幼年期1章 第七皇子と鋼の巨人

対話、或いは馬鹿二人

アナ……アナスタシアの皇城侵入によるちょっとした事件から、二週間が過ぎた。

 

 そして、おれはというと……

 「レオン、面白い話はないか?」

 暇していた。

 今日の仕事は、庭園会への出席。基本的にバカにするか、それとも無視するか、この庭園会へ招かれた子供達の反応は二つに一つである。実りのある会話なんぞ出来ようはずもない。

 一部は、招かれた異性の中から、未来の嫁……或いは婿を探すように親から言われてたりもするのだろうが、おれには関係ない。

 

 いやだってそうだろう。誰が好き好んで忌み子なんぞに大切な娘をやるというのか。それでも、次期皇帝ならばこれも縁の為と差し出す者も上位貴族には居るだろうが、おれの継承権は正直な話あってないようなものだ。

 長子世襲ではなく、皇族の中での力に応じて継承権は順位付けられて行くのだが、当然ながらおれの順位は二桁。

 いや、ゲーム開始時点で二桁になっているというだけで、今の順位は9位なのだが。といっても、継承権を持つのは今現在上の兄6人、皇弟1人、おれ、第二皇女で合計9人。最下位である事には今も本編も変わりはない。

 

 結果が、この暇である。コネの作りようがなく、話すような友人もおらず、皇族の出席という箔の為だけに呼ばれた以上主役でもないのに抜ける訳に行かず……となると、ここまで庭園会というものは暇するのか、と溜め息が出る。

 

 「まあ、アイリスの為だ、仕方ないか……」

 本来来るはずだった妹の事を思い出し、息を吐く。

 第三皇女アイリス。おれの一つ下の腹違いの妹。継承権第二位。幼き機神兵、チート皇女、バランスブレイカー等々とプレイヤーから呼ばれる、おれの妹。

 まだ、覚醒の儀を受けておらず、魔法が使えないけれども、ゲームをやったおれは良く知っている。彼女の才覚を。

 ゲーム内では体が弱く、あまり人前に出ないものの、自前の魔法で作ったゴーレムを通して生活している、という設定だった。けれども、今はまだその魔法が使えない。

 そして、すぐ後の日に覚醒の儀があるこの日、やっぱり体調を崩してしまったので、行くはずだった庭園会には弱いお前は強くなれとほぼ修行以外の予定がないおれが代わりに出席する事になった、という訳だ。

 当然、薄幸で深窓の美少女と噂される妹の代わりに来たおれは子供達からはボロクソに言われた。

 アイリスと会いたがっていた女の子達からは、無言の冷たい視線を向けられた。分かっていたことでも辛い。

 

 「おい、バカ皇子!

 アナスタシアちゃんは居ないのか!」

 「居る訳あるか、あいつ単なる平民だぞ。何言ってるんだよ、アルトマン辺境伯子」

 「本当に使えねーなバカ皇子は!」

 だが、転機は訪れる。やっぱりというか、呼ばれていた某辺境伯子が絡んできた。ここ二週間で二度目である。

 前回も、似たような事を言われた。

 

 ……何というか、こいつアナ好きだな、というのが言葉の端から見え隠れする。いや、気持ちは分かる。小動物みたいで、けれども努力していて、外見も可愛いし。


 割と本気で、あの星紋症はアナが欲しくてマッチポンプを仕掛けたというのが現実味を帯びてくる。

 いや、帯びてこられても困るぞそんなもの。直接告白しとけとしか言いようがない。アナ達に迷惑かけんなボケと。

 

 「そんな男じゃなくて、可愛い可愛い」

 「……家の乳母兄弟で、男爵子だ。爵位を持つから連れてきた。平民は入れない」

 「じゃあ、アナスタシアちゃんに爵位渡して連れてこいよ気が利かない」

 「そんな、権限が、おれにあるかよぉっ!

 あるとして、皇子の婚約者だからせめての地位が居ると何処かの貴族の養子にするくらいだぞ方法」

 「それは駄目だ」

 エッケハルトは、奥歯を噛み締めておれを睨み付ける。

 やったら殺すぞ、とその顔に血の涙を幻視した。

 「そんなことだろうと思った」

 話してみたら、アナスタシアへの好意がバレバレだったのがこいつなのだ。そのエッケハルトの前に婚約者としてアナを連れてきたとか、やったらぶっ殺しに来られても文句は言えない。殺される義理は無いが。

 そもそも、アナと結婚する気もない。忌み子かつ、生き残れるのかも分からないおれなんかに縛り付ける気になんてなれない。

 というか、結婚して、子供を作って……おれが産まれた時みたいに呪いで焼け死んだらどう償えと?

