新生、或いは終結

「やってみろよ皇子さまよぉ!

 出来んだろうなぁ!」

 ゴーレムの全身に仕掛けられたランプが輝く。

 

 「出来るさ」

 本当に出来るのか、そんなことは分からない。ゲーム知識で照らし合わせると恐らくは必殺は通るから理論上勝てるというだけの話。

 そもそも、タイマンでは勝てるとしても、彼は理論に基づいて次の攻撃が読めるAIではない。気紛れにエッケハルトを狙いに行くかもしれないし、アナやらを襲うかもしれない。


 AIであれば、攻撃範囲におれが居る以上、最優先でこのフェイズ中に狙える唯一の敵であるおれを狙う。

 攻撃優先度は即座に攻撃出来る相手、一発で倒せる相手、ダメージを多く通せる相手の順番だ。ギリギリ一フェイズの移動で届かない場所に一発当たれば死ぬ回復役が居て、移動すれば次には届くとしても、直ぐに殴れる範囲に誰か居る限りそちらを狙う。それがAIだ。

 だからこそ、高難易度でゲームは成り立つ。

 だが、キレた人間はそうではない。この世界は、おれの生前が良く知っていたゲームに近い世界であって、ゲームそのものではない。

 此方を揺さぶろうと移動して殺しやすい相手を狙われるかもしれない。そんなものは防げない。


 「来いよ木偶人形。ガキに負ける恐怖を教えてやる」

 だから、刀を鞘に納めつつ煽る。

 何というか、煽りばかり上達していく気がするんだが……人生大丈夫だろうか。そもそも享年18を回避するところから話を始めないといけない……というか、下手したらゲーム開始前に享年6になりかねない。

 幾らアイアンゴーレムという皇族なら勝てなきゃいけない鉄屑相手でも、3回も当たればおれは死ぬのだから。

 「刀を納めるたぁ、諦めたか!良い子でちゅねぇっ!」

 

 「その憎たらしい顔に、ロケットパーンチ!」

 「……選択が、悪いっ!」

 残された腕を真っ直ぐ此方へ向け、鉄の巨人がその腕を射出。

 同時、駆け出し始めたおれは……すれ違うように鉄拳と交差、特に当たることなんてなく。

 「せいっ!はぁぁぁぁぁっ!」

 射出を終え動きを一旦止めた巨人へと辿り着く頃に柄に手を掛け、走る速度も合わせ、駆け抜けながら抜刀、一気に振り抜く!

 

 「……は?」

 呆然とした男の言葉が響くなか、止まらないように速度を弛め、歩く。止まれば巻き込まれるから。

 十分に離れた頃、軽い地響きに足を止めた

 大地に背から倒れた巨体。その後方に唯一残る鉄柱。

 「何をしたぁっ!」

 「……足を斬った、それだけだよ」

 そう、左足を斬った、それだけである。

 「ガキに、そんな、事がぁぁぁっ!」

 「ガキじゃあ、無い。

 皇族の、ガキだ」


 「ふざけるな!アイアンゴーレムだぞ!軍ですら通用する力が、こんなチビなんぞに」

 「……それが、皇族だ」

 「刀を持ったって、だけでぇぇぇっ!」

 「だけ?違う違う。

 武器を持てた時点で、おれの勝ちだ。刀って武器を、何だと思っているんだ?」


 必殺特化武器、それが刀だ。全体的に素の攻撃補正は低く、代わりに必殺補正が強い武器種。

 全体的に耐久が低めなのが難点であり、けれども補正で必殺を連発した際の火力は高い。

 「抜刀は、普通に振るよりも速い。

 それをもって最初の一撃で優位を決めきる力。それが師匠の流派だ。


 刀さえあれば、必殺で鉄くらい叩き斬れるさ、当然な


 「ふざけるなぁぁぁぁっ!」

 激昂、そして怒りに任せた攻撃。

 鋼の巨体が軋み、唸る鉄拳。

 「せいっ!やぁぁっ!」

 言葉と共に飛んできた拳を、抜刀切り上げでおれは迎撃、拳そのものと腕を切り離し、軽くバックステップして爆発を避ける。

 

 「……終わりだな」

 地面に落ちる物言わぬ鉄拳を背に、そう告げる

 ゴーレムは確かに浮かび上がることは可能だろう。

 だが、ビームはもう無く、両の腕は撃破され、蹴ろうにも片足では姿勢制御は効かない。実質質量兵器としてぶつけるしかないが、それもまた今更だろう。

 

 「縄に付け」

 動きを止めた巨体を登り、恐らく術者が隠れているだろうハッチへと、鞘ごと逆手に持った刀を突き付ける。

 「こんな、ガキにぃぃっ!」

 

 「なんて、な」

 瞬間、沸き上がる嫌な予感に、咄嗟にゴーレムから飛び下がり。

 「新生せよ、鋼鉄の機神!」

 同時、鋼の巨体が自身にあったがらんどうの鎧かのように、バラバラと崩れ落ちた。

 「がふっ!」

 腹に受ける、冷たく熱い感触。冷えきった鏡のように磨かれた鉄を、左腕を巻き込んで腹を抉るおれの上半身はある鉄拳を、熱い血が汚す。

 「かふ、ぁっ!」

 現れるのは、一つの姿。前のアイアンゴーレムより、数段人間に近くすらっとした立ち姿。

 10頭身はある細身の人間が、体にびっちりと特殊スーツを纏ったような姿。あえて生前で言うならば、ロボットより戦隊ヒーローに近いだろう。


 「……やれる、とはな……」

 ぼんやりと、そんな言葉を紡ぐ。

 「ふん、油断したなガキぃっ!だから幼さは甘さだというのだぁっ!」

 ……ゲームでは不可能だった事。だから、忘れていた。警戒を怠った。

 そう、ゴーレムそのものという材料があるのだから、その場で魔術でもってゴーレムを作り直せないか、という誰しもが考えるだろう事を。


 ゲームでは、それはバランスの問題か出来なかった。何度でもその場で直せるのでは、無限に生身より強い戦力を湧かせられるのでは、SLGゲームとして成り立たない。だからこそ、あくまでもインターミッションでしか、ゴーレムは作れないとなっていた。

