心折、或いは皇帝

膝を折る。

 エッケハルト・アルトマン辺境伯子、その権力を振りかざした少年は、より強い権力の前に、成す術もなく屈服した。

 その眼から、微かに溢れた涙を見て、おれは……

 

 特に何も、感じることは無かった。いや当然だろう。人の涙にはそれなりに感じさせられるものがある。それは本当だ。


 だが、こちらからしてみれば彼は助けてと言われてアナ達を救おうとしたら邪魔してきただけの……悪い言い方をすれば屑にしか思えない訳だ。実際には何か理由があるのかもしれないが、それを知らないおれからすれば、何で泣いてるんだこいつ、としか言いようがない。


 まさか、自分が華麗にアナを救って、おれの横で必死に頭を下げて震えているアナに惚れてもらおうとかそんな計画を邪魔されて悔しいとかそんな話じゃ無いだろうし。

 

 「馬鹿息子。これ以上親の手が必要か?」

 「いえ、陛下。

 陛下の仲裁を受けた……上で尚、おれの命令を、皇子の命、ひいては皇家の命とわざと理解せず反抗する事は陛下への……

 陛下への反逆罪にも等しいと、示されたはず。ならば、陛下の僕である騎士団は、逆らわぬものかと……」

 つっかえつっかえ、本当にこの言葉で良いのだろうかと迷いながらもなんとか言葉を繰る。


 「つまりは、もう必要ないか?」

 「はっ!申し訳ありません、ご迷惑を掛けました、陛下」


 そんな頭を、軽くはたかれる。

 軽い愛情表現なのだろうが、この世界に両手の指で足りる数しか居ない三次職業最上級職、焔皇の一撃は軽くとも下級のおれに耐えきれようはずもなく、あぶっとちょっと情けない声と共に道路に突っ伏す。


 「息子が頼りないから来てみただけの事。やはり阿呆故苦闘していたようだがな。

 後、ゼノ。馬鹿息子と親子のように呼んだのだ、陛下ではなく親父と返せ。わざわざ来てやったのが馬鹿らしくなる」

 「悪い、親父」

 「軽すぎだ阿呆。礼儀は守れ。

 ……其処の少女が、この馬鹿息子がほだされて分不相応にも救ってやる!した奴か?」

 

 「は、はいっ……」

 消え行くような声で、アナはそう返した。

 ……気持ちは分かる。正直声を張り上げるのは、この人の前だとかなりの勇気が居る。


 「たぶらかすなよ。節度を持て」

 「あ、あの……」

 平伏の姿勢を崩さないアナの前に、当代皇帝は立ち……

 かがんで、その頭を慎重に、軽く撫でる。

 少ししてその手が離れた時、その髪には小さな宝石のあしらわれた髪飾りが輝いていた。


 「阿呆で弱く頼りないが、これでも息子だ。人は悪くないと保証しよう。

 仲良くしてやれ、皇民アナスタシア。

 

 馬鹿息子が馬鹿なせいで迷惑をかけただろう。その髪飾りは息子が選んだ詫びだ、取っておけ」

 ……まあ、そうなるのか、とアナスタシアという言葉……アナの名前にうんうんと頷く。

 まあ、アナから始まる名前は幾つかあるのだが、その名前は儚げな少女にとてもよく似合っていた。


 それと同時に、本名聞いてなかったなー、なんて事も思い出して。

 

 「知ってたのか、親父」

 「向かう最中に、アルノルフに大体聞いた」

 折角仕事終わったと思ったら親父に報告がてら走らされたのか。泣くぞあの人宰相


 「要らん者達はとっとと去れ。今までならば、星紋症の感染を抑える業務の最中、熱心さゆえについやってしまった事だと見逃しても構わんが、これ以上は許さん」

 その一言と共に、蜘蛛の子を散らすように、居心地悪げに頭を下げつつ屯っていた騎士団達は、崩れ落ちた少年を抱えあげると去っていった。

 

 親父も時間が惜しいととっとと去り……後には、おれとアナだけが残される。

 「……迷惑かけた、アナ」

 最初に出てくるのは謝罪。

 「そ、そんなこと」

 「おれがもっとしっかりした存在なら、こんな迷惑なんてかけなかった。何の問題もなく、スムーズに星紋症を治療できただろう。

 だから、面倒ごとに巻き込んで、すまなかった」


 頭を下げるのは、ちょっと誉められたことではない。皇子として、堂々としていろとは親父が何度か言っていた事だ。皇家とは象徴。ぺこぺこするのは皇家そのものを弱く見せる、と。


 だけれども、頭を下げた。それが、日本という国で生きていた頃のおれにとってならば、当たり前の事だったからだろうか。不思議と当たり前のように、気が付けばそうしていた。

 

 「そ、そんな!」

 あわあわと、アナは首と手を振る。

 「寧ろ、こんなこと言っちゃったせいで、火傷まで……」

 「大丈夫、この顔のと違ってほっときゃ治る」

 「でも、魔法で治療した方が」

 「それは止めてくれ」

 真剣な眼差しで、その言葉を止める。

 

 理由は……割と簡単なことである。忌み子であるおれは、補助系列の魔法が反転する。つまりは、ステータスupバフでステータスが下がり、回復魔法でもってダメージを食らう。

 その分補助魔法にたいしても魔法回避率があり、デバフ系列に強い……という利点もあるのだが、基本的に回復がダメージになるというアンデッドかよおれといいたくなるデメリットの方がでかい。


 ゲームではそうだったが、現実な今なら火傷が治せないかと思い、頼んでプリシラに低級回復魔法をかけてもらった所、逆にちょっとずつ傷口が開いていった時には頭を抱えたものだ。


 薬草なりの回復剤ならばきちんと効果があるなど、基本的に割と緩い回復縛りではあるが、その点辛い。

 ゲームでは主人公の聖女の魔法だけは効果を発揮出来る、という形で他の人の魔法と聖女は格が違うことを見せつけていたが、そのイベントの為だけのせいで回復反転とかついていたとすれば恨むぞ、スタッフ。

 それなら回復不可の呪いの上から回復してみせるイベントなどでも良いだろと。

 

 そんな事を話しながら、おれはアナと共に、星紋症を治療できる魔導書をもって捕まっただろう執事達を待った。

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