夢見る少女、或いは婚約者

「こんなのみとめないわ!」

 城の一室。妹アイリスの部屋の扉が突如開け放たれたのは、父皇との会話から更に3日経った日の事であった。

 

 「……摘まみ出してくれ」

 「第七皇子。立ってくださいまし?」

 「は?」

 「邪魔者は摘まみ出せというのであれば、貴方様こそが何よりの邪魔者。

 もろともに摘まみ出すので、運びやすいように立って下さいまし?と言ったのです」

 「邪魔者おれかよ!」

 冷たい表情でそう告げる妹付きのメイドの一人ー誘拐騒ぎの後大分整理という名の飛ばしをされたがその中を生き残った若さの割に歴戦のメイドであるーに向けて呆れたように首を振る。

 「おや、自覚は無かったのですか」

 「無視するなんて良いどきょーね!」

 実際問題、メイドとのやりとりの半分くらいは軽口だ。本気で追い出そうという気は……半分くらいしかないだろう。

 やらかした事の大きさを考えると仕方の無いことではあるが、仮にも主君の兄であり、主君擁立派の先鋒に気が付いたら祭り上げられている存在だ。

 あまり下手な扱いは出来ない。それは付け入る隙になる……んだろう多分きっと。

 なのでまあ切り上げるとして。改めて乱入者の姿を確認する。

 

 走ってきたのだろうか、多少頬を上気させ、肩で息をしている。

 年頃はアナと同じくらい。つまりはおれと同年代。一つ上、くらいだろうか。当然ながら、髪の長さなんかで性別の見分けは付くが、別に何処が出ているという訳もない。

 顔立ちは……まあ、悪くないだろうか。一般的に見れば多少整った方だろう。子供らしい大きめの吊り目が印象的。

 ……ってか、これは多分おれの可愛いの基準が狂ってるだけだ。基本的に今の皇族なんて美形な父皇が色んな美女に手を出した結果だ、美形に決まってる。

 くるくるとカールした明るい茶色の髪は、別にドリルという訳ではなく広がっている。それに合わせたのは、明るい青を基調としたワンピース。各所にフリルがあしらわれ、可愛らしい印象を際立たせている。

 

 「摘まみ出してくれ」

 「ぶれーもの!」

 少女はおれに向けてそう叫ぶ。

 いや、無礼者である事は確かだ。言い訳のしようもない。だが、妹の部屋に突然踏み込む無礼者に言われる筋合いは無い。

 「突然は……同じ、です……」

 思考を読んだかのように、アイリスの手が背を叩く。

 面目無い。その通りである。このメイド達はおれのアポイントを了承する事は決してない。拒否しようが、どうせおれは勝手に来るとわかっているのだから。

 それでも摘まみ出さないのは、妹故の優しさだろうか。行くのはおれのエゴである。

 

 「だ、れ……?」

 ベッドの上に身を起こし、多少焦点の合わない瞳で、アイリスが問い掛ける。

 「起きて大丈夫か?」

 「要らない、ひ……と、くらい……」

 矜持というものもあるのだろう。おれの火傷痕と似たようなものだ。皇族として、譲れない一線というプライドがある。

 突然の訪問者を任せきりにしたくないというのもそう。痕を隠して誤魔化していたくないというのもまた。


 「誰?誰ってしつれーな話ね!」

 「いや、当たり前の話じゃないか?」

 何となく、予想は付くのだ。まさかここまでとは思わなかっただけで。


 そう。この少女自体には見覚えが特に無い。真面目に無い。大貴族の娘なんかであれば庭園会なり何なりで姿を見掛けることがあるはずなのだ。

 が、それも無い。だというのに、だ。この少女は皇族の私室にまで踏み込めた。その区画の衛兵を通り抜けられた。

 それは、彼女個人がその区画に踏み込むだけの資格を持っていたという証。

 ならば答えはほぼ一つ。

 

 「というか、アナタのせいじゃない!」

 びしりと、少女は左腕を上げておれを指で指し示す。

 行儀が悪い……というのはおれの生前の知識だったか。この世界では、目上の人から指さされるのは割と光栄な事だったはずだ。


 格下からされるのは、自分はお前よりも目上だ敬えというアピールだとして、時々喧嘩沙汰になるくらいには侮辱的なのだが。仮にも皇族にそれをやるとか大丈夫かおい。

 世間的に、あくまでもおれ相手なら咎める者は多くはないとはいえ……

 「アナタの側から頼み込んで来たんでしょう!おじーちゃまが言ってたわ。なのに何であいさつにも来ないのよ!」

 「……おにぃ、ちゃん……

 何、やっ……た、の?」

 アイリスの視線が背に突き刺さる。

 割と痛い。

 

 「親父に呼び出されてすっぽかした事で、師匠に一泊二日に渡ってボコボコにされた」

 早朝から次の日の昼過ぎに至るまで。一日の弛みは三日の努力を殺すだとか何とか言われてひたすらに限界までしごかれた。その日は真面目に腕が痺れてまともに食事も取れなかった。