 だが、若しもゲームっぽくてゲームではないこの世界ではそんな制約が無いのならば。

 ……それはあり得たはずの話。壊れたゴーレムという素材から、新たなゴーレムを作り出しての継戦。

 

 ああ、逝ったなと、そんなことをぼんやりと思う。

 左手は、もう熱くない。腹を殴る一撃に巻き込まれ、有り得ない方向に曲がっているが、逆にというか痛みもない。


 さて、どうするか……

 地面を転がり、火を舐めて立ち上がりながら、考える。


 抜刀術は両手がなければ使えない。強いが片腕折れただけで撃てなくなる欠陥技術だ。

 といっても、おれにはそれしかなかったのだが。

 「まだ、いけるさ」

 強がりと共に、手放さなかった刀を振る。鞘が外れ、燃える地面に転がる。

 生き残れば、鞘を失ったって怒られるな……とそんな皮算用と共に、刀を新ゴーレムに向け突き付ける。

 「無駄な、事を!

 死ねぇっ、皇族のガキぃぃっ!」

 その巨人の目に光が点り。

 

 甲高い隼の鳴き声と共に、その上半身が吹き飛んだ。

 「……んなっ!」

 「あれ、は……

 ファルコン、ストライク……」

 「……待たせたね、ゼノ」


 ファルコン・ストライク。

 所謂奥義スキルと呼ばれるものの一種。

 自軍フェイズにコマンドから選択して発動する特殊攻撃の一種であり、攻撃力計算値は武器威力×2+(力+技+魔力)/2、射程は1~5と長く、貫通(選択した対象と自身との間に居る敵にもダメージ)を持つ。

 何よりの特徴は、必殺が普通に発生する(多くの奥義はそのダメージ補正を加えた火力インフレを防ぐためか必殺補正がマイナスであったり必殺が発生しないを持っていたりする)上に相手の防御or魔防の低い方をダメージ計算に適用するドラゴンブレス計算式な事。

 コスト制限共に緩く(2ターンに一度、消費MP5とローリスク低コスト)連発可能な事も相まって圧倒的殲滅力を誇る、皇族の皇族と呼ばれる所以を証明する壊れ奥義である。ゲームではおれも散々ぶっぱなした記憶がある。


 ……とまあ、ゲームでの性能は置いておくとして。

 

 要は、普通の攻撃よりもバカみたいに強い皇族の一撃という事である。

 その大鳥が地面に突き刺さり、消えると共に

 貫かれた鉄の巨人は煙を上げ、そして完全にバラバラのパーツに分かれ、大地に崩れ落ちた。

 そのスタイリッシュな細身になった腕も、鉄兜を模したような頭部も、いくつもの欠片となって地に降り注ぐ。

 

 「ファルコン……ストライク……」

 おれと同じく呆然とした声。

 まあ、有名だから知ってはいるだろう。騎士団所属してた時代が最近あって知らなければモグリだ。使い手はただ一人。

 隼の神器の継承者、皇位継承権現在の第一位、ゲーム開始時点でも押しも押されもせぬ……訳では(某妹のせいで)なくなってはいるものの未だ第一位。甘いマスクと蕩ける声で街のお姉様方に大人気な第二皇子のあの人、血が父方だけ繋がった兄である。

 

 「一人で解決は難しいだろう、ゼノ

 助けに来たよ」

 お姉様方ならばキャーキャー言うだろう甘い蕩けるような声。それでも媚びすぎず、しっかりとしたちょっと高めの男性ボイスで声優さんすげぇなと思ったことを覚えている。

 そして、お前には無理だというちょっとした棘を(いやまあ事実なので言い返しようもないのだが第一形態アイアンゴーレム撃破で許して貰えないだろうか。こんな人生序盤から第二形態持ちとかゲームならケイオス5あるだろう)含ませた正論っぽい言い分。


 間違いない。いや、元々ファルコン・ストライクの時点であの人なのは確定しているのだが気分の問題である。

 「シルヴェール、兄さん……」

 「正解、私は弟だから助けに来たんだから、ね」

 ふわりと降り立つ人影。その空に浮かぶ魔法おれも欲しいと何度思ったことか。まあゼノであるおれには一生縁の無い魔法なのだが(魔法を使うことそのものに縁がないので当たり前か)。


 未だ燃える草原の火に下から照らされ浮かび上がるのは優しげな顔。母方の髪色を引き継いだのか柔らかな色合いであるはずの金の髪が、炎の色を反射してか何時もより橙に染まっている。

 年の頃は成人しつつ20に届かない程だが、その存在感は既にしっかりと感じさせる。

 その青年が……

 「分かるよね、君ならば。

 投降、してくれるかな」

 たった一言で、瓦礫の中呆然としていた男は膝を折った。

 

 おれは。

 皇族の恥さらしたる第七皇子ゼノは。本来皇族とはこうあるべきという解決の見本を見ながら、ただ事態がたった一度弦を引いただけで終わるのを眺めていた。自分の弱さというものを、噛み締めて。

 

 そのまま駆け付けた者達により火も消し止められ、散り散りになった者達も捕らえられた。一人だけ逃げおおせた者が居たらしいが、それをどうこう出来るような事は特に無く。

 阿呆か貴様。勝てた死合を棄てたか。慢心するな、と刀を託した師にボッコボコにされて、日が過ぎていったのである。

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