白馬、或いは天空山

「……ゼノ、貴様ならこの馬に何と名を付ける?」

 父皇シグルドの炎そのもののような熱い瞳がおれを睨む。

 本人は睨んでいるつもりもないのだろうけれど、彼は何時も怖い。存在が恐ろしい。

 

 そんなおれの前に居るのは、一頭の白馬だ。文字通り赤く燃える炎で出来た鬣を持つ、アーモンドのような形のオリーブ色の瞳の子馬。生後……何ヵ月だろうか、少なくとも一年は経っていないだろう大きさで、静かにおれを眺めながら立っている。

 馬によっては火傷痕と呪いのせいか割と怯えられるおれだが、この馬は落ち着いているな。そして……

 

 「親父」

 「まずは名を呼べ、全てはそれからだ」

 静かな声に威圧され、おれの背に隠れた少女がびくりと震えた。

 「アミュ。アミュグダレーオークス」

 オリーブ色の、アーモンドのような形の瞳。ならばこうだろうとおれは呟いて……

 

 「ほう、その心は?」

 心なしか上機嫌な父は、その馬の手綱をおれへと投げ渡す。

 「このネオサラブレッド種は、親父の愛馬の血筋だと思ったから。

 なら、エリヤオークスの名から、オークスの字を貰うべきだと思って」

 しっかりと手綱を受けとり、おれは父の顔を見上げて、そう告げた。

 「……そうだな。ならば、こいつの名はそれにしよう。ちょっと長いがな」

 

 そして、と父はおれを見下ろす。

 「貴様の馬ではないが、誕生祝いとしてアイリスにやるものだ。とはいえ、あやつは馬に興味など無いだろう。

 故、アイリス派として貴様が管理しろ」

 つまり、それは実質おれへという事なのでは?

 だが、それを聞くには早く、父の姿は炎と共に転移してしまった。

 後には、おれとアナ……そして、心配してくれたのか砕けて吊っている腕をぺろりと舐めてくれる子馬だけが残された。

 

 そうして、今。

 おれは師に連れられて、修業場への道を駆けている。

 乗馬は……割と馴れたもの。貴族としての嗜み、一ヶ月でマスターとまではいかないが乗れるようにはなった。

 

 それにだ、とおれは手綱を一度離して燃える鬣を避けて白馬の首を撫でる。

 流石は父の愛馬の子……いや孫なネオサラブレッド種というか、かなり大人しく此方に合わせてくれるのだ。振り落とされないように気を付けてくれているので、片手手綱の2人乗りだというのにかなり安定して走れている。というか、手綱が無くても余裕。

 

 「アナ、平気?」

 「こ、怖いですよ?」

 「離したら落ちかねないから、気を付けてくれ!」

 「ぜ、ぜったい離さないです!」

 と、ますます少女は後ろからおれに抱きついてくる。幼さ故の熱い体温が背に押し付けられて、何ともむず痒い。

 

 そんなおれ達の横をさも当然の面して並走する師が、その光景にくつくつと笑った。

 ところで師匠?幾ら子馬で無理をさせられないとはいえ、アミュグダレーオークスの時速は約250kmくらいと目算してるんだけれども……いや真面目に何で並走してるんですかね!?ネオサラブレッド種って、ドラゴンとかワイバーンによる航空戦力にすら負けないとんでも馬なはずなんだけどさ!?

 「馬鹿弟子が、魔法を使えば追い付けるだろう?」

 「それは貴方か親父かアイリス……あとルディウス兄さんと……」

 案外多いな、平均時速250km越え勢!

 今のおれが全力で走った時の約4倍とか速すぎるんだけど、恐らく七つの皇の名を冠する騎士団の団長辺りなら全員今のアミュと並走できるだろう、生身で。

 アイリスだけはまあ、ゴーレムでだけどな。

 

 うん、止めよう、自分の至らなさに虚しくなってくる。

 

 そうこうして、数刻。時計の針が3周半した頃。

 ちなみにだが、8つの刻に合わせて針が一周するごとに表になる絵柄が変わることで今が何の刻かを、針の進みで今その刻のどの辺りかを示すこれが、この世界の一般的な時計である。ま、時間の数えかたが違うし、時計の発展も変わって当たり前だな。

 

 漸くというか、もうというか目的地……の麓に到着する。

 其所は、王都からすら見えるというか、大陸の大半の場所から見えることで方角の指針となるもの。宇宙まで届くのではとされるし、実際雲を遥かに突き抜けて聳え立つ、ニホンの縮尺に直して標高100000m程あるとされる伝説の山、天空山である。

 地球では確か標高80km程から宇宙と呼ばれることもあったらしいし、それを考えると……うん、宇宙まで届く山だ。高さが異次元過ぎる。

 

 そして天空山を始めとした山々(といっても他の山は精々標高9000mとかそんな程度)が連なる山脈がこのマギ・ティリス大陸を東西(というには西に寄りすぎてるが)に分断していて、お陰で西方との交流は薄い。

 此処から北に暫く行けば深い森の中には女神の似姿とされるエルフの集落があり、天空山を登れば王狼の似姿とされる天狼の住処がある。そして天空山の山頂、千雷の剣座は七大天の一柱、雷纏う王狼の御座とされている。といった形で、この世界の神学からしても割と重要な地だ。

 

 といっても、エルフと聞けば心が躍るものの……この世界のエルフは神の似姿としてプライドが高いというか気難しいので交流はあまり無い。ゲームでも、イケメンと美少女しかほぼ居ない特別な種族という正に攻略対象に居そうな存在ながらそもそも人類に手を貸してくれないからと攻略可能なキャラが出てこなかったくらいだ。

 ゴブリン種はゴブリンの英雄ルークが共に皆を護るために仲間になるし、天狼種は擬人化した天狼ラインハルトがもう一人の聖女編のみだが攻略対象に居る辺り、人類への友好度は狼>ゴブリン>エルフである。いや美少年エルフの攻略対象くらい居て良かったろと思わなくもない。

 

 そんなこんなを考えつつ、バテてか四肢を折って岩場に転がる白馬に持ってきた水筒の水をやる。草原の方が柔らかいだろうに、鬣が炎だからか岩場で休むのが律儀だ。

 

 そして、横で、

 「も、もうだめです……」

 してる幼馴染の女の子にも、水を差し出す。

 「アナ、大丈夫?」

 「だ、だいじょばないです、もうわたしはだめです……疲れてからだ痛くて動けないです……」

 「大丈夫、暫く休んで良いから」

 そう水を飲ませてあげながら言うと、少女はぐったりと布を敷いた岩の上で荒い息をしながらおれを見上げた。

 

 「よく皇子さまは平気な顔出来ますね……」

 「これくらいでバテてたら師匠に見棄てられるよ」 

 そう、あまり教える気にならんと言われているレオンのように。というか、レオン未参加なのかこの合宿(?)は。

 割と扱いの差が酷い。

 

 そんな事を話していると……来た。

 山のほうを振り返るおれの眼前に、紅の雷が一発落ちた。

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