 

 「というか、何でそんなにアナアナ言うんだ」

 「可愛いだろ!」

 「自分で告ってこい!」

 「てめぇのせいだろうが!逃げられたわ!」

 「昨日会いに行ったら怖い人が来てたって部屋に閉じ籠って震えてたのはそのせいか!」

 「お前のせいで嫌われたんだろバカ皇子!責任もって連れてこいよ!」

 「まずは自分から謝罪の意思を示せよ色ボケ辺境伯子!」

 「ふざけんな、一人だけなつかれやがって!」

 「怖がらせたのはお前だろうが」

 「バカ皇子が邪……

 っていうか、やってねぇよ!たまたま通りがかったら親父と親しい騎士団が揉めてただけだってーの!」

 「ちっ、言質取れなかったか」

 わざとらしく舌打ちをする。


 疑っているぞと、牽制する。

 

 正直な話、また手を出してくる事はほぼ無いだろうと当たりは付けられた。平民最強クラスの美少女にクラっと行ってしまったんだろうと分かった今、本気で潰しに行くなんて事はない、と断言出来るだろう。

 星紋症も、もしも犯人が彼ならば、確実に治療まで込みで考えていた策だろうと。

 

 そうやって考えてみると、そもそもエッケハルト・アルトマンというキャラクターとして違和感があるのだが。

 エッケハルト・アルトマンは、プレイヤーの同級生だ。焔使いの、魔法剣士とでも言うべきタイプのキャラ。貴族補正かそれなりの伸びと、鍛えられてきたから高めのレベルと初期値を持つ、序盤から使いやすいキャラで、性格としては割とクール寄りだったような。


 愛情は深く、聖女とくっつく本人ルートでは甘ったるいラブコメシナリオをやらかして、恥ずかしくて飛ばし飛ばしテキスト捲った事を覚えている。

 だが、飛ばし飛ばしのテキストでもこんなアホではなかったはずだと言える。

 他のルートでは絆支援で女キャラとくっつけない限り女っ気は無かったし、ひょっとしてだが、本来は彼が星紋症を治してアナとくっつくはずだったのをおれが邪魔したとかいうオチだったりするのだろうか。


 だとすれば困る。シナリオがシナリオ通りに始まるのかがまずちょっと怪しくなり、生き残る算段が立ちにくくなってしまう。まあ、アナは可愛い訳だし、それなのに本編に出てこないのは何か理由があるのだろう。


 少なくとも、おれの辿れる記憶のなかでは、アナスタシアという名前のキャラクターは出てこないのだから。例えば、この辺境伯子の許嫁だったとか。或いは本編前に死んでいるとか。


 実は平民出身のもう一人の聖女……は、孤児院出ではなく、七大天を祀るかなり大きな教会出だったはずだから、違うとは思うが。名前については、リリーナではないしか情報がない。

 確か、もう一人の聖女編を書くという少女向け小説版ではアルカ何とかって名前が付けられるっぽかったけど、1巻すら出る前に死んでるっぽいニホンのおれの記憶にそんなの残ってるはずがないのだ。


 そもそも、デフォルトネームのリリーナで本編主人公が居ることは確認したしな。アナザー主人公まで居る……ということは無いだろう、あっちはデフォルト名無いから出てきにくいだろうし。

 というか、主人公の姿は3種類から選べ、……ピンクいふわふわの髪(通称淫ピリーナ)、神秘的そうな黒髪(通称ロリリーナ)、金髪褐色(通称日焼けリーナ)なのだが、その中に銀髪は居ない。

 アナザー聖女もキャラ設定時に特定の条件満たすと出身が替わるパターンなので外見はその3種のどれかのはずだ。

 本編主人公は……遠巻きにとあるお茶会に出てたところを確認したが、恐らくは淫ピリーナの外見だろう。とりあえず髪は桃色してた。父親まで桃色で笑ったが。

 

 「ああ、アナと掃除でもしてたほうがよっぽど楽しいわ。

 早く終わらないかな、庭園会」

 「お前だけ良い思いしてんじゃねぇよバカ皇子」

 だが、まあ良いや。今更過ぎる。考えても無駄だ。そうだったとしても、放ってなんておけないから助けた。それが間違いの訳がない。後悔はしない。

 そして、案外確執を感じないバカと他愛の無い言葉を交わしながら、おれは庭園会を乗り切るのだった。

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