第21話 歓迎

 仁に傘を被らせ、ささやかな歓迎会を開くため三人は町へ向かった。仁は「大丈夫でしょうか」と不安がっていたが、玲は堂々として町を歩く。全員が仁の顔を知っているわけではないし、今はこうして隠しているのだから問題ないと言い張った。

「さすがに、誰も五山と一緒に行動してるなんて思わないでしょ。安心しなよ。何かあったら、私たちが守ってあげる」

 五山たちは店に入って料理を注文した。その中には、人参もあれば肉もある。仁には好き嫌いがないようで、玲に突き出された皿は全て平らげた。ひょろりとして青ざめた仁には栄養が圧倒的に足りておらず、胃はどんなものでも受け入れるようだった。見た目によらずよく食べるので、二人はどんどん仁へ料理を与えた。

「辛いものは?」

「甘いものはどうでしょう」

「酸っぱいものとか」

「ゴーヤは食べられますか? 僕は無理なんですけど」

 三人は賑やかに食事をした。二人は仁に興味深々で、たくさんの質問をした。

 どこに住んでいたのか。何をして暮らしていたのか。好きなもの。嫌いなもの。趣味。特技。人目を気にしていることもあり、全ては当たり障りのない質問だったが、仁は全てに丁寧に答えた。その内容、表情、仕草のどれもが、仁という人間を彩っている。裏表がなく控えめで、緊張しやすいが穏やかだ。五山や玲よりよほど癖がなく、誰からも嫌われることがなさそうな、優しい人だ。本来ならば、命を狙われるなんてこととは無縁に生きていけるはずだった。

 腹いっぱいになるまで食べると、仁は「ありがとうございます」と仰々しく礼を言った。仁はしばらく逃げ暮らし、金を使い果たしていたので、無一文である。そのことに対し、非常に申し訳なさそうな顔をしていたが、五山は「もとよりこれは歓迎会ですから」と突っぱねた。仁は、はにかむようにして頷いた。

 その夜、三人は宿に泊まった。堂々としていれば、誰も仁を疑おうなどとしないということはよく分かった。賞金がかけられている黒塚仁が、まさか目の前にいるなどとは普通思わないのだ。しかし仁は終始うつむいていて、控えめな態度で背中を曲げていることが多かった。無理もない話だ。三人だけになると、肩の荷が下りたようになって、やっと顔を上げた。

 布団に入ると、玲はすぐに眠りに着いた。玲なりに気を遣って、心身ともに疲労したようだ。歩いている時も、料理を食べている時も、玲は姉のように慈愛に満ちた表情で仁へ話しかけ、友好的に振る舞った。「姉だと思ってくれたらいい」という言葉を、有言実行していた。

 すっかり眠ってしまった玲を見て、仁は穏やかに微笑んだ。妹にでもするように、ずれた布団をかけ直す。

「そういえば、長男だと言ってましたっけ」

 五山は寝転んだまま目を開け、玲を挟んだ一つ向こうの布団へと話しかけた。そこには上半身を起こした仁が目を丸くしている。仁の背後、障子窓の向こうでは月が輝き、静かな闇夜が広がっていた。仁は少し緊張したように頷いた。

「そうです。弟と妹がいました。妹はちょうど、玲さんと同い年くらいで……玲さんはすごいですよね、しっかりしてて。妹は、もっと子供っぽくて、いつも私の後ろを付いて来ていました」

「主張が激しいんです。すいませんね、弟になっちゃって」

「いえ。新鮮な気分で、有難いです」

 二人の声は穏やかで、すぐに闇夜に溶けていく。仁の弟と妹は、すでに殺されてしまったのだ。五山は視線を下げると、少し明るい声色で「今日は良い月夜ですね」と言った。

「そうですね」

 仁は月を見上げて同調した。暗闇の中、ぽっかりと金色に輝くそれは、魔性のような魅力がある。しばらく無言が続いた後、五山は「寝ないんですか」と問いかけた。自分も眠っていないのに、仁には寝ろと言うのである。

 仁はぎこちなく笑った。

「目が冴えてしまって」

「そんな風には見えませんが」

「確かに疲れてはいます。けど、何だか落ち着かなくて」

「それは……そうでしょうね」

 五山は否定をしなかった。出来るわけもない。家族を殺され、自らの命も狙われている状態で、どうやって安心しろと言うのだろうか。精神的にも疲弊し、誰もが敵という状態は、仁をじりじりと消耗させていく。食事をして、少しはましな顔色になったとはいえ、まだまだ万全な状態ではない。

「僕のことも、信用出来ないのは当然だと思います。寝ている間に殺されているかもしれないと思うと、安心して眠ることなんて出来ないでしょう。気持ちは分かりますが、人間眠らずに生きてはいけませんし」

「それは違います」

 仁は、今までになく強い調子で五山を否定する。ぱっと向けられた黒い瞳は五山を引き付け、掴んで離さない。

「武智さんや玲さんが、嘘を吐くような人ではないことは分かります。寝ている間に殺されるなんて、考えることすらしませんでした。武智さんたちと一緒にいれば安全だと、本当に思っているんです。眠れないのは、いろいろ考えてしまって、目が冴えてしまうだけです。それに私は、武智さんになら殺されたいと思っています」

 五山はきょとんとすると、仁の目を見つめ返す。

「それはおかしな話じゃないですか。死にたくないからここへ来たんでしょう?」

「え、あ、そうですけど」

 仁は俯いた。「ええと」と言葉を濁し、何と言ったものか考えている様子だ。言葉足らずなのである。五山はふっと笑った。

「僕と一緒にいる限り、あなたの安全は保障しますよ。何なら誓約書を書いても良いくらいです」

「そんなことをしてもらわなくても、分かります。武智さんは、すごく優しい人ですから」

「優しいなんて言われたの、初めてですよ。そう言ってもらうのは構いませんが、僕を優しい人だと決めつけるには、まだちょっと早くありませんか。あなた、もしかして騙されやすい人なんじゃないですか」

 仁は、にこやかな表情になって微笑んだ。

「早くはありません。武智さんのこと、私はずっと以前から知っていましたから」

「そうですか。知ってもらえていたのは何よりですが、評判なんてものは当てになりませんよ。いつだって、自分の目で見たものが真実なのです」

 仁は「そうですね」と同調するように頷いた。

「私もそう思います」

「分かっていただけで何よりです。今後は気を付けた方が良いかと」

 五山が忠告すれば、仁は素直に返事をする。反感を抱きやすい玲とは違い、仁は素直で控えめだ。五山は新鮮な気分だった。

 仁は俯き、両手を前で組みしばらく黙っていたが、やがてはにかむようにして口を開く。

「だんだん、眠れそうな気分になってきました」

「それは良かった。じゃあ、横になって目を閉じていると良いですよ。きっと良い夢が見られますから」

「そうします……ちなみに、良い夢というのはどんな夢でしょうか」

「そうですねえ。大量の人参が押し寄せて来る夢とか」

「それは確かに楽しそうです」

 おやすみなさいと挨拶を交わしてから、仁は布団の上に横になり、素直に目を閉じた。緊張と興奮でろくに寝ていなかったであろう仁は、しばらくするとすうすうと寝息を立て始めた。五山との会話で、多少は肩の荷が下りたらしい。心身ともに疲労していた仁には、休息が必要だったのだ。

 五山は二人の寝顔を眺めた。

 大の字になった玲の手足をそれぞれ重ね合わせて布団の上に置いてから仁を見ると、あどけない表情の少年が静かに眠っていた。悲惨な体験をしたとは思えない穏やかな表情に、五山は目を伏せる。

 せめて、夢の中くらいは楽しいことがありますようにと、祈らずにはいられなかった。

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