第33話 不明

 武智五山の目撃情報は、各地から集められた。顔に包帯を巻いているらしい。悪鬼になって山にこもっているらしい。大道芸をやっているらしい。様々な情報は、真偽が不明のものばかりであった。元治はそれらを丹念に調べ、一つずつ調べて行った。その執念は凄まじいものだった。しかし、五山の行方は一向に掴めなかった。そして一年が経った。









 武智五山は変わり者と評判の男である。褒章の授与を断り、鬼の血の少年と行動を共にし、悪鬼を庇った。正義の味方か、はたまた悪の味方か、あるいは頭のおかしい奴なのか、人々は彼の内心を図りかねていた。行方をくらました彼は、今頃いったいどこで何をやっているのか、本当に悪鬼になってしまったのか――それは、人々の話の種としてあちらこちらで花咲いた。もう死んだんじゃないかと予想する人もいたが、遺体は発見されず、新しい情報も入ってこない。あることないこと、人々は五山の噂をするばかりだった。

 それを、玲は苦い顔で聞いていた。

「好き勝手言うんだから」

「まあ、五山にも非はある。玲ちゃんをこんなに心配させてるんだからな」

 玲の頭上から言うのは、子龍だ。玲の身長は一年間で伸び、二人の差は以前よりも縮まっている。それでも背の高い子龍を、玲はぐっと首を上げて見た。

「でも私、ある意味では前より今の方が良い暮らししてるんだよね。物質的には豊かだし、野宿しなくていいし。毎日のようにあいつの顔を見るのは、精神的に良くないけど」

 五山と別れて以降、玲の暮らしは大きく変わった。子龍たちの屋敷で部屋を宛がわれ、保護という形で居候することになったのだ。田郷にとって、玲一人増えたくらい何の負担にもならない。元治は玲を切り札か何かとして捉えているのか。あるいは気まぐれか、玲を手放そうとはしなかった。玲が出て行きたいと申し出たところで、「否」と首を振るのだ。元治と会うたびに機嫌を損ねる玲を、子龍は毎度あやした。子龍は何かと玲の世話を焼き、なるべく自由に生活が出来るように手配をした。

 玲は、しばらくはここにいなければならないと理解してからは、子龍へ「悪鬼退治に協力する」と申し出た。玲は仁に怪我をさせられてから右腕が不自由になっていることもあり、子龍は断固反対した。しかし、元治は了承した。玲の察知能力は他の誰にもない特殊能力であり、重宝すべきものだったのだ。兄に言われては、子龍も強く出られず、「絶対に俺の側を離れないように」と強い口調で言った。玲は、五山に会えるかもしれないとの思いを抱き、彼らと共に各地へ赴くようになった。

 そうしてしばらく、同じ悪鬼退治をしていても、子龍たちは五山とは全く異なることを肌で知った。人々から頼りにされ、国からは補助金が出る。町を歩けば「あの田郷さんですよね」などと声をかけられ握手を求められ、英雄にでもなった気分だ。そんな現場に遭遇するたび、玲は不思議な気分になった。五山がもしそんなことになれば、どんな顔をするだろう。考えるだけで笑みが浮かぶようだった。五山はどこにいるのだろうと、玲は常に探していた。

 元治と子龍、それに加えてその他何人もの仲間の中で、玲はいつも浮いていた。仲間の中に女性はいても、十歳そこそこの少女は玲一人なのだ。さらに、右手は不自由だ。普通であれば、このような危険の伴う場所に来てはいけないのである。仲間たちは、何かと玲を気にかけた。子龍の言った通り、玲を嫌う人間など、元治だけなのである。元治の目がある時は常に厳しい顔で玲と接している彼らは、元治がいなくなると見るや玲に対して親しみ深く話しかける。「可愛い」などという言葉は毎日のようにかけられるので、玲は「それほどでも」と返すのが日課となった。玲はあえて指摘することはなかったが、ころころと表情の変わる彼らを見て、内心で面白い気持ちでいた。ここでの生活も悪くはないと思うようになった。五山は、口が避けても玲を「可愛い」などとは言わない。

 それなりに過ぎていく日々を送りながら、玲は子龍の立場はそう低いものでもないことを感じるようになった。むしろ、仲間の中ではそれなりに高いようだった。元治との関係性はあれ以来悪いようであるが、決定的な亀裂ではなかった。逃がしたばかりでなく、五山と親交があったことも知られ、元治の怒りを買ったものの、立場を失うといったことにまでは発展しなかったのだ。それは子龍の今までの功績のおかげであろう。さらに、武智五山は彼らにとって、密かに一目置かれる存在でもあった。あの武智五山と親交があったという事実は、仲間たちにどよめきを与えた。それは、決して悪いものではなく、むしろ期待や興奮といった感情によるものであった。あの後、元治は罰と言って子龍の背中に傷を付けたが、他の仲間たちは五山の強さの秘密について聞きたいと、子龍の謹慎部屋にこっそり押しかけた。孤高に戦う姿が格好良いと密かに憧れている者は多く、秘めた思いを初めて聞いた子龍は笑ってしまった。元治がいる以上、それまではこんな話をする機会がなかったのだ。玲は、それなりに穏やかに過ぎていく日々を見つめながら、内心で安堵していた。五山のせいで子龍の立場がなくなっていたら、玲は一生子龍に頭を上げられないところだ。

 田郷での生活に慣れて来ると、玲は堂々と胸を張るようになった。武智五山と共にいた少女という立場は、五山に憧れる彼らにとっては、かなり魅力的なものであるらしい。玲の機嫌を損ねないような丁寧な言葉を選び五山のことを尋ねて来る彼らに、玲は内心で誇らしく思った。田郷の人間は五山のことを嫌っているという妄想は大外れで、案外五山は人気者なのだ。玲が、武智五山という男はすごいのだと言葉を尽くして語ると、全員が心底感心した。そして最後に言うのである。「悪鬼の血を浴びてしまったことだけが、非常に残念だ」と。

 一年経って、玲の日常は変化した。悪鬼退治に各地を歩き、五山の気配を感じようと集中するも、全く分からなかった。元治より先に五山を見つけなければと思っても、気持ちだけが先行するばかりだ。子龍も同じ気持ちであったが、五山はなかなか現れることがなかった。

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