召喚、或いは妹派

そうして、約2日後。

 「何の用なんだ、親父?」

 おれは、父皇シグルドから、呼び出しを受けていた。

 皇命である、の一言が添えられていたそれは、最上級……とまではいかないが、最上位に近い順位の命令。即座にでも、今やっている事をそれこそ放り出してでも、駆け付けねばならない。

 そう、師匠との訓練を無視してでも、だ。

 後でキレて色々とやらされるだろうなーなんて、後の話は置いておくとして。

 まあ、どんな理由であれ、自分の定めたことを無視されることを異様に嫌うあの人は仕方ないと、メイドのプリシラに言い訳を頼んでおいた。露骨に嫌な顔をされたので、果たしてくれるかは微妙な所だ。

 どうにもあの娘にはおれへの敬意というものが無い。いや、情けない所ばかりのおれに対する敬意がそもそもあるかどうかは別として、一応主人扱いだろ?理論上の主人は親父だとはいえ。

 

 「来たか、悪いな」

 おれの顔を見て、そう父は笑う。

 珍しい話だ。呼び出しておいて、それを詫びるなんて。基本的に、皇帝が呼んだのだ、来て当然だろうという態度な人なのだが。

 それでも許されるのは、単に強いこと、そしてそもそも呼び出すに足りる理由がないなら呼ばない、理不尽な出頭が無いが故のこと。

 だからこそ、珍しい。

 畏まって、言葉を待つ。何故、父がおれなんぞを呼んだのか。予想は……正直な話付かない。

 

 「ゼノ。お前が呼ばれた理由は、分かるか?

 正確には分からずとも良いが、全く分からんというのは認めん」

 「酷くないか、親父」

 ぼやきながらも、何を言えば良いのか言葉を脳内で探る。

 まず、恐らくはアイリス絡みなのは間違いがない。だが、その先が繋がらない。

 「啖呵切った事に関して、だとは思う

 けれども、おれにはその先が分からない」

 だから、大人しく負けを認める。

 そんなおれに、父は一つ息を吐いて、手元の紙の束を投げて寄越した。

 

 そこにあるのは……数枚の資料。光魔法やら火魔法やら、様々な魔法で焼き付けられた似顔絵。まあ、言ってしまえば写真付きの資料。まあ、それは良い。

 

 問題は一つ。そこに載っているのが、幼い少女のものばかりというところ。年頃は……まあ、おれと同じか少し上くらいだろうか。6~8歳くらいだろう。顔は……悪くない、というレベルだ。

 アナと比べてしまうと……ってあれはちょっとヤバいレベルか。比べてはいけない。深窓の美少女扱いとなった妹と比べても負けてないとか平民として可笑しい。

 居ないことは無いのだが。というか、母も美貌故に親父が平民からメイドとして引き上げたのだったはずだし、たまに居るのだが。それでもあれは反則だ。

 といっても、不細工な訳もない。それなりに整ってはいる。

 

 「……これは?」

 「お前の婚約者候補だ。好きに選べ」

 「は?」

 一瞬、呆けた。

 改めて考えてみれば、それは間違ってはいないのだろう。同年代くらいの異性の写真(魔法により焼き付けられた絵だが)を見せる理由なんてそれくらいしかなさそうだ。

 けれども、いきなり過ぎる話。

 

 「……親父。本当に?」

 紙を捲りながら問い掛ける。

 文字はこの一年でしっかり学んだ。流石に読める。読めないなんて事はないを

 捲って軽く見る限り、下級貴族の娘ばかりだ。そこまでの上位貴族は居ない。

 「難色を示すか?」

 「……まあ」

 大人しく頷く。

 「理由は分からんでもない。釣り合わん、というのだろう」

 いや、そうじゃない。

 「……親父」

 「何だ?」

 「彼女等は、生け贄じゃないか」

 静かに、そう口にする。

 生け贄、というのは物騒な言葉だが、その通りといえばその通りである。

 

 皇族から籍を外す際に婚姻先の姓を得る、と皇族について言ったが、それに繋がる話である。つまりは、どんな皇族にも相手が要るのだ。

 迎える家がなければ、何もしようがない。追い出しようも無い。というか、皇族の後ろ楯は、自身の力と婚約先の権力である、という程度には影響は強い。であるならば、婚約者は必須である。その理屈は分かる。

