来訪、或いは馬鹿襲来
「と、言う感じかな」
「皇子さま……」
それから2日後。おれは何時もの如く孤児院へと顔を出していた。今日の荷物は……現代風に言うならば50kgほどの重量だろう穀物。マギ・ティリス大陸での重さの単位はgではないはずだが、詳しくは知らない。
おれ自身とはゲーム的にもゼノとしての生活的にも関係が薄すぎて聞いたことがない。穀物は加工すれば塊で食べることも可能だが大抵の家庭では粥として食べられている一般的な主食のひとつ、その材料である。詳しいことは知らないが、あえておれの曖昧な記憶で似たものをあげるならば麦だろうか。
「お怪我とか」
「特に無い。何にも食らってないからさ」
そう言って、手を振る。
「でも、その手……」
ふと見ると、右の手の甲には、ざっくりとした斬り傷が残っていた。血は止まっている。流石にそこはしっかりと止血した。けれども、逆に言えばそれだけしかしていない。固めた血で傷口が塞がっただけである。
「皇子さま……」
話を聞いていた少女は少し潤んだ目でその傷を見て、ゆっくりとおれの手を取った。
「魔法でも、治せないような傷を」
おれの顔と、手の甲の傷を交互に見ながら、少女ーアナは呟く。
一時期の顔半分を覆うほどよりは大分マシになったとはいえ、火傷痕は一生もの。それを見れば、この手の甲の傷もそうなのかと思ってしまう……事は有り得るのか。
「いや、魔法だから治せないんだ。それにこの傷は別件、単純におれの弱さが招いた傷だよ」
「そう、彼こそが禁忌の忌み子だからだ!」
「皇子さまにそんな酷いこと言わないで!」
「ぐっ、事実なのに……」
何時の間にやら、扉をバァンと音を立てるように跳ね開け、一人の少年が太陽光を背に立っていた。
そうして、器用にも吐血していた。
「……何やってんの、ポンコツ伯子?」
エッケハルト・アルトマンには別に持病とか無かったはずだが。寧ろ、強い炎を受けた際に古傷……というか火傷痕が疼くのおれの特権だろ。
「この胸の痛みが、人を強くする!心が流す血が、何時かお前を越えるんだ」
「要は精神ダメージか。宴会芸を修めて道化師にでも転職する気か?」
一発芸としては受けるかもしれない。きっとこの世界でも、オーバーリアクション芸は一定の笑いを取れるだろう、多分。
おれの背に半分隠れながら、冷たい目でアナが突如現れた少年を見つめている。
逃げたり、隠れきったりしないのは多分、出鼻を挫かれてたから。あの日、騎士団の前に現れた貴族様は恐かったけれども、今の彼は……なんか怖くない。そんな感覚だろうか。案外道化のような吐血芸、有効に効いているのかもしれない。
「それで、おれの孤児院に何用だ。孤児にでもなった訳じゃないだろ?」
「未来の嫁に会いに」
「教会行け。天才的なサニティ使いの神官を紹介してやる」
「別にパニック掛かってないって」
「いや、またチャーム食らってるから解除しろ」
「……また?」
「また、だって……?」
おいこら、折角アナさえ居なければ割と話せる貴重な相手だからと助け船出したのにお前まで首を傾げるなエッケハルト。
「アナ、チャームとパニックは分かる?」
「魔法書、だよね」
「正確にはそれらの症状を引き起こす基本となる魔法書の名前がそれ。実際に使われるのはもっと色んな副次効果を組み込んだものだけど」
「……それ、で?」
こてんと首を倒す仕草が愛らしい。
それに引き寄せられる蛾のようにふらふらと前に出る同い年の少年にお前はそこに立ってろと火傷の残る目で睨み付け威圧して。
「前、あいつが酷いことしたのは覚えてるだろ?
あの時、その二つを受けていたみたいなんだ」
嘘は言っていない。嘘は。幼い初恋の熱に浮かされる、恋煩いという名のチャームはかかっていたのだし。
厄介な点は第三軍化。その状態でも発動時点では操作が効かなくなる訳ではない。術者を味方認定し、攻撃が出来なくなり、範囲回復や範囲補助対象になるだけだ。
ただ、術者を大切な味方と思い込むというのは、それだけで盛大な初見殺しである。
ゲーム的には、その第三軍はリーダーが攻撃されると敵軍になるという形で表現されていたが、要は術者を殴るとプレイヤー側が大切な仲間を裏切って殺そうとした裏切り者としてチャーム掛かったキャラに扱われ、チャーム解除しない限りそのキャラが敵になる。当然ながら、その状態でもHPを0にすれば死ぬ。
チャーム食らったキャラは武器の損傷も何も考えず最大火力で狙ってくる等も合わさり、初見チャームでリセットしなかったプレイヤーは少ないのではなかろうか。
おれの初見時は当時ルートに行こうとしていた回復役の女キャラがチャームを受け、範囲攻撃魔法でその後直ぐに術者を倒して敵化を踏み抜き……そこまではそのキャラは火力の低い回復役なので被害は低く良かったのだが、彼女に効きもしない杖殴りを選択され、狙われたゼノ(おれではない。ゲーム内のキャラの方である)の反撃が8%の必殺引いてぶっ殺してしまった。
まあ、つまり何が言いたいかというと、皆チャームでキャラを死なせてリセットくらいやってるだろう、おれもやったんだからさ、という話である。
ゲーム的な話は閑話休題。チャーム、パニック、どちらも精神異常魔法である。
それを受けていたならば、まあ、アホな行動を取っても仕方ないよね?というお間抜けな擁護。それがおれの言葉の意味な訳だ。
あの行動については擁護するが、代わりに油断からか幼さ故かチャームなんぞを気がつかないうちに食らってた間抜けの名を背負え、というただでは許さない策。自分の事ながら、セコい。
「……そう、なの?」
「星紋を撒くような外道だぞ?更に強力な魅了で事態を大きくしても可笑しくない」
いや可笑しいだろと言いたくなるが無視して。
「すまなかった」
暫くして。おれの言葉の意図に思い至ったのか、少年は軽く、頭を下げてそう言った。下げるのは頭のみ。首を曲げ、目線を下へと向けるのみ。
貴族としては、それが正しい。謝ることは弱味である。基本的に頭は下げるな、下げるとしても頷く程度。それが、格下相手のやり方だ、というのがデフォルト。
おれも、謝るのは口先。頭はほぼ下げないように気を付けている。
「わたしは、大丈夫。
けど、皆に謝って。皆、死ぬかもしれないって怖く思ってた」
「分かった」
大人しく、少年は頷く。実に素直に。
「って星紋症ばら蒔いたのは違うから!やってないから!そこは間違えないでくれよ!」
「本当に?」
「本当だ!」
「じゃあ、誰なんだよ黒幕は」
「それは知らない」
少年の瞳には、静かに炎が揺らめいていた。まあ、嘘を言っているとは見えない。
「けれども、夢を見たんだ。
城下の孤児院から始まるパンデミックの夢を」
「ぱんで……みっく?」
少女が、首を傾げた。
案外アナは色々と知っている。体は強くなくて、孤児院の中で本を読んでたからか、年の頃にしてはしっかりしていると言えるだろう。チート(前世の記憶)のせいか子供らしい可愛げが無いと言われるおれとは違い、背伸びしてるだけ、なのだが。
けれども、パンデミックという言葉を知らないという。星紋症に関しては、本で読んだことがあるらしいのに、だ。その本に書いてなかったのだろうか。
けれども、そんな疑問はすぐに忘れて、おれはアナに説明を始めた。
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