第5話 招待

「五山! 見て見て! 招待状が届いたよ!」

「招待状?」

 武智五山は、訝し気に眉を上げた。玲がここまで上機嫌なのは、きっと何かがあるに違いないと怪しんだのだ。

 滅多にないほど上機嫌に一枚の紙を持つ玲は、十歳の少女らしく、頬を赤くしてにこにこと笑っている。五山は玲を見るなり、眉間の皺を濃くした。

「その顔は怪しいですね。ちなみに何の招待状ですか? 僕には招待される予定なんかありませんが」

 五山は不審顔を隠そうともせずに、素っ気ない様子で言った。しかし、玲は気にする様子もなくにやにやと笑ったままだ。

「あるんだなあ、それが」

「勝手に予定を作られるのは嫌いです」

「そうとも限らないよ。聞いて驚いて、何と何と」

 玲はそこで言葉を止めると、うふふと笑ってから溜めるような間を作った。五山はじっと黙って言葉の続きを待つ。

 玲は、そこに書いてある文章を五山へ見せつけながら、堂々と言い放った。

「五山に褒章が授与されるって!」

 興奮を抑えきれない様子の玲に、五山は呆けて目を瞬かせた。

 褒章とは栄典の一つであり、功績や善行を称えるため、天皇から対象者へ授与される。選ばれた者にしか与えられない大変名誉ある待遇であり、易々と手に入れられるものではない。有り体に言えば、ものすごくすごいことである。

 褒章にはいくつか種類があるが、文面によると、その中の「自己の危難を顧みず悪鬼退治に尽力したる者」に武智五山が選ばれたというわけだった。

 にわかに信じがたい話だと、五山は疑い深い目で招待状を見つめた。上質な紙の上には達筆な文字で、武智五山殿と書かれている。見間違いではなく、同姓同名でもなく、これは五山宛ての招待状だ。疑う五山とは反対に、玲は当然の結果だと顔に堂々と張り付けている。

「よく僕たちの居場所が分かりましたね」

 拠点を持たない五山が言えば、玲はにやにやとして答える。

「言われたよ? ものすごく苦労して探して届けに来たんだって」

「そこまでして届ける必要があったんでしょうか」

「あったから届けたに決まってる!」

「偽物じゃないですか?」

「まさか! ここにちゃんと天皇の印章も押してあるよ」

 玲は、文書の中央に赤く押された印章を指差し、「ね?」と強い調子で言う。五山には天皇の印章の正不正など分からず、「はあ」と呆けた声を出す。

「それも偽物だったりして」

「じゃあ逆に訊くけど、何のために偽造する必要があるの?」

 あくまでも偽物としたい五山へ、玲は問いかける。五山は言葉に詰まった。精巧に作った偽の招待状を五山に送ることで、得をする人間などいるとも思えない。五山は少し考えて、「それは当然」と言葉を続けた。

「ここには場所と時間が書かれていますから、僕を暗殺しようという人間からの果たし状かもしれません」

「ねえ五山、ここに書いてあるのは宮中だよ? 梅の間ってところはどこか知らないけど、宮中で乱闘騒ぎなんか出来るわけない。そろそろ現実を見ようよ。というか、普通入ることすら無理でしょ」

「ええ」

 五山は観念したように不満の声を上げ、そして口を閉ざした。これ以上の言葉は不要というわけである。五山を黙らせることに成功した玲は、勝ち誇った顔で笑った。

「良かったね五山! これで大路を大手を振って歩けるね!」

「僕にはもともと後ろ暗いところなんてないですよ」

「何言ってんのよ! 変わり者だって言って指差されてるくせにー!」

「僕は毎日大手を振っていますが」

 玲はけたけたと笑っている。ここまで機嫌が良いのは珍しいことだった。嬉しくて仕方がないという様子である。五山が誉れに選ばれたのだから、玲が喜ぶのは当然であったが、五山は玲の反応が腑に落ちないという顔をしている。

 五山はまるで他人事という顔をして玲を見ていたが、やがて「貸してもらえます?」と文書を受け取った。真剣な顔をして文字に目を通し始めるも、長い文面ではないため、読み終えるのはすぐである。しかし五山は、もう一度最初から読み直し始めた。玲は穏やかに微笑みながら、嬉しさを称えた表情で五山を見つめている。

 武智五山は、変わり者と評判の男である。悪鬼を退治するその力は確かに信用出来るが、人間性がどうにも胡散臭く、人の話を聞かず我が道を行くところがあるので、「人間、強いだけじゃねえ」などと言われる典型的な人物だ。十九歳という最年少で授与の対象となったのは、力が認められてのことである。褒章の授与に、人間性や評判は全く関係がないのだ。

 五山は、文書から目を離す。五山が出席すべき褒章伝達式なるものは、三か月後にあるらしい。達筆な文字で書かれた内容を要約すれば、準備をして来いというわけである。

「何だか仰々しいですね」

 丁寧に文書を折りたたみながら、五山はどこか上の空だった。玲は、興奮そのままに話し出す。

「準備しなきゃね! いつもみたいな真っ黒の着物は駄目だよ? ちゃんとしなきゃ、町に買い物に行こうね。他には何が必要なんだっけ? ああそうそう、髪も切って、身だしなみを整えて、そうだ、子龍に訊いてみようよ。五山が選ばれたんだったら、子龍も選ばれてるよ! 子龍は良い人だし、世話焼きなところがあるからきっと喜んでいろいろ教えてくれる。あの人は常識があるし、分からないことがあったら訊いてみた方が良いよ。五山は世間知らずなところがあるから、式で恥かいちゃうよ。三か月後には、堂々と式に参加出来るように――」

 玲はそこまで言って口を閉じた。五山によって折りたたまれた文は指先で摘まめるほどの大きさになっていて、その存在を消されたように沈黙している。玲は、五山の行動を不審に思ったようだ。五山は、玲の視線に気づかない振りをして、さらに小さく畳む。これ以上小さくならない大きさにまで折り畳むと、それをぽいと放った。

「五山」

 玲は、咎めるような声色だ。剣呑な雰囲気が立ち込めたその時、五山ははっきりと言い放った。

「行かない」

 こてんと転がった紙は、ごみのようになって動きを止める。

「僕は行きません」

 断言した五山に、今度は玲が呆ける番である。

 褒章の授与の対象に選ばれるのは、誰も彼もというわけではない。ましてや、「自己の危難を顧みず悪鬼退治に尽力したる者」として選ばれたなど、誉れでしかないのである。本来なら、断る理由がない光栄なことである。

 五山は頬杖を付くと、気のない様子で言葉を続けた。

「辞退するって言う選択肢すらない高慢な招待状ですよ。絶対に来ると思い込んでいるんです。それは大きな間違いですよ。僕はこんなもの、興味がない」

 変わり者と評判の男は、易々と言ってのけた。五山をよく知る玲は、一瞬言葉を失ったものの、予想の範疇だと表情を引き締めてすぐに口を開く。

「興味云々の話じゃないんだよ。五山の興味は関係ない。どうせ興味ないって言うと思ってたもん。そんなことはどうでもよくて、これで、武智五山の存在をたくさんの人に知ってもらえるってことが大事なの。あの人は変わり者だけど、ちゃんと強い人なんだなって思ってもらえるし、頼りにされるし、きっとどこに行っても歓迎されるし、退治だって今までよりずっとやりやすくなる。今よりもずっと暮らしやすくなるだろうし、良いことづくめなんだよ。ね? 五山、よく考えて。これは五山の人生を左右する出来事なんだよ」

 武智五山は、変わり者ではあるがその強さは折り紙付きだとの評判である。ただ、信頼出来るかと言われればまた別の話で、五山に悪鬼退治を依頼するかと言えば、それもまた別の話である。五山でなくても悪鬼退治を行う人はいるし、わざわざ変人を呼び寄せる必要はないと判断する人は多いのだ。さらに、五山は常に移動していて、行き当たりばったり、悪鬼の噂を聞きつけてやって来るため、神出鬼没だ。幼い少女を連れて退治を行う五山はどこか浮世離れしていて、話し方も素っ気なく、真意が掴みづらい。ましてや、あの強いと評判の武智五山が、こんなにひょろりとした若者であると思っている人間はほとんどいないため、こんな若者が本当に例の武智五山であるか疑われるのが常である。実際に、風が吹いたように悪鬼を退治してしまう妙技を見なければ、彼が武智五山であるなど信じがたいことでもあった。

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