第15話 正義

 人々に感謝されながらも孤独に退治を続ける生活は、すでに五年近くが経っていた。終わりのない暮らしは、二人にとって悪いものではない。

 玲はその日、上機嫌でぶらぶらと町を歩いていた。新しい着物はお気に入りで、着ているだけで気分が高揚するのだ。玲も十歳の少女である。着飾りたい時だってある。

「今頃、梅の間ってところで褒章伝達式、だっけ? やってるのかなあ。ねえ、五山」

 招待状が送られてから、気付けば三か月が過ぎていた。その間、二人はいつも通りの暮らしを続けていたが、玲は時々思い出したように褒章の話を始めて、五山を非難することがあった。そのたび、五山は何かと言い返していたが、今回に限っては「そうですね」とだけ返す。

 今日、宮中梅の間で、五山が本来出席するはずだった褒章伝達式なるものがある。清々しい快晴、良い授与日和のその日、五山たちはたまたまやって来た町をぶらぶらと歩いているのだ。

「本当なら晴れ晴れしい日だったのにね。ま、良いけど」

 玲は怒ってはいなかった。五山がどんな人間か、よく分かっているのだ。怒っても仕方がないと知っている。それに、その日の玲の機嫌は、珍しいほどに良かった。怒るどころか、からかうようににやにやとしている。

「今頃、美味しいもの食べてたかもしれないね」

「そういうところで出る食べ物というのは、たいてい畏まっていて、腹を満たせるものではないらしいですよ」

「人生に一回あるかないかなんだから、そういうのも良いんじゃないの?」

「玲の欲は満たされないと思いますが」

「私は質より量だって言いたいの? 言っとくけど、私はそんなんじゃないんだからね? ちゃんと高級お肉の味、分かるし」

 五山は、鼻でふっと笑うようにした。嫌味な笑い方ではなく、隠していた笑みがこぼれたといった様子だ。

「今日は何が食べたいですか?」

 五山は問いかける。

「肉食べさせとけば機嫌が直ると思ったら大間違いなんだよ」

「じゃあ野菜?」

「そりゃあここは肉でしょ、肉。本当ならすごいもの食べてたかもしれないんだよ? 五山のせいで行けないんだから」

「良いでしょう」

 その日、五山たちの予定はなかった。悪鬼の情報も、気配すらなく、平和な一日を過ごす。夕方になり、二人は本日の寝場所を探すことにした。通り掛かった宿はどこも満員御礼、仕方がないと、野宿に決める。二人は人気のない方へと歩いて行き、鬱蒼とした森の中、暗くなる前に木の根元を確保した。玲が座る場所を開けた。座り込んだ二人は、そこで焼いた肉を頬張り始める。町で、玲に好きなように金を使わせ手に入れたものだ。野宿と言えど、肉さえあれば玲はおおよそ満足したようである。たいていの場合、肉を与えておけば玲の機嫌が治ることを、五山は知っていた。

 宿が無いながら機嫌の良い夜を過ごすと、玲はぐっすりと眠った。大の字になった玲の手足をそれぞれくっ付けてから上着をかけてやり、五山は木の根元に身体を預けた。

 野宿の際、五山は眠ることがない。一晩中起きていて、何かあった時にすぐに対応出来るようにしている。二人で行動するようになった当初は、順番に起きて見張っていようと玲が言い出したのでそうしていたが、あまりに眠そうな玲を見かねて、五山が一人で起きていることにしたのだ。育ち盛りの少女に、徹夜は難しいのである。玲は何か言いかけたが、眠いという欲望には勝てないので、「よろしく」とだけ言っていつもぐっすり眠るのだ。

 五山は腕を組み、目を開けて遠くを見つめた。隣の寝言をぼんやりと聞きながら過ごす夜は、苦痛ではない。むしろ心穏やかだった。

 五山にはあまり睡眠欲がないのだ。野宿でなくとも、宿に泊まっていたって、五山は熟睡することがない。眠らなくて大丈夫なわけではないが、人より圧倒的に睡眠時間が少なくて済むのだ。不眠ではなく、自分の身体はそういう作りになっているのだと、五山は認識していた。

 五山にとって、玲は正しい人間の在り方だった。欲を持ち、よく喋り、よく笑う。この世では善行を積み五悪を否定すれば悪鬼にならないと言うが、五山にとっては、真実かどうか怪しいものだ。何をしたってなる時はなるし、ならない時はならない。そうでなくてはおかしいと思う時が、多々あるのだ。何が善で何が悪かなんてものは、人間が勝手に決めたことだ。五山はそう考え、星々を見上げた。野宿の良いところは、空が広いところである。

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