雷狼、或いは交換
紅の雷撃と共に降り立つのは、おれの身長の数倍……大型犬を遥かに越える体躯を持つ巨大な狼。
その額に輝くのは透き通る蒼き一角とそれと同じ色の綺麗な瞳。雪のように真っ白とはいかないが、白い毛並みに気高さを感じさせる神の似姿とも呼ばれる伝説。
その前脚は犬科にしては太く強靭。体勢低くどっしりと構えられるような胴から斜めに生えた構造をしており、後ろ脚はその体勢に合わせ短い。その上半身は前脚に合わせて強靭さを備えた毛が変化したろう堅い甲殻に覆われており、隙間からはバチバチとしたスパークが走る。
ニホン……というか地球ではファンタジーの中にしか居ないだろう。しかしそれが、この世界における『狼』だ。
神の似姿とされる天狼こそが狼であり、ニホンで知られる狂暴なデカイ犬みたいな種族ではない。他に狼と言えば、魔神族にそう名乗る化け物が居るかどうかって程度。
犬と狼は、この世界では全くの別種なのだ。
その誇り高き幻獣が、遥か標高99kmくらいはあろうかという高みにあるという住処から麓まで降りてきていた。
「な、なんですか?」
その瞳に見据えられた少女がびくりと震える。
まあ、当たり前だろう。彼等はどれくらい強いかというと……師匠より強い。人類最強である親父でも神器込みで勝てるか怪しい。ゲームで見られるステータスで言えば……平均で100越えてると言えば頭の可笑しさが良く分かるだろう。キチガイ成長率のゼノ(原作)ですら登場時に100越えてるのは【精神】だけだというのに。
つまりだ、自分を殺しかけたあのアイアンゴーレム程度なら瞬殺出来る。
更に言えば、彼等は幻獣だ。魔物と違い、神々の似姿とされるだけあって魔法への耐性を持つ。どんな屈強な化け物も魔法には弱いから魔物と呼ばれるというのが定説だが、人間と同じように神の奇跡を持つ幻獣だけは例外。
つまり、巨竜すら倒せる戦力である数百人の騎士が魔法込みで挑んでも、その気になった天狼一頭には傷一つ付けられないままに全員殺される。それだけの絶対強者に見据えられて、怯えないなんて無理だろう。
「え、あ、あの……」
おれの背に隠れ、震える少女。
ゆっくりと近付いてきた巨狼は、頭を上げた天狼独特の体勢を崩さずにおれを少しだけ見下ろして……
「誇り高き狼よ。
おれ……いや私たちにこの地を少しだけ貸してほしい」
おれは吊った腕を少し掲げる。
「誰かを護れる力を得られるように。こうして……情けない姿を晒さないように」
その言葉に、静かに蒼い瞳は見下ろしていた。
『ルォォォッ!』
今一度響く遠吠え。飛び上がった天狼が華麗に空中でサマーソルトを披露しながら10mほど後方に着々し、空いたスペースにもう一頭の天狼が降り立つ。
……差異としては、ほんの少し小さいのとちょっと耳の毛が多くて丸っこくふわふわしたシルエットになっているくらいだ。恐らくは先の個体とは夫婦か何かなのだろう。
そんなもう一頭はおれの頭に鼻先を当ててちょっぴり力を込める。
多分退いて欲しいんだろうなと思って大人しく一歩横へ。びくんと震える少女に申し訳なく思い、刀の鞘に手を掛けて見守る。
だが、大丈夫だ。あの師匠が見てるだけなんだから。危険ならもう動いている筈。
じっと見下ろされ、震えながらも銀の髪の少女は狼を見上げ……
ぽふっとその頭に何かが落とされた。それは、後から来た狼が咥えていた緑の草。
「これ、くれるんですか?」
その言葉に狼は鼻を突き出して応えた。
鼻先にあるのは子馬の尻。というかそこにくくりつけてある……深鍋だ。
「え?これお鍋ですよ?」
その方向を見て、アナが首を傾げる。
「交換ですか?でも、お鍋なんてどうするんです?食べられないですよ?」
『ルゥ!』
問題ないとばかりに吠える狼。
「というかアナ、それは?」
「えっと、ちょっとご本で読んだんですけど、天空山にしか生えてない結構珍しい薬草だと思います。
きっと、皇子さまが腕を吊ってたから持ってきてくれたんだと」
そうなのだろうか。不思議そうに薬草を見る少女から目を外し、おれは一歩離れた場に君臨する巨狼を見上げる。
すると伝説の獣は、此方に顔を向けて……ぺろりとその舌で吊ったままの左腕を嘗めた。
「アナ、深鍋ってどれくらい必要?」
「えっと、これは皇子さまが新しい鍋を買ってくれたから持ってきた取手が割れ始めた古い方ですし、此処でご飯を作る際に困るなーってくらいですけど」
「じゃあ、交換して良いんじゃないか?」
と、おれは持ち主である孤児院の少女に確認を取り、臆病さが見えずにしっかり逃げずに立っている白馬の尻付近から深鍋を外し、狼の眼前に差し出した。
「有り難う、おれの為に薬草を持ってきてくれて」
『ルロゥ!』
咆哮と共に器用に前脚を閃かせて甲殻の隙間に鍋を引っ掛けて固定。
そのまま案内するかのように雷光の帯を残して、二頭の狼は山の上へと走り去っていった。
「ゆ、友好的だな……」
「で、ですね……」
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