていて、刀を握った瞬間に悪鬼を退治してしまったんです。あっという間のことで、まるで夢でも見ているようでした。男は、私が付いて来ていることを当然のように承知していて、振り返ると「終わりました」なんて飄々と言うんです。お礼として、一晩は家に泊まってもらいましたが、朝になるとすぐに出て行ってしまって……」

 子龍と玲は目を合わせた。幸い、元治は田郷の屋敷で指揮を執っていて、現場には来ていない。朝というと、まだ数時間前のことだ。玲の表情は見る間に変わった。

「五山だ!」

 悪鬼を退治する強い男など、そう多いわけではない。さらに、一人で行動し悪鬼退治が出来る人間など、どう考えても一人しかいない。

 玲の中には、むくむくと感情が湧き上がってきているようだった。子龍と、その他の仲間たちもそうだ。武智五山が近くにいる。その事実は、彼らに興奮を促した。

「五山、というと武智五山でしょうか。何でも、悪鬼の血を浴びた変わった人だという噂ですが、顔は包帯で覆っていましたから見ていません。ただ、その包帯は怪我でもされたんですかと訊いてみたら、この方が気味が悪いでしょうなんて言うんです。一人が好きだとか何とかだと言っていました」

 村長ははきはきと説明を終えた。武智五山のことはそれなりに知っているようで、まるで彼が五山だと確信しているような口ぶりでもある。

 玲は「その人、他には何か言ってましたか?」と前のめりになって問いかけた。

「他? いやあ、どうでしたか。あまり会話をしたわけでもないので」

「どっちに行きました?」

「あちらへ」

 村長が示すのは、深い森の方向だ。人目から逃れるには最適である。悪鬼退治が済んでいる以上、玲たちの目的は消え去った。少しくらいなら、寄り道をしても怒られないはずだ。

 玲が行こうと言い出しても、反対する人はいなかった。みんないっそうやる気を出し、五山探索に繰り出すつもりだ。

 村長たちからは盛大に見送られた。少なくとも、村長はあれが五山だという可能性に気付いていたようだが、まだ情報をどこにも提供していなかったのは、彼なりに思うところがあったようである。奇跡的な偶然に感謝しながら、玲は見えない五山の気配を追った。

「つまり、武智五山は、悪鬼になっていないってことだ」

「そりゃあ、武智五山は例外だ。あんなに強いんだから」

「例外も何も、そもそも悪鬼尾の血を浴びると悪鬼になるって話が嘘なんじゃない?」

「頭は頭が固いところがあるからなあ」

「本人に会ってみれば良いこと。なあなあ。武智五山は、握手してくれるかな?」

 玲たちの後ろでは、仲間たちがあれやこれやと話している。

 悪鬼の血を浴びると、悪鬼になる。それは、ただの噂でしかない。子龍たちの間では真実として語られるが、誰も血を浴びたことはなく、悪鬼になったこともない。子龍は苦笑した。玲の隣で、楽し気に呟く。

「包帯は顔を隠すためにしても、派手な行動をするとすぐに知られるっていうのになあ」

「こんなに有力な情報は初めてだよね? 五山は隠れながら退治を続けてるってことになるよ!」

 玲は満面の笑みを浮かべる。五山は悪鬼になることなく、退治を続けているのだ。

「武智五山が悪鬼になっていないのなら、捕まえる必要はないんじゃない?」

 仲間の一人が言えば、全員が賛同する。五山は、悪鬼の血を浴び悪鬼になったかもしれない人間として、行方を捜索されているのだ。

「でも兄は、五山を目の前に連れて行かないと満足しねえだろうな。本当に悪鬼になっていないかどうかは、会ってみないと分からないって」

「五山は、自由になれる?」

 玲は子龍へ問いかけた。

 今の生活は嫌いじゃない。むしろ、昔よりずっと物質的には豊かだ。しかし、玲は五山や仁と共に過ごした日々を取り戻したいと考えていた。仁は死んだが、五山は生きている。二人だけだったとしても、あの頃の生活に戻りたいのだ。

 子龍は、玲の気持ちを察した。

「兄だって、五山を殺したいわけじゃねえよ。あれでも、五山の強さは認めてる。きっと大丈夫だ」

 子龍は、ぽんと玲の頭を撫でた。玲は、子龍の大きな手が昔から好きだった。

 玲は頷き、前を見据えた。そこに、きっと明るい未来があると信じた。

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