 それで、だ。皇帝になる望みなぞまず無い、顔には一生消えない火傷痕、更には魔法が使えず魔法への防壁もない糞雑魚。そんな噂が広まりに広まっているような最低皇子に、誰が娘を嫁に出してその後ろ楯に付こう、等と思うだろうか。

 そんな貴族が居る訳がない。いや、昔おれが其処の娘を何でか助けていて、その恩があるとかならば有り得なくもないのだが、生憎とそんなイベントは起きなかった。

 いや、助けてないとかそういう意味ではなく、感謝される程の事じゃなく寧ろ忌み子に助けられた黒歴史として葬られてるという意味でだが。

 つまり、だ。それでも誰かを後ろ楯につけなければならない以上、誰かが娘をおれに差し出さなければならないという話。そこに選ばれたのが、今おれが見ている資料の娘達なのだろう。

 まさに生け贄である。もしもおれに選ばれれば、おれがよっぽどの不祥事を起こさぬ限り、選ばれた娘は出来損ないの忌み子皇子の婚約者として縛られる。一生、自由を奪われる。

 不貞等許される訳もない。恋を知る前から、それを許されなくなる。

 会ったことも無い、結婚も出来ない、呪われた忌み子皇子の為に。

 

 「生け贄か。言いえて妙

 等と言うと思ったか、馬鹿息子」

 「どうしてだ、親父」

 「……分からんか?生け贄というのは、自分には自分で選んだその女を、己に惚れさせる事等出来んと思い込んだ負け犬の言葉だ。親の決めた婚姻、それが最善だったと言わせられるならば、そんな言葉は吐かん」

 「いや、でも」

 「言いたいことは分かる。だが、馬鹿息子。今のお前に必要なのは、後ろ楯だ」

 「何で必要なんだよ。早いだろ、婚約だ何だ」

 「早かった、だ。お前が啖呵切ったのだぞ?

 今やお前は、事実上アイリス擁立派の先鋒だ。他に居るかというとだがな。お前がどう思おうが、周囲がそうする。ならば、その際に個人では何もならん。今すぐにでも後ろ楯が必要なのだ。

 分かるな、馬鹿息子」

 「……わかるよ、親父」

 何となく考えていた事。アイリス寄り扱いされそうだな、という話。

 先鋒扱いまで広がっていたのは予想外ではあるが、想定していなかった訳でもない。

 その先にまでは、思い至らなかったが。

 

 「それでも、彼女等は選べない。選びたくない」

 「あの娘か。力無ければ奪われるぞ?側室で留めておけ。それを看過出来んというならば、その程度の気持ちだ」

 「アナの事か?って関係ないだろ、アナは!

 側室だ何だ、そんな事考えてない」

 考えるわけもない。そもそも、だ。おれは忌み子である。おれと結ばれるというのは、それだけで後ろ指指されるようなもの。それは……駄目だ。

 まあ、そもそもアナになつかれている事自体半分吊り橋効果みたいなものだろうし、そのうちボロが出る。

 命の恩人への憧れは、きっと恋にはなり得ない。おれがもっと凄い人で、皇子さまと呼ばれるに足りるならば話は違ったのだろうけれども。おれは……魔法の使えない出来損ないの忌み子でしかないからな。


 そもそも、第七皇子ゼノの婚約者があんな平民出身の美少女だったなんて話はないのだし。

 おれは、おれの分くらい弁える。たまにそれを無視してしまうけれども。

 だからこそ、普段から自分を弁えるべきなのだ。

 

 「どう考えても、忌み子であるおれとの婚姻なんて嫌に決まってるだろ!

 誰もが嫌だ、そんな状態から幸せに出来るなんて甘えた言葉は、おれには無理だ。

 だから、親父。この中から選ぶことなんて出来ない。不幸を覚悟しての生贄娘から選ぶなんて嫌だ」

 

 「選ぶならば、元より打算、か?」

 「ああ」

 大人しく頷く。

 打算。まあ、言うなれば貴族に渡りを付けたい者達の事である。分かりやすく言えば商人の家系

 「良いだろう。一つ、商家からも話があった。貴族に拘るかと思い外していたがな。

 握り潰す気はあったが、馬鹿息子たっての願いならば受けよう。

 自分の言葉だ、責任は持てよ?」

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