 余談だが、その師匠はそれを終えたその足で飛竜に乗って西方に立った。何でも、おれの為に頼んでおいた刀が鍛え上がったので状態を見てくる、だそうだ。

 それは有り難いけれども、あれだけおれ相手に刀振るっておいてそのまま乗り心地が悪くて乗り続けるのに体力が要ることで有名な飛竜に乗るとか体力可笑しいだろあの人。いや、人じゃなくて鬼だけど。

 それを終えて、漸く親父に言われた云々でもお話しするかとアイリスに会いに来た、というのが今。

 「それ、だけ?」

 「それだけだ。あそこのには何もやってない」

 「何よ!こんやくを頼むならあいさつくらい来なさいよ!」

 そう、そういう話である。

 親父の言っていたおれの婚約者、それが眼前の少女である。

 親父ぃ!原作でもそうだったけど考えすぎて人選完全にミスってんぞおい!と、叫びたくはなるが言っても仕方の無いことなので無視。

 

 商人の家系に声をかけようと言われた時点で察していたのだが……

 眼前で憤然としている女の子の名はニコレット=アラン=フルニエ。

 アラン=フルニエ商会というそこそこ手の広い大商会の孫娘にして、遥かなる蒼炎の紋章における登場キャラの一人である。

 第七皇子ゼノの婚約者……ではあるのだが、男主人公では普通に攻略可能だったりする。そんな事からも分かるように、婚約者との関係性は冷えに冷えている。

 というか、彼女自身こんなの望んでないと公言している……訳ではないが、本心ではあんな婚約者嫌だと思っている、ということを彼女の知り合いから聞くことが出来る。

 そして、フラグを立てておくとおれの皇族追放イベントと共に晴れて自由の身になった彼女との交際が可能になる……という形。


 うん。別に良いと思う。そっちの方がきっと彼女は幸せだろうし。

 というか、実際婚約者なのに絆支援無いし、互いに打算、愛は欠片もなかったんだろう。

 

 「申し訳無い、アラン=フルニエのお嬢さん。だとしても、我が妹の部屋に踏み入るはあまりにも無礼だと分かって欲しい」

 「何ですの!このわ!た!く!し!が来て差し上げたというのに」

 特徴としては、煩い。

 そして、大商会の孫娘として可愛がられた結果、かなり自尊心が強い。恥さらしとはいえ、仮にも皇族であるおれよりも、自分を上だと思っているフシがある。

 「……皇子様の婚約者、というのは一つ権力だ。

 けれども、その力は皇子様に依存する。君の力じゃない。

 君は、この場で威張れる程偉くない」

 格好付けて、言葉を選ぶ。


 似合わないと妹に小突かれても気にしない。

 「アナタより上よ!わたくしは、あのニコレット=アラン=フルニエなの!

 忌み子なんかより上に決まってるわ!」

 「君からしてみればそうかもしれない。けれども、その君の上に、この部屋の主は居る」

 何か言ってくれないか、とベッドを振り返る。妹は、光の無い瞳で乱入者の少女を見ていた。

 

 「おにぃ、ちゃん。

 婚約者……?」

 「親父が選んだのは彼女らしい。商人なら忌み子だなんだは広まってないだろうと思ってくれたのかもしれないけれども……無駄だったかな」


 ……でも、良い。親父の言う後ろ楯的にはあまりにも不安だが、それは弱小貴族でも同じこと。寧ろ、両親に望まれた生け贄として、本心を隠してひたすらにおれにイエスマンするだろうあの資料にあった子達より好ましい。

 心ない事をさせられるよりも、本心のままに反発してくれた方が心は痛まない。

 「アナタなんか、わたくしの白き龍の王子様にはぜーんぜん足りませんわ!抗議します!」

 「コレ、が?」

 「コレ言うなアイリス。相手は人間だぞ」

 「わたくしの方が!コレが?って言いたいの!」


 親父、チェンジで。

 と、言いたくはなるが言っても無駄だろう。それは自分に惚れさせられない負け犬の言葉だ。お前は男か?それとも負け犬か?と返されるに決まってる。

 そこでもう負け犬で良いよと弱音を吐けば動いてくれる気もするが……それはそれでダメだろ情けない。

 つまりは、おれへの認識を改めて貰えば良いのだろう?ゲームでイベント進めれば男主人公に惚れたり、おれじゃなくて第六皇子様の婚約者だったら良かったのにと言っていたりと、本来の第七皇子ゼノはそれには完全に失敗していたようだが。

 とはいえ、童話の王子様に憧れる女の子の前に婚約者としておれを出すのは……オウジサマという肩書き以外のギャップが大きすぎる。

 

 「で、てって……!」

 「きゃっ!」

 ベッド横に生けられていた花が蠢く。

 切り取られていないその葉を動かし、それが両の足であるかのように、支えられるはずもない重量の花本体を歩かせる。

 ……高級品の絨毯ー万が一魘されてベッドから落ちても体を痛めないようにとふかふかさを追求した逸品だーの上を歩く花。なんというか、シュールな光景である。


 「な、何を……」

 魔法書無しで魔法を使っているだけである。

 使用しているのは土+火のゴーレム系魔法の一種。ウッドゴーレムを動かす魔法の……初心者向けの入門魔法である。それで花をゴーレムにしただけ。

 使っている魔法自体は驚くに値しない。子供でも遊びで使える程度のもの。入門用かつ殺傷性は殺意を持たなければほぼ無い。

 殺す気で目に茎を刺すように動かせば殺傷力はあるが、そんなもの別の魔法でも同じだろう。ちょっとものを冷やすだけの魔法でも、花の茎を凍らせて目に突っ込めば目を潰せるから危険だというのと同レベル、考慮しなくて良い。


 だけどなアイリス。此処に魔法書なんて置いてないだろ、魔法書無しで魔法を使うな、チートかよ。皇族チートだわ。

 「追い……だす」

 妹はカッコよく宣言するが……うーん、どうにも迫力がない。殺傷力もほぼない花ゴーレムでは、凄みが足りない。

 

 「お嬢様、摘まみ出しましょう」

 「良……い。自分で、やる……」

 「うるさいのよ!」

 業を煮やしたのか、胸元の首飾りを少女が引きちぎる。

 

 ……ってオイ雷鳴矢じゃないのかアレ。


 目を見開いた。

 雷鳴矢。要はアナにあげた髪飾りと似たようなもの。あれは失敗例だが。

 つまりは、護身用の物体。首飾りの紐を引きちぎるとスイッチが入り、投げつけると共にオートで雷魔法をぶっぱなすという代物だ。魔法書手に魔法なんて唱えてる余裕がない時には便利。

 オート照準付きなので適当に投げても当たる素晴らしいものでもある。

 あのタイプの首飾りに込められた魔法はいわば痴漢防止用。低めの雷魔法ダメージ+スタンである。生前で語るなら投げて使える使い捨てスタンガン。護身用に開発されたのに誘拐にも使われまくり、一般販売を中止された曰く付きのブツである。

 販売はアラン=フルニエ商会であり、今も信用できる者には会員限定販売方式で売っているらしいので持っていることは普通だ。でもおいこらこの区画の衛兵、凶器持ち込まれてんぞ仕事しろ。


 ……いや、おれ以外の皇族なら魔防で軽く弾く(それはアイリスも例外ではない……ってかアイリスが弾けなければおれどころか第六皇子辺りにも通るくらいには魔防は高いようだ)から単なるオモチャと同じとスルーしても割と問題ないか。

 オモチャでしょ?と証言されればそうだなと親父に返されかねない。

 ってそれで良いのかお前ら。皇族の方が見張りである俺達よりも化け物だからやること無い閑職とかぼやいてるらしい(レオン談)が、これで減給食らう可能性もなくはないぞオイ。


 「あんな忌み子なんて……!」

 「……どうした?」

 投げようと振り上げたその腕を掴み、問い掛ける。

 そう、腕を掴み、である。力を込めるとアザが残りかねないので軽く加減して。仮にも女の子の腕に内出血の青いアザを付けるのは如何なものかという話である。更に軽蔑されるだろう。

 「わたくしのこれで軽く……!」

 「撃てれば、ね?」

 おれ以外、と注釈していた通り、おれになら通る。物理状態異常であるスタン耐性はおれに無いので、スタンまで通る。

 確かに有効打である。それは否定しない。あの魔法によるスタン率は魔防依存(確かゲーム的には120%-魔防×3%の確率だったろうか)なのでゼロな俺にはスタン率も100%だ。

 だが、それは撃てればの話。

 振り下ろす手を捕まえておけば、投げられないから放てない。

 「全く物騒な……」

 「ブー、メラン」

 「おバカ様、それは自らを卑下する言葉でしょうか」

 「おい!って、小刀持ち込んでたおれの言うことじゃないか」

 というか、雷鳴矢の15の固定ダメージ(魔防による軽減アリ)が通ったりスタン率が残る皇族なんて覚醒の儀を経た中ではおれしか居ない。

 普通の平民相手や幼い貴族子弟になら猛威を振るうが。魘され絡まったアイリスの髪をばっさり切った小刀の方がよほど物騒だろう。

 

 「離しなさい!」

 「婚約者の手を取ってるだけさ。

 ……向こうで話そうか」

 「おバカ様」

 「何だ?後でその絨毯は……」

 「その事ですが。やりませんように。

 おバカ様のセンスでものを贈られると、部屋の調和が乱れますので」


 そう、絨毯。

 投げられる前に辿り着けたのは他でもない。単純に、強引にふかふかの絨毯を荒らす覚悟で踏み込んだから。それで妹のベッドから入り口にまで届く辺り、魔法以外のおれのスペックはやはり意味不明に片足突っ込んでる。

 だが、その代償として、踏み込む際におれの足のせいで絨毯は大きく捲れ、ほつれも出来てしまった。

 まあ、踏み込む際に絨毯を抑えてその下の床にグリップした上に、後ろに大きく蹴ったようなものだ、ほつれくらい出来るだろう。流石に、それをそのまま使うというのは皇族的にみっともない訳だ。

 なので弁償はと思ったのだが……

 

 「行こうか、婚約者様」

 そのまま、力を込めないようにして、少女の腕を引いた。

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