*第61話 柳の枝に猫がいる

オバルト王国の史書には、およそ千五百年前に地方豪族の首領であった

黎明王れいめいおうウイルアスが、周辺諸国をまとめ上げ建国したとしるされている。

その時の腹心の部下だった四人の将軍達が、今の選帝侯の先祖だ。


ナーバル選帝侯

ウェルベム選帝侯

サースー選帝侯

ポインテス選帝侯

この四家で元老院の常任理事を担っている。


そこへ王の兄弟が臣籍降下して大公となり、議員として加わる。

現在ではターラム大公、ウイルヘイズ大公。

そしてフリーデルのキーレント大公だ。

大公家は他にもあるが直近三代の王の兄弟が任命される。


王家自体の権力はさほど強く無い。

直轄の軍も四選帝侯の軍より規模は小さい。

単体ではダモンにも勝てないだろう。

だから婚姻による信頼関係の醸成に努めて来た。


実はこの弱い王家を周りが支える構造が千五百年に渡り

王国が存続出来た要因なのだ。

権力を分散し、その支点となる事で政治的に安定した国家と成った。


王太子ナコルキンは決して馬鹿では無い。

しかし優等生に過ぎるのだ。

融通が利かない。


「なんだっ!あの態度はっ!無礼者がぁ!」

大法院から帰ったナコルキンは荒れた。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330669767106041


「如何なされたので御座いますか?殿下」

王太子妃ビリジアンヌが心配そうに尋ねる。


「あぁ、アンヌ・・・済まぬ。つい大声を出してしまったな。」


レイサン家は元老院直参の家門だ。

つまりは陪臣ばいしんである。

分かり易く言えば子会社の社員。


その妻が本社の次期社長に向かって上から目線で物を申してお咎めなし。

それどころか社長がご機嫌取りをしているのだ。


「このままでは示しが付かぬ。

王家の威光をないがしろにされては、やがて国の乱れとなろう。」


確かにそれは正論かも知れない。

しかし・・・とビリジアンヌは窓の外に視線を流す。


王宮の至る所に植栽されている柳の木。

王家の紋章にもえがかれている。

その枝に一匹の猫が寝そべっている。


”オバルト”は古代ジンムーラ語で”柳の木”を意味する言葉が語源である。

黎明王はそれを国名に選んだ。


風に吹かれてサラサラと揺れながら、しなやかに身をかわす、

柳の枝のようであれと。


ナコルキンは生真面目な人物だ。

夫としては何の不満も無い。

しかし次代の王としては、いささか視野が狭い。


ビリジアンヌは精霊院時代に、エルサーシアの後輩として、

間近にその人となりを見て来た。


(嵐の様な人だ・・・正面から立ち向かってはいけない。)


しかしそれを口にする事は無かった。


*************


「な、な、何と申した!」


ターラム大公家当主ルイスールはあわや腰を抜かしそうになった。


「サラアーミア殿に求婚を致しました。」

あぁ~なんと晴れやかな顔で・・・

とんでもない事を言いやがった!


「気は確かなのか!い、医者を!医者を呼べ!」


きっと打ち所が悪かったに違いない。

怪我は治ったが気が触れてしまったらしい。

そうルイスールは思った。


まぁ、あながち間違ってはいないけどぉ、

元々かも知れないしぃ~

目覚めちゃったものは仕方が無いよねっ!


「お待ち下さい!私は正気です!」


だったら余計に怖いよぉ~ん。

だって治らないもぉ~ん。


「何をしたのか分かっているのか!」

理解不能のとんでも一家の娘を嫁に?

そんな事になったら我が大公家は・・・


おや?

ちょっと待てよ?

何か不都合でも有るか?


個人的な性格は、この際は置いといて、

聖女がターラム家の一員に成るのだ。

わが家門が聖女の血統になるやも知れぬ。


「して聖女殿の返答は?」

「本人からは色よい返事を頂戴しております!」

「でかした!アーノルドよ、さすがは我が孫である!

早々に婚姻の申し入れを行うとしよう。」


「ではお許し頂けるのですね!」

「もちろんである。」


(内側に取り込んでしまえば、もうこちらのものだ。

頭の固い殿下を説得するのは難儀だが、

まぁ、これでターラム家は安泰だ。)


うわぁ~腹黒~い。

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