第14話 素直

 玲は、言った通りの場所で大人しく待っていた。木の下に座り込み、「貰った」と言って、林檎を二つ持っている。一つはすでに半分ほど齧ってあって、もう一つは五山の分だと差し出した。

「今はいりません」

「だろうね。悪鬼退治の後に、食欲なんて湧かないよね」

 玲は、五山の林檎を懐に仕舞い込むと、自分の分は芯だけ残してあっという間に食べてしまった。

「行きましょう」

 五山は拳を握り締めると言った。

「退治は終わりましたから」

 握り込まれた小袋からは、微かに良い匂いが漂う。

 五山が悪鬼ごときにやられるわけもなく、掠り傷一つない飄々とした様子に、玲は「そうだね」と頷いた。

 二人は、女性の元へ戻ることにした。

 現在、女性は実家に帰り、母親と弟と三人で静かに暮らしていた。五山の姿を見るや否や、「もう終わったんですか」と驚いて近付いて来る。

 五山は返答をしないまま、手に握った小さな袋を見せた。女性は見る間に表情を変える。五山が持っているものからは、女性が首にかけているものと全く同じ匂いがしている。間違いなく、五山は女性の夫を退治したのだ。

 ぼろぼろになったお香の袋を渡すと、女性は泣き崩れた。即座に解決したことへの安堵か、夫が死んでしまった悲しみか、あるいは様々な感情が含まれた涙であろう。空気は滲み、女性の鳴き声だけが響いていた。

 玲は悲し気に眉を下げていて、「元気出しなよ」と女性の肩を叩く。五山はぼんやりと立ち尽くしていて、居心地が悪そうにしていた。

 男性は静かに頭を下げると、場を和らげるためか微笑みながら、「本当に、武智さんは本物だったんですね」と言った。

「自分でも偽物っぽい外見をしているなと思う時があります」

 五山が言えば、男性は「そうなんですか?」と苦笑する。

「ええ。僕より武智五山らしい外見の人は、そこらにごろごろいますから」

 すると、涙を拭った女性が五山へ向き直る。

「こんなに早く退治していただいて、夫もきっと安堵していると思います」

 五山は、何とも言わないまま視線を下げている。玲は、五山が「死んだ人間の気持ちなんか分かるものか」などと言い出すのではないかと内心はらはらしていたが、今日は案外大人しい。

「あんまり知られてないけど、五山の仕事は早いんだよ。こう見えて、私だって協力してるんだから」

「え? 君も退治をするの?」

 男性は、きょとんとして問いかける。玲は、ふふんと胸を張った。

「私は、悪鬼の気配に聡いの。遠くにいてもすぐ分かるんだよね。だから、半分くらいは私のおかげでもある」

「へえ」

 二人は感心したように声を上げた。ただ武智五山に付き従っているだけの少女ではないのである。五山の役に立っていると思うからこそ、玲は五山の側にいる。始めこそ、母を失った可哀そうな男の子に同情していたが、今となってはそう思っていないのだ。

 女性は、「少し待って下さい」と言って家の奥へと引っ込んだ。しばらくすると、紙に包んだ金を持って出て来る。

「武智さんには必要ないかと思いますが、これで、その子に可愛い着物でも買ってあげて下さい。心ばかりの御礼です。お二人とも、本当にありがとうございました」

 玲は、きょとんとして自分の姿を見下ろした。お洒落をして町を出歩く少女とは違い、地味で簡素だ。悪鬼退治をしているのだから、豪奢なものなど身に着ける機会もない。

 玲は期待を込めて五山を見上げた。

 五山は両手でそれを受け取ると、珍しく、恭しく頭を下げた。

「はい。そうします」

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