第17話 複雑

 五山の言う通り、退治なんてしている限り、常に死とは隣り合わせだ。いくら強くても、何があるかは分からない。強いと評判の五山であってもそうなのだ。

 五山の言うことは最もであったが、玲はあっけらかんとして下から二人の間に割って入った。

「五山は強いし、簡単には死なないよ。ね、子龍。それに、子龍だって強いから死なない。そうでしょ?」

「あ、ああ、そうだ。そんなことを考えてる時間がもったいない」

 子龍はこくこくと頷く。死などを恐れていて、悪鬼退治が出来るわけもない。普段は、あえて見ないようにしているものだ。

 五山は不服そうに口を曲げたが、やがて「そうですね」と同調するように言った。

「ねえ、式には子龍以外には誰が来てたの?」

 玲が見上げると、子龍は腕を組む。

「俺たちの仲間だ。全員で押しかけると多すぎるから、代表として俺を含めて四人。五山もいたら五人だったけどな」

「やっぱり、あいつも来てたってことだよね」

 玲は渋い顔になると、「嫌だ嫌だ」と頭を振った。

 玲が言う「あいつ」とは、子龍の兄、田郷元治のことだ。子龍が所属する悪鬼退治集団の頭である。昔から自由奔放に行動する五山を嫌い、会えば「どうしてお前はこうなのか」「もっとちゃんとしろ」「子供を巻き込むな」など五山に対して言いたい放題だ。確かに正論でもあるのだが、五山にとっては放っておいてくれという話なのである。五山が孤独に退治を続けることもそうだが、玲を連れていることも「有り得ない」と断言している。かつては二人を無理に引き離そうとしたり、玲を説得しようとしていたが、全ては徒労に終わった。玲本人が、自分は子供ではないし、誰に何と言われようと、五山に付いて行くと言ったのだ。それが元治の不満を買った。

 そんなあれこれがあったため、玲にとって本郷元治はうるさい嫌なおじさんと相成ったわけである。

 子龍は彼らの一部始終を見ていたため、苦笑するしかない。立場的には元治派であってしかるべきなのだが、五山たちを否定する気もないのだ。

 子龍はいつも、兄の目を盗んでこっそり五山に会いに来ていた。五山と仲良く談笑している現場などを見られれば、兄の怒号が落ちて来るのは避けられない。あいつとは仲良くするなと言われているのだ。それは、自分の話を聞いてくれない五山への当てつけのようでもあった。元治は規律正しいことが人生で最も大事なことだと思っているため、そこからはみ出る人間を良しとしないのだ。五山の力が最も発揮されるのは、田郷のような規律正しい集団の中なのだと言っていたこともあるほどである。しかし、それを本人に向けて言ったことはない。子龍には理解出来ない、複雑な感情があるようだ。

「それ聞いて、初めて行かなくて良かったって思ったよ! 私、公衆の面前で喧嘩しちゃうところだった! どうせ式でも五山の悪口言ってたんでしょ」

 玲の中には怒りがめらめらと燃え盛っていた。かつて相対した時の怒りが、また噴出し始めたのだ。

「規律を大事にする人だから、五山とは反りが合わないんだろうな」

「それにしたって、五山のことそんなに悪く言う必要ないじゃない? あれは駄目これは駄目って、自分の主張ばっかり押し付けて、五山のやり方を認めようとしないんだよ。五山は五山なりに、ちゃんとやってるところもあるのに」

 玲の口調は激しいものだった。玲は、徹底的に元治を嫌っている。元治も、五山が嫌いであることを隠そうとしない態度でいるし、庇い立てする玲のことも嫌いと正面から言っているので、お互い様である。

 子龍は立場的に肯定も出来ず、中立的かつ曖昧な返事をするばかりだ。子龍は対立を好まなかった。兄の元治が気性が荒く細かい性質なので、子龍は昔から兄のフォローをすることが多かった。兄を気遣い後ろから手を回すことで、あらゆる問題の解決を図った。元治が現在田郷の頭でいるのも、子龍がいてこそである。それを本人が理解し、周りの人間も分かっている延長線上に、子龍の立場があった。

 しばらく黙って聞いていた五山は、「僕のことなんか記憶から消してくれれば良いんですけどね」と呟く。

「そりゃ無理だろ」

「それがお互いのためですよ。会えば言い合いになるんですから。それとも、あの人は喧嘩が好きなんでしょうか? 売られた喧嘩は買いますが、僕だって暇じゃないんです。毎回会うたびにうるさく言われてはかないません」

「五山を見ると、こう、ぶちーっと線が切れるんだよ。もともと気性は荒い人だけど、普段はあそこまで嫌味言う人じゃねえんだ。優しいところもたくさんある。五山の強さは認めてる節もあるし、歯がゆいんだろ」

「それは初耳ですね」

「そりゃあ、五山には口が裂けても言わないだろ」

「素直に生きないと後悔しますよ」

「それ、五山に言われたくはねえな」

 素直じゃない頑固者と評判の五山は、鼻で笑うようにした。玲の怒りはまだ収まっていなかったが、子龍に頭を撫でられることで少し落ち着いて来たらしい。

「最近は? 仲良くやってるか?」

「まあぼちぼちかなあ。五山は相変わらずだよ」

「退治は順調?」

「うん! それは順調だよ。この前は依頼もされたし」

「そうか。それなら良かったけど、ちゃんと依頼料は貰ったか?」

「ちょっとだけね。五山ったらまたいらないって言うんだよ? あ、でも、私新しい着物買ってもらった」

「そりゃ良かった」

 二人は仲睦まじく会話をしている。玲は、たまに出会う子龍に、すっかり懐いているのだ。五山と一緒にいる時の「しっかりしなきゃ」という意識は、子龍の前では崩れ去っている。今の玲は、等身大の十歳の少女なのだ。

 子龍は二人を眺めると、肩の力が抜けたような笑みを浮かべた。そしてふいに視線を下げ、五山が持っている刀を見ると、「なあ」と声をかけた。

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