幼年期1.5章 第七皇子と迅雷の狼(カクヨム連載版追加エピソード)
孤児院、或いは師匠来訪
「アナ」
ボロボロの左手を吊ったまま、おれは孤児院の庭先で横でじーっとおれを見つめる少女に声をかけた。
びくっ!と肩を震わせて此方を見られると、何だか悪い気分になってくるんだが……
「アナ。やっぱり、何か守れるものがあるべきだと思うんだが……」
「皇子さまはわたしたちを護ってくれましたよ?」
大丈夫です、と微笑みが返ってくるが……そういうことではない。
「あれは単純に上手く噛み合っただけだ。例えば声に気が付かなかったら?全員拐われていて声を上げる誰かが居なかったら?
おれがアイアンゴーレムに勝てなかった……ならそれは単純におれの責任だが」
「そんなことないです!皇子さまは精一杯なのに」
「力が足りなきゃ意味ないんだよ、アナ。
必要なのは結果だけだ。過程にも努力にも、結果が伴わなければ価値なんて無い」
少しだけ寂しく、自嘲気味に嗤う。
「努力したに意味があるのは、子供だけだよ。そしておれは子供である以前に……責任を負う皇族なんだから。
結果を出せない努力を誇っちゃいけない。結果を出せなければ唯の塵屑だよ」
……だから、おれは塵屑だ。救うべき、護るべき多くのものをこの手から溢れ落としたのだから。
「えっとつまり?」
こてん、とアナが首をかしげる。その左サイドテールがふわりと風に揺れた。
「アイリスからの提案なんだけどさ、君達を雇えないかって」
「やとう?わたし、おしごとなんて……」
ちらりと少女が自分達の孤児院を振り返り、呟く。
「おそうじはちょっと出来ますし、わたしはお料理も皆の中では出来る方なんですけど……」
突き合わせた指をくるくると回して、椅子に座った少女は悩む。
「おかねを貰える出来じゃないですよ?」
「それでも良いんだよ。君達を護る手立てになるなら。
それこそ、奴隷でも」
「どれい……」
少女はぽーっと自分の掌を見た。
「わたし、どれいでも良いですよ?
それで、皇子さまが満足してくれるなら」
「満足しない言葉の綾だそもそもおれに誰かの人生の責任なんて負えるはずがないから忘れてくれ」
奴隷なんてもっての他だ。命を含めた全てを捧げさせるが代わりに命を保証するこの世界の奴隷制度を否定する訳じゃないが、おれ自身が奴隷を買うのは真っ平御免だから焦っておれは言う。
「ふふっ、じょーだんですよ皇子さま。
わたしだって、流石にどれいになるのはちょっとやですし」
くすくすと口許に手を当てて、幼い少女は笑った。
「でも、いきなりどうしたんですか?」
「いや、親父や師匠にまともに責任も持てんのか貴様はってどやされて……」
「でも、皇子さま?
雇うってみんなですか?」
それは……とアナと二人、周囲で遊ぶ子供達を見る。
4歳~8歳の子供達10人ほどと、今はちょっと奉公ではないが職業訓練に外出している11歳と13歳。
全員を雇うとなると……
「厳しいな」
「なら、だめです。わたしだけなら嫌です」
「……この場所が大事?」
「はい。両親の事は知りませんし、あんまり余裕はないですけど……」
胸に手を当てて、誇らしげに語る少女。
「いや、ごめん」
「あ、皇子さまを責めてる訳じゃないです!
二度助けてくれて、色々修繕するお金やご飯の品数を増やせるようにしてくれたり、ほんとうに助かってるんですよ?
夜中にお腹減ったって言われることも減りましたし……」
「あーっ!」
軌道が逸れておれへと飛んでくるボールをヘディングで打ち返す。
「こんなボールだって、前はボロの一個をみんなで使う遊びしか出来なかったんですよ?」
その光景にぱちぱちと拍手しながら、銀の髪の少女は上手いですと褒めてくれる。
「今では皇子さまが買ってくれたから楽しく遊べますけど
だから、皇子さまが居てくれたからほんとうに感謝してもしきれないんですけど……やっぱり、わたしを拾って生かしてくれた此処が、わたしのおうちなんです。
だから、一人だけ出ていくなんて、やっぱりあんまりしたくないです」
その瞳は強い光を湛えていて。
「分かったよアナ。もう言わない。
全員を雇えるならその時に」
「ごめんなさい、ワガママですよね?」
申し訳なさそうに視線を落とす少女に、おれは気にするなってとその肩を優しく叩いて答えた。
「と、今良いな馬鹿弟子?」
と、現れるのは二角の偉丈夫。和装に身を包み、額から生えた前に突き出した二本の角が何よりの威圧感を持つおれの師。
「っ!ひっ!?」
二本の角は西方に暮らす脅威の鬼の証。怯えたアナはおれの背に逃げ込んで顔を埋め、遊んでいた子供達も我先にとボールを放り出して孤児院に飛び込んで扉と窓を閉めきった。
「あー、苦手か?」
その光景に苦笑し、はぁ、と息を吐くのは……おれの師、グゥイである。
身元の知れたサムライで、額の角が示すように、半分化け物。西方の皇族と、鬼のハーフ。故に畏れられ、忌まれ、家族からは受け入れられたものの……表舞台には決して出れず、放浪する中父に言われておれの師として今此処に居てくれる。
顔も言動も怖いが、何だかんだ怖いだけでそこそこ優しいし、同じく忌まれる血としてかおれの事も気にかけてくれている。
そうでなければ、刀なんて特注してくれやしない。
「師匠。存在が怖い」
「慣れろ」
「おれは行けましたが、皆は無理です。お面か何か被ってひょうきんな姿をしてくれれば何とかなるかもしれませんが……」
そんなおれのすっとんきょうな提案に、くつくつと馬鹿らしく男は笑った
「あ、あの……
皇子さまのお師匠さま?アイアンゴーレムの時はありがとうございました。お陰で、わたしもみんなも皇子さまも助かりました」
おっかなびっくり、顔だけおれの背から出して、アナが頭を下げる。
「そうか。助かったか。
馬鹿弟子一人で勝てたはずだがな」
そして、彼はおれを見下ろす。
「だからな、馬鹿弟子。付いてこい、修業の時間だ」
首根っこを掴まれるおれ。
そのままぷらぷらと揺れて連れていかれるおれを必死に追うアナ。
「ま、待ってください!皇子さまは片手折れてるんですよ!?駄目です」
「そんな状況からでも勝てなければいけない。その修業にはちょうど良いだろう」
「死んじゃいますって!」
「心配ならお前も来い」
その横暴に、一瞬だけ足をすくませて。
「分かりました、行きます!」
けれども覚悟を決めたようにアイスブルーの瞳に強い光を湛え、きゅっと髪飾りを握りこんで胸元に当てて、少女はそう答えたのだった